シンとともにバルトフェルドがやってきた。
 その事実に、ミネルバ艦内は騒然となってしまう。まさか、隊長自らが前線に出ていたとは思わなかったのだ。
 しかし、その事実が彼女たちの耳に届くまでに少し時間がかかった。誰も、二人にそれを告げる余裕がなかったのだ。
 しかし、完全に無視をされていたわけではない。
『キラ! フレイ?』
 待ちわびていた声が端末から響いてきた。
「はい? どうしました?」
 身軽に端末に歩み寄ったフレイが問いかけの言葉を口にする。
『ここでダダをこねているダメなオトナに顔を見せてやってくれる? でないと、隊の恥だワ』
 この言葉に、フレイはどうしたものかとキラへと視線を向けてきた。
「お義父さんがいらしているんだろうけど……何しているんだろう」
 はっきり言って、想像ができない。
 だが、あのバルトフェルドであれば、何をしでかしてもおかしくはない。二人にはそんな共通認識があった。
「あたしに聞かないでよ……」
 考えたくないんだから……とフレイが言い返してくる。
 普段、プラントで暮らしている自分とは違って、彼女はすぐ側でバルトフェルドの所行を見てきたのだ。その彼女がそういうのであれば、あまり考えない方がいいことなのだろう。
「……でも、放っておくわけにはいかないよね」
「みんなが困るわけね、間違いなく」
 そんなことをすれば、どうなるか。
 ただでさえ、バルトフェルド隊はコーディネイターとナチュラルの混成で構成されている。アークエンジェルでやってきた、と言うことはブリッジクルーもMSのパイロットも、ナチュラルの方が多いと言うことだ。
 普通であればそんなことが許されるはずがない。
 しかし、それを行えるのは、バルトフェルドの名声と、前の戦いでアークエンジェルがになった役目、何よりも、プラント本国で手を差し伸べてくれている人たちがいるからだ。
 逆に言えば、それらの中のどれか一つがかけてでも《バルトフェルド隊》は今の形で存続できなくなるのではないか。そう思えるのだ。
『今、迎えに行くわ。あぁ。ついでに、荷物整理をしておいてね』
 後でもう一度時間を取れるようにもするけれど……とアイシャはため息混じりに口にする。
「……取りあえず、あちらにはマリューさんかナタルさんのどちらかがいらっしゃるんですよね?」
 その言葉に、フレイはこう聞き返す。
『マリューが来ているワ。何で』
「取りあえず、キラをあちらに行かせれば、お義父さんをはじめとしたみんなは落ち着くでしょう? その間に、荷物を完全にまとめてしまえばいいでしょうし、マリューさんがいてくれるなら、しばらくは大丈夫でしょうから」
 自分がキラの側にいなくても大丈夫だろう、とフレイは彼女に説明をした。
『それもそうかもネ』
 キラさえ与えておけば、間違いなく男どもはおとなしくしているだろう、とアイシャも回線の向こうで同意をしている。
「……僕の存在って、何?」
 何か、他の者達に対する《餌》とか《飴》と言った立場なのか、とこう呟いてしまうキラだった。

 艦長室で話し合いをしていたときだ。入室の許可を求める声が端末から響いてくる。
「どうぞ」
 言葉とともにドアのロックを外せば、待ちかねていた姿が確認できた。
「お義父さん!」
 真っ先に口を開いたのはフレイの方だ。その隣で、キラが少し困っているようにも見える、いつもの微笑みを浮かべている。
「失礼」
 タリアに向かって、一言断りの言葉を告げた。そうすれば、わかっているというように彼女は頷いてみせる。それを確認してから、バルトフェルドは改めて自分の娘達の方へと視線を戻した。
「元気そうだね」
 こう言いながら、ゆっくりと二人のそばに歩み寄っていく。それにつられるように、二人もまた彼の方へと近づいてこようとしている。
「いいから、そこにいなさい」
 特にキラは! ととっさに口にしてしまう。その瞬間、女性陣から苦笑とも何ともつかない笑いがこぼれ落ちた。
「大丈夫ですよ」
 転ばないように歩くから、とキラが言えば、
「そうよ。でなければ、ここまでこられなかったじゃない」
 何を言っているのよ! とフレイが付け加える。
「そうだけどね、二人とも」
 さすがに何かあればと思えば安心していられない、とバルトフェルドは口にしてしまう。
「大丈夫よ、アンディ。アタシ達が側にいるんだもの。むしろ、動かない方が体に悪いワ」
 どうして男って……とアイシャにまで言われてしまえば、完全に立つ瀬がないのではないか。
 そんなことを考えているうちに、二人とも彼の側へと歩み寄っていた。そのまま、左右から抱きついてくる。
「こらこら」
 人前だぞ、とは口にするものの、二人のぬくもりを感じて安堵を覚えているのは事実だ。何よりも、キラに関してはその体内に小さな命も存在しているのだし、とそう思う。
「かまいませんわ」
 久々にお会いになったのでしょう、と彼女は優しい視線を向けてくる。
「アイシャさんとの再会も、ゆっくりと時間が取れませんでしたし、キラさんにはとっては私たちといるよりも安心できるのではありませんか?」
 こう付け加えられて、キラは小首をかしげた。
「そんなことはなかったです」
 一瞬のためらいの後に彼女はこう言い切る。
「そうね。約一名の存在がなければ、凄く居心地が良かったわね」
 みんな気を遣ってくれたし、とフレイも頷いて見せた。
「フレイ」
「だって、そうじゃない。あいつのせいで、どれだけやきもきさせられたと思っているの?」
 シホにまで迷惑をかけてしまったではないか、とフレイが主張をしている。
「でも……彼だって悪気があったわけじゃないんだし……」
「悪気があったら余計に悪いわよ! あの三バカだって、妊娠中の女性に対する態度をたたき込んだら、一回で覚えたわよ!」
 それができないなら、悪気がない方がまずい! とフレイは言い返した。
「本当に、良くMSの操縦やら作戦を忘れないものだわ」
 相変わらず辛辣なセリフを平気で口にできる娘だ、と感心してしまう。しかし、その上司の前で言うべきセリフではないのではないか、とも思うのだ。
「申し訳なかったわね。でも、おかげで少しは他のことにも注意を向けてくれるようになったわ」
 本当に迷惑だけをかけてしまったのではないか、とタリアが言ってくれたのはいいことなのかどうなのか。
「ともかく……無事に再会できたんだ。それで十分だろう?」
 バルトフェルドのこの言葉に、キラもフレイもしっかりと頷いて見せた。