どうやら、作戦は成功したらしい。
 外から漏れ落ちてくる声や気配で、フレイはそれを察した。
「……フレイ」
 それはキラも同じだったらしい。
「終わったの?」
 ベッドから体を起こしながらこう問いかけてくる。
「戦闘は、じゃないの」
 自分以上に彼女の方が戦場にいた時間は長いのだ。そう考えれば、下手にごまかすなんてできない。
「でも、後始末とかあるんでしょう? アイシャさんも迎えに来るまでここにいなさいって、言っていたじゃない」
 だから、出ちゃダメよ! と念を押す。
「わかってるよ」
 そんなフレイに向かって、キラはかすかな苦笑とともに頷いてみせる。
「きっと、僕たちには見せたくない顔を、みんなしているんだ」
 だから、知らないふりをしてやるのも必要なことだろう。キラはこう付け加えた。
「キラ……」
「……そのくらいのことはね」
 ジュール家で暮らしていれば自然とわかることだ、とキラは微笑む。イザークもエザリアも、自分には絶対見せたがらない顔を持っているから、と。
「でも、それは必要なことなんだと思う。だから、僕も気づかないふりをしているんだ」
 それだけでみんな安心してくれるから……と言う言葉を耳にして、フレイはため息をつく。
「あんたも、結構苦労しているのね」
 そういう問題ではないとわかってはいるが、ついついこう言ってしまう。
「苦労じゃないよ。だって、その方がみんな、安心してくれるもの」
 どうせなら、みんなに余計な心配をかけたくないから……とキラはさらに笑みを深めた。しかし、それにはかすかに苦いものが含まれている。
「どうせ……たくさん心配かけているんだし……」
 自分が自覚していなくても……とキラは視線を彷徨わせた。
「まぁ……そう言うところも含めて、あたしはあんたを好きなんだけどね」
 迷惑をかけられることも含めて、面倒を見るのが楽しいのだから仕方がない、とフレイは告げる。
「……フレイ?」
「あいつらを頭ごなしに従えるのも楽しいけど、やっぱり可愛い方がいいもの」
 それは何なのだ、と言うようにキラは小首をかしげた。そういうしぐさが可愛いと言われる原因なのに、とフレイは心の中で呟く。
「可愛いと言えば、そろそろ歩き出しているかしら。ナタルさんの子供」
 それを口に出す代わりに、フレイはこう言った。
「……そう言えば、ナタルさん、子供生んだんだよね……同じ時期に結婚したマリューさんの所はまだなのかな」
 あの二人の方が先に子供ができていてもおかしくはないのではないか、とキラは反対側に首を倒す。
「それを言ったら、それこそお義父さん達はどうなるのよ」
 もっとも、あの二人は事情が違うのではないか、とフレイは思っている。
「そう言えば、ラクス達もまだだもんね」
 あれはあれで全く別の理由からではないか、と心の中で呟く。たまに連絡をよこしてくれるラクスの態度からすれば、あの男とは義務だけの関係だ、と思っているらしい。もっとも、キラの子供が生まれれば話は変わるかもしれないが……と付け加えた瞬間、フレイはある可能性に気づいてしまった。
「キラ!」
「何?」
「わかっていると思うけど、あの男の子供とこの子を結婚させようなんて考えちゃダメよ!」
 あの男のことだ。その子がキラによく似た女の子だったら何をしでかすかわかったものではない、とフレイは口にする。
「でも……ラクスの子供でもあるんだよ?」
 そう考えると、むげにもできないし……とキラは言い返してきた。
「……そう言われれば、そうだったわね」
 難しい問題だわ……とフレイも頷き返す。次の瞬間、二人は顔を見合わせると笑い声を立てた。

 確かに、彼等はこの地の人々を苦しめてきたのだろう。
 だが、それは上の命令だったからではないのか。
 地元の人々に捕らえられいたぶられている地球軍の兵士を見てそんな気持ちにシンはなった。
 だが、同時に『当然だ』と囁く声もある。
 地球軍にいると言うことはブルーコスモスの存在を認めていると言うことではないか。だとしたら、自業自得だろう、と。
『でも、あの人達にも待っている家族がいるんだよ』
 脳裏に、出撃前耳にしたキラの声がよみがえる。
「……だからって……」
 許されることではないだろう、とシンは呟く。だが、その声には自分でもはっきりと力がないとわかるものだった。
 オーブの国民であれば許されることが、プラントや大西洋連合の国民では許されないことがある。
 あるいは、最初から教育の内容が違うのか。
「……あんまり見ていたい光景じゃないよな」
 こう言いながらシンがミネルバへ帰投しようとしたときだった。
『そこの機体のパイロット!』
 不意に、派手なカラーリング――と言っても今では普通になっているようなきもするが――のMSがインパルスへと近づいてくるのが確認できる。だが、シンの意識を引きつけたのは、全く別のことだった。
「……ガイア?」
 だが、自分が知っているものとは微妙に違う。
 何よりも、相手のそれはザフトの識別信号を発信していた。
 と言うことは、あれとは別の機体なのだろうか。だからといって、即座に警戒を解く理由にはならないが。
「……何でしょうか……」
 それを言葉に滲ませながら、シンは相手に言葉を返す。
『おやおや。そんなに警戒をしないでくれないかね』
 シンの口調からそれを察したのだろう。相手は低い笑いとともに言葉を口にした。
『俺は、アンドリュー・バルトフェルドと言うんだが……グラディス艦長に連絡を取りたいんだ』
 悪いが、君から一報を入れてくれないか……と彼は付け加える。
「……バルトフェルド隊長……」
 シンには、そんな彼に対しこう言い返すのが精一杯だった。