アークエンジェルとミネルバがたどり着いたのは、ジブラルタルでもバナディーヤでもなかった。 「ここは?」 「ディオキアよ」 小さな笑いとともにマリューが言葉を返してくれる。彼女の手元には、小さなケープがきれいな編み目とともにできあがりつつある。どうやら、ここでもキラの子供用の編み物ははやりなのだろうか。 キラにはまねできないくらい素早く動くマリューの手元を見ながら、キラはそんなことを考えていた。 「海の側なんですね」 「そうね」 言葉とともに、マリューは手を止める。そして、そのままキラへと視線を移してきた。 「砂漠よりも環境的にはいいと思うわよ」 それに、と彼女は微笑む。 「ここならバナディーヤから近い方でしょう。何かあっても、きっとすぐに駆けつけられるわ」 もちろん、自分たちに移動が命じられれば……の話だが、と彼女は付け加える。 「マリューさん?」 そのような話があるのだろうか、とキラは不安を覚えた。彼女たちが側にいてくれることが自分にとってはどれだけ心強いかなど、口では表現できない。もちろん、彼女たちの立場もわかっているが。 「あぁ、心配しなくていいわ。今のところ、そんな話はないもの。でも、メンバーを入れ替えないとね。貴方に会いたくて爆発しそうなメンバーもいるし」 特に、今回居残りを命じられたものの中に……とマリューは苦笑を浮かべる。 「……ひょっとして、クロトとオルガ、ですか?」 シャニはもう、飼い主にじゃれつく犬のようにキラの側から離れたがらない――もっとも、今はフレイが荷物持ちに引っ張り出しているが――しかし、それは彼だけではなく他の二人も似たようなものだったとキラは記憶している。 「他にもいるでしょう」 ナタルとか……とマリューは付け加えた。 「でも、ナタルさんも赤ちゃんが」 「だから、逆にいいでしょうというのが彼女の主張よ」 自分は経験者なのだから、というのがその理由らしい。 「まぁ、否定できないんだけどね」 妊娠だけは、経験してみないとわからないことが多いはずだから……と彼女は苦笑を浮かべる。 「その代わり、赤ちゃん用の小物を作る技術は私の方が上だけどね」 自分の子供用のはまだまだ先のようだけれど、と彼女は付け加えた。 「マリューさん」 「仕方がないのよ。あの男ったら、未だに《自分の子供》という存在が考えられない、なんて言うのよ」 往生際が悪いったら……とマリューが口にしたときだ。 「仕方がないだろう。手のかかるオコサマが、山ほどいるんだから」 さらに手間のかかる存在なんているか! といいながら、フラガが荷物をテーブルの上に下ろす。 「……ムウ!」 「何だ?」 「一番手間のかかるオコサマが自分だって言う自覚はあるの!」 この言葉に、フラガは目を丸くする。その表情を見た瞬間、キラは爆笑していた。 「まさか、ご本人がおいでになるとは思いませんでしたよ」 ディオキアの本部へと向かったバルトフェルドは、思わずこう言ってしまう。それだけ目の前の人物の存在が信じられなかったのだ。 「すばらしい功績を挙げてくれた者達に、私が直接、感謝の言葉を告げてはいけないのかね?」 しかし、当人は何でもないことのようにこう口にする。 「それに……我々はもっと、この地のことを知らなければならないと思うのだよ。いろいろな面でね」 相手を理解できなければ、戦争を終わらせることなどできないのではないか。その言葉には、頷ける。だが、それだけではないのではないか、と思うのだ。 「……というのは、半分は名目でね」 不意にデュランダルは苦笑を浮かべる。 「君のお嬢さんに用事があったのだよ」 一番の理由は……と彼は声を潜めながら口にした。 「うちの娘達、ですか?」 と言っても、きっとフレイではないだろうとバルトフェルドは思う。 「正確には、そのうちの一人だがね」 予想どおりの答えをデュランダルは口にした。 「さすがに、あの方々が彼女の容態を心配してね。かといって、こちらに来られても混乱するだけだろう」 特にエザリアさまは……と彼ははき出す。 「……簡単に想像ができますな……」 エザリアがどのような騒ぎを起こしていたのかを、とバルトフェルドもまた苦笑を浮かべる。 「私が様子を見てくるといって、取りあえず納得して頂いたのだがね」 でなければ、戦艦を乗っ取るぐらいやったかもしれないな……と言いながら、デュランダルが視線を彷徨わせていた。 「どなたか、実行に移されましたか?」 やりそうな人間に心当たりはあるが……と思いながら、バルトフェルドはこう問いかける。その返答次第ではキラを安全な場所に隠さなければいけないだろう、とも考える。 「あぁ、心配はいらない。取りあえず、皆様方には仕事をお願いしてきてあるからね」 少なくとも、本国を離れはしないだろう、とデュランダルは笑った。 「ただ……一人だけどうしてもお連れしなければならなくてね」 この言葉に、バルトフェルドは反射的に身構える。 「あの方に関しては心配いらないと思うが?」 他の者達にとって見ても、彼女の存在はありがたいだろう、とデュランダルは言った。キラにしても、彼女であれば安心するのではないか、とも付け加える。 「……ラクスさま、ですか?」 「あぁ。あの方にここでコンサートを開いて頂くことで妥協したのだよ」 自分だけではなくエザリア達も、と告げるデュランダルの表情から、その時の様子が何故か手に取るように想像できてしまう。 「……ご苦労様です……」 全ての原因が《キラ》にあるのかと思えば、こう言うしかない。 「なに。彼女に関しては、私も気になっていたからね。気にしなくていい」 それよりも、アークエンジェルの案内も頼んでかまわないかね? と言うデュランダルに、バルトフェルドは頷いて見せた。 |