「何なんだよ、あいつは!」
 作戦開始まで微妙な時間がある。その間をどう過ごそうか……とは思うものの、先ほどのことを思い出せば落ち着いていられない……とシンは思う。
「……アイシャさん……」
 そんな彼の耳に、キラの声が届く。
「良かったワ、無事で」
 何気なく視線を向ければ、こう言いながら、アイシャがキラの体を抱きしめているのが見えた。
「……僕は、大丈夫ですよ」
 一人じゃなかったから……とその腕の中で彼女は微笑んでいる。
「そうよね。大変だったのはあんたじゃなく回りだもんね」
 思いっきり振り回してくれたし……とフレイがわざとらしいため息をついて見せた。
「フレイ!」
「まぁ、ようやく母親としての自覚も出てきたようだし……少しは楽をさせてもらっているけどね」
 艦内の女性陣も見張ってくれているし……という言葉に、キラが困ったような表情を作っている。
「ただ……要注意人物もいるけど」
 そんなキラにかまわずフレイはこう言った。
「ダレ?」
 そういう子は……と口にするアイシャの声が、微妙に低くなる。
「フレイ!」
「シン・アスカって子」
 キラの制止も聞かずに、フレイはさっさとこう言い切った。
「あぁ。あの子ネ」
 アイシャにしても先ほどのことを思い出したのだろう。仕方がないというようにため息をついている。
「……悪い子じゃないよ、彼も」
 だが、キラだけは何故かシンを擁護しようとしている。
「キラ! あんた何を言ってるの?」
「悪い子じゃないと思う。ただ、自分の感情だけしかまだ認識できないだけで……家族を殺された憎しみだけが、彼にとっては全てなんだよ」
 それを乗り越えられるか、それともそのままなのか。それによって、評価は変わるかもしれないけど……とキラは付け加えた。
「……その気持ちは、あたしだって経験あるからわかるけどね」
 フレイのこの言葉に引っかかりを覚えるのは自分だけではないはずだ。だが、それを問いかけることはできない、とシンは思う。こんなところで三人の会話を盗み聞きしているとばれるわけにはいかないのだ。
 逆に言えば、こんな所――と言っても、談話室だが――でそんな話をするなよ、とは思う。
「……自分の行動で他にも同じような気持ちになる人がいることに気づいてくれれば、少しは違うんだろけどね」
 戦争である以上、倒すものと倒されるものがいることは仕方がない。
 しかし、倒されるものにも家族がいることだけは心の片隅においておいて欲しい、とキラは付け加えた。
「……それもやりすぎると、あんたみたいにパンクするんだけどね」
 割り切ることも必要だ、とフレイは口にする。
「そうだね……割り切らないと、ダメなんだってことはわかっている。それでも、覚えていて欲しいと思うんだ」
 自分だけが被害者じゃない。加害者になることだってあるのだ、ということを……というキラのセリフが、シンの心の中でわだかまりを作る。
「イザークやお義父さん達のように、プラスだけじゃなくてマイナスの感情も、全て自分の責任だ、と言い切れるようになれればいいんだろうけどね」
 こう言いながら、キラは小さなため息をつく。
「せめて……アスランのように、自分の意見にだけ固執するような人間にはなって欲しくないね、彼には」
 何故、ここで《アスラン・ザラ》の名前が出てくるのか。
「……あの最低男ね……本当、ああなったら最悪だわ」
 それこそ、窓から投げ捨てたいくらい、とフレイも言い切る。
 いったい、あの二人に何をしでかしたのか。
「あの子の場合、意地になっているのよネ、ある意味」
 それが許される場合と、許されない場合があるのだが、とアイシャも頷く。
「ともかく、二人とも作戦が終わって、アタシが呼びに行くまで部屋から出ちゃダメよ!」
 特にキラには危険になるから、と二人に念を押すようなセリフが耳に届いた。
「わかっているわ」
「……おとなしくしています」
 二人はそれぞれの口調でこう言い返している。
「そろそろ作戦開始時間になるわネ。部屋に戻っていなさい」
 言葉とともにアイシャが立ち上がった。そのままこちらへと向かってくるのが見える。
「……まずい……」
 このままでは見つかってしまうだろう。
 慌てて、シンは身を隠す。
「……何で俺が隠れているんだ?」
 だが、アイシャの姿を見送ったところで、シンはこんなことを考えてしまう。別段、悪いことをしているわけじゃないのに、だ。
「ほら、キラ! 足下に気を付けなさいってば!」
 それでも、二人の声が耳に届けば出て行きにくい。
 というよりも、キラの顔をどのような表情で見つめればいいのかわからないのだ。
 彼女の言葉の意味がわかったわけではない。
 それでも、自分の中で何かを変えようとしているような気がしてならない。
 だが、今はそれを考えている場合ではないこともわかっている。
「しかし……何なんだ、あいつは……」
 いや、あいつらと言うべきなのかもしれない。
 どう考えても、ただのヘリオポリス難民だったとは思えないのだ。
 そう言えば、他にも引っかかることがある。
「……メイリンも、何か知っているはずなのに、教えてくれないしな……」
 やはり、自分自身の力で調べ上げるしかないのだろうか。
「……ともかく、任務だ」
 さっき啖呵を切った以上、この作戦は成功させなければいけない。そのためには、余計なことを考えている余裕はないのだ。
「全部、終わってからだ……」
 シンはこう呟くとデッキへと足を向ける。彼の脳裏から、取りあえず二人のことは消えていた。