インパルスの整備を終え、ハッチから顔を覗かせたその瞬間だった。視界にバルトフェルドとキラの姿が飛び込んでくる。 「……何で、あいつがここにいるんだ?」 危険だからと言ってタリアからキラをデッキに入れるな、と厳命が下っていたのではないか。 それを無視しようとしても、最近はフレイかシホ、でなければレイがかならずキラの側にいた。だから、せいぜいこっそりと質問をするしかできなかったとヴィーノがぼやいていたことも覚えている。 「アークエンジェルに移られるのだそうだ」 先にキラだけ、とそんなシンの頭の後ろに疑問の答えを投げつけてきたのはレイだ。 「あちらの方が、キラさんが落ち着けるから、と言うことらしいが」 言外に、自分たちの存在がキラにとってはマイナスになる、と言われているような気がしてならない。 確かに、最初のうちはあれこれやった記憶はあるが、最近はそうではない。特に、キラのお腹が目立つようになってからは逆に気を遣ってきたつもりだ。 「……個人的には残念だが、仕方がないか」 この言葉は、間違いなく彼の本心なのだろう。レイがこんな風に他人に執着をしているのは珍しいな、とシンは考える。 「あちらに移動って……まさか……」 だが、あえてそれには気づかないふりをして別のことを口にする。 「ガイア、でだろう」 さらりとレイが言い返す。 「それこそ、大丈夫なのか?」 「バルトフェルド隊長の操縦だ。その気になれば、水を口まで満たしたグラスから、一滴もこぼさずに訓練コースを一周できる方、だそうだ」 多少の誇張はあるだろうが……と付け加えられたものの、はっきり言って信じられない。だが、逆に言えばそれだけできるからこそ、あれだけ自信を持った言動を取れるのだろうか。 自分があのレベルに達するまで、どれだけの時間がかかるのだろう。 だが、そうなればキラ達も自分を見直すに決まっている。 何気なくそう付け加えた瞬間、シンは自分の考えに驚いてしまった。 どうしてここで《キラ》の名前が出てこなければいけないのか。自分でもすぐにはその理由は思い浮かばない。 「キラさんが一緒なら、それこそ細心の注意をされるだろうしな」 実際、キラは安心したような表情を浮かべている。その言葉に、シンは改めてキラの表情を伺った。そうすれば、レイの言葉が真実だとわかる。 それは、キラが彼を信頼しているからだろう。 何故か、それが無性に悔しい。 そう思った瞬間、シンは自分がキラに認められたいのだ、と悟る。 「……あんな奴……」 訳のわからない存在なのに、何故そんなことを考えるのだろうか。シン自身にもわからない。 「いなくなれば、気にかけることもなくなるよな」 目の前にその姿を見つけなければ、きっと……とシンは思う。 それは無理だろう、と言うこともわかっていた。キラの存在は、自分の中に根を下ろしてしまったから。 キラが何者であるか。 それがわかれば、あるいは全てを振り切れるのかもしれない。 ガイアに乗り込んでいくキラの姿を見ながら、シンはそんなことを考えていた。 「きつくはないかね?」 キラの体を膝の上にのせると、バルトフェルドはこう問いかける。 「僕は大丈夫ですけど……お義父さんは、操縦しづらいんじゃないですか? やっぱり補助シートに……」 「そんなことをしたら、俺はしばらくアイシャに触れさせてもらえなくなるね」 キラの言葉を遮ると、微苦笑とともにこう告げた。今ではその意味がわかるのだろう。キラはすぐに頬を染める。 「大丈夫だ。こっちの方がいざというときにフォローしやすい」 それに、戦闘中ではないのだから、と付け加えればキラは取りあえず納得したらしい。それでも、少しでも邪魔にならないようにしようと場所を探しているようだ。 これも、彼女が以前、MSのパイロットだったからなのだろうか。 あの日々の間に身に付いてしまった事実を未だに振り切れないと言うことでもあるのだろう。そうしなければ生き残れなかった状況だ、とはいえ、本来ならば必要がない知識だったはずだ。 だからこそ、彼女を含めた者達が幸福をつかめるように自分たちが努力をしなければいけない。その思いをバルトフェルドは新たにする。 「では、行こうか」 もっとも、自分がそんなことを考えていると知れば、腕の中の少女は萎縮してしまうだろう。それでは彼女のお腹の中の子供にもいい影響を与えないに決まっている。 「フラガ達はともかく、シャニがね。早く君に会わせろと騒いでうるさいのだよ」 あの子は特にキラになついているから……とバルトフェルドは苦笑とともに口にした。 「シャニだけですか?」 他の二人は? とキラが問いかけてくる。 「あちらをからにしてくるわけにはいかなかったからね。ナタル君に任せてきたよ。彼女というよりも、この前生まれた子供を側に置いておけば取りあえずはおとなしいからね」 その後のことはまた別に考えなければいけないだろうが……とそう考えるが。 キラにしても、バナディーヤに連れて行くか、それとももっと温和な気候のザフト基地に預けるか。それも問題だ。 もっとも、それに関してはすぐに答えが出るだろうが。 「……でも、後で騒ぎますね、きっと」 シャニをかばってやらないと……とキラは呟く。自分が側にいれば、他の二人も無茶はしないだろうし、と呟いている彼女にバルトフェルドは苦笑を深めた。 「しっかりと掴まっていたまえ」 その表情のままバルトフェルドは慎重にガイアを立ち上がらせる。 「……こちらの形態のまま、ですか?」 「四つ足の方が慣れているからねぇ」 キラの問いかけに、笑い混じりに言葉を返す。 「何よりも、こちらの方が安定性がある」 それでも揺れるからね……と言えばキラは小さく頷いてみせる。そのまま、そっとバルトフェルドの首に腕を回してきた。 「そうそう、いいこだ」 そのまま、機体をハッチへと向かわせる。そのまま外に出れば、すぐ側までアークエンジェルが来ているのがわかった。 「キラを連れて行く。準備をしていてくれ」 騒ぎにならないように、と付け加えなくても、間違いなくブリッジのメンバーにはわかるはずだ。 『わかっていますわ、バルトフェルド隊長』 デッキの方は、既に掌握済みだ……とマリューが苦笑混じりに言葉を返してくる。 「……マリューさん?」 掌握って……とキラが目を丸くしているのがわかった。 キラの声が聞こえたのだろう。 『危険人物が二人ばかりいるでしょう』 違う、と即座にマリューが言葉を返してくる。 「……危険人物……」 誰だろう、とキラが小首をかしげた。 「シャニ、じゃないですよね?」 一人はそうだとしても、もう一人がわからない……とキラは呟いている。 「まぁ、自分の目で確認する方が早いだろうな」 この言葉とともに、バルトフェルドはアークエンジェルへ向けて機体を発進させた。 |