「なんだよ、あの女!」
 自分の考えが甘かったのではないか。
 シンがそう感じたのは出撃してすぐのことだった。
 あるいは、本気でシホに嫌われているのかもしれない。そんなことすら考えてしまう。
「単に、自分がやりたくなかっただけだろう!」
 インパルスのシステムが適任だったからではなく、こんなところで機体を扱うことをしたくなかっただけではないか。
 計器とデーターだけで洞窟の中を通り抜けていくと言うことを!
 シンはそう叫びながらも、手元のデーターに意識を集中していた。
 汗が背筋をじっとりと濡らしている。
 それが気持ち悪いという余裕すらない。
 ともかく、ここを抜けないといけないのだ。
 地球軍に奇襲をかけ、目標を破壊しなければ、多くの同胞が死ぬ。いや、それだけではなく情報をもたらしてくれた少女とその家族も危険だろう。
 今の自分がどれだけの命を背負っているのか。
 それを考えれば恐いとしか言いようがない。だから、それも今は頭の中から追い出すことにした。
 というより、既に余裕がない。
「……さらにひどいじゃないか!」
 ここから先は! とシンは絶句する。
 今までのがレベル50ぐらいだとするなら、ここから先は間違いなくレベル99だ。
 自分の技量を信用してくれたのだ、と思いたいところだが、無理だ。
「ぜってぇ、自分が嫌なだけだろうが!」
 自分だって、こんな所を進んでいくのはいやだ。しかし、後戻りをすることも既にできない。
 残されている方法はただ一つ。目的地にたどり着くことだけだろう。
「後で覚えてやがれ〜!」
 シンの雄叫びに近い叫びだけが後に残された。

 その頃、ミネルバとは反対側からアークエンジェルも目的地へと向かっていた。
「全部、壊していいのか?」
 機体に乗り込もうとした瞬間、シャニがこう問いかけてくる。
「地球軍の機体、であればな」
 味方まで撃つなよ、と言葉を返しているのはフラガだ。
「わかった。キラとフレイ、ケガさせるわけにいかないから」
 そんなことをしたら、居残りを命じられたメンバーに殺される……と彼は真顔で言い返してくる。
「そう言うことだな」
 苦笑を浮かべつつ、フラガは彼の頭をなでていた。
「同じくらい、生き残ることとケガをしないことも大切だぞ」
 キラに泣かれたくなければ……と彼は付け加える。それはもう、恨まれるというものではすまないだろう、とも。
「……それも、わかってる……」
 そっちの方が恐いかもしれない……とシャニは考え込んでいる。
 ブルーコスモスによって人工的に作り替えられた体は、完全に元に戻ることはない。今でも、適切な投薬等が必要な状況だ。
 それでも、あのころのようにその薬が切れたからと言って禁断症状に苦しむことも人格に支障が出る事もない。
 だからといって、この状況がいいとも言い切れないのが事実だ。
 はっきり言って、昔よりはまし……程度だろうな……とバルトフェルドは思う。
 それでも、彼等自身の意志で物事を決められるようになっただけましなのだろうか。
 それはそれで上に立つものとしては面倒なのだが、と思わず苦笑を浮かべてしまう。
 あの三人が無条件で言うことを聞くのはキラだけだ。自分やアイシャ、それにフラガあたりの言葉はまだ普通に聞き入れるが、それでも一言二言文句を言うのはいつものことである。だから、今回残された二人の騒ぎはいつもの比ではなかったのだ。
 それでも、最終的に納得させたのは、間違いなくナタルと彼女の子供の存在だろう。
 キラほどではないが、それでもあの小さな存在が彼等には気になるらしい。
 あるいは、自分たちが無条件で守らなければならない存在だ、と認識しているのか。
 どちらにしても、少しだけだが扱いやすくなったことだけは事実だよな、と思う。
「いいこだな。これさえ終われば、久々に生身のキラに会えるぞ」
 あいつのことだ。そっと抱きつくぐらいなら許可してくれるって……とフラガはシャニの頭をかき回している。
「うん」
 彼は嬉しそうに笑う。
「じゃ、がんばりますか」
 この言葉を合図に、二人はそれぞれの機体に足を向ける。
「……さて、俺もがんばらないとね」
 彼等の姿がコクピットの中に消えたところで、バルトフェルドもまた自分の機体へと足を向けた。
「……ガイア、ね」
 地球軍に奪取されたものは微妙にシステムが変更されている機体だ。
 バルトフェルドはそう聞いていた。
 同時に、まだまだOSに修正の余地があるのだとも言われている。もっとも、それは変形に関するところだと聞いていた。
 だから別段、かまわない。何よりも、砂漠で使いやすいことが自分にとっては重要なのだし、とバルトフェルドは心の中で付け加える。
「さて……あの子達を守る役に立ってくれるかな?」
 今、一番重要なのはその事実だ。
 そして、これから生まれて来るであろう命にとって少しでもいい世界を与えてやるために役立ってくれればいい。
 ただ、敵を殺すための道具では悲しいのではないか。
 そんなことを考えるようになったのも、やはりキラの存在が大きい。そして、今は自分たちのバックアップをしてくれるフラガ達の存在か。
 だからこそ、余計に今の地球軍とブルーコスモスの存在が許せないのかもしれない。
 そんなことを考えながら、バルトフェルドはシートに収まった。
「作戦開始まで、後どれくらいだ?」
 ブリッジに向かってこう問いかける。
『後600秒ほどです』
 即座に帰ってきた言葉に、バルトフェルドは小さく頷いて見せた。