目の前のモニターに映し出された地形図を見て、フラガは頭を抱えたくなった。
「……マジかよ、これ」
 まさしく『難攻不落』というのがぴったりと来るのではないか。そう思えるのだ。
「あらあら」
 そんな彼の言葉に、マリューが苦笑混じりに口を開く。
「貴方は『不可能を可能にする男』じゃなかったの?」
「……これは痛いところをつかれたな」
 もちろん、今だってそれを返上したつもりはない。キラに再会するためには必要だ、とわかっている以上、なおさらだ。
「だが、現実問題としてかなり厄介な立地条件だぞ、これは」
 ただでさえ、峡谷を塞ぐようにして建設されている上に、背面が崖だ。
 奇襲をかけることはまず不可能と言っていいのではないか。
「そうなんだがね」
 バルトフェルドが口を開く。それに誰もが意識を向けた。こういう場面でリーダーシップを取るのは、あくまでも彼なのだし、と。その程度の割り切りは既にしていた。
「一応、奇襲をかける方法はあるそうなんだよ。ただし、我々の手持ちの機体ではできない」
 しかし、ミネルバに搭載されている機体ならそれが可能なのだ、と彼は付け加える。
「どのみち、ミネルバとは合流をするつもりだがね」
 問題はいろいろとあるが……と彼は苦笑を浮かべた。
「なんせ、連中にばれないように……と思えばMSを持って行けないのだよ」
 と言うことで、君も俺も待機組だ……と言われて、フラガは苦笑を返す。
「さっさとキラの側に行ってやりたかったんだがね。ついでに、フレイの暴走も止めてやらないと、とは思っていたんだが」
 残念だ……と付け加えた言葉のうち、後半はもちろん冗談だ。出会った頃の彼女であればともかく、今のフレイはそうそう暴走しないだろうとは思う。だが、キラが関わっていればどうなるか。
「あぁ、そうだねぇ」
 キラを守ろうとして、ミネルバの人々との関係を悪化させていなければいいのだが……とバルトフェルドも頷いてみせる。
「大丈夫ヨ」
「そうよね。それに、シホさんが合流してくださっているのなら、なおさらだわ」
 彼女であれば、きっとうまくフレイも操縦してくれるだろう……と女性陣二人は同意していた。
「それよりも、アタシはキラの方が心配だワ」
 絶対、無茶をしているに決まっている! と彼女は言い切る。
「……自覚、ないでしょうからね、ある意味」
 無理もないのだろうけれど……とため息混じりにはき出されたマリューの言葉に、バルトフェルドが困ったような表情を作った。元の原因が彼にあるからなのだが、それに関してはキラももう恨んでいないだろう、と思う。
「こうなれば、無理矢理でもナタルを連れてくるんだったかしら……でも、子供達もいるから、難しいかったわね」
 まだ小さい子を戦場に連れ出すことはもちろん、母親から引き離すこともしたくないから……とマリューはさらに言葉を続ける。
「彼女の出番は、キラを受け取ってからでショ」
 じっくりとキラに《母親》としての心構えをたたき込んでくれればいい、とアイシャがマリューの肩を叩く。その瞬間、意味もなくキラが不憫に思えるフラガだった。
「ともかく」
 そんな雰囲気を打ち壊すかのようにバルトフェルドが口を開く。
「あちらにはアイシャに行ってもらおう。途中で情報提供者と合流してくれ」
 その後は、キラのそばにでもついていて見張っていて欲しい、と彼は続ける。
「……おそらく、この作戦が成功したとは、好ましくない光景が繰り広げられるだろうから、な」
 フラガ達ならば、ある程度は割り切れるだろう。しかし、キラであれば無理だ、と彼は付け加える。
「そうだな。俺としても、できれば見たくねぇよ」
 それでも、彼等を擁護することはできないだろう。それもわかっている。
「そう言うことだから、眠らせても何でもいいから、あいつに見せないようにしないとな」
 その役目はフレイとアイシャに頼むしかないのか……とフラガは心の中で付け加えた。
「妊婦に見せられる光景じゃないものね」
 わかっているわ、とアイシャが笑う。
「じゃ、そう言うことで、一足先にあの子達の所に行っているワ。さっさと迎えに来てネ」
 アイシャは言葉とともにきびすを返した。そのまま手をひらひらと振るとブリッジを出て行く。
「わかっているよ」
「さっさと行ってこい!」
「二人のことをお願いしますね」
 その場にいた者達は、それぞれの言葉を彼女の背に向かってかけた。

「……だから、なんでだよ!」
 何故、キラ達がまだこの艦に乗り込んでいるのか。
 シンは周囲の者に疑問を投げつける。
「上の命令だもの。仕方がないでしょう?」
 それに、これから合流する予定なのがアークエンジェルなのだから、その方がいいと判断されたのだろう、とルナマリアが言い返す。
「それとも何? キラさん達がいない方が良かったわけ?」
 さらにこう言われて、シンは一瞬言葉につまる。
「妊婦なんだろう? カーペンタリアに残っていた方が良かったんじゃないのか?」
 だが、すぐにこう言い返した。
「……だから、アークエンジェルにはバルトフェルド隊長が乗り込んでいらっしゃるからでしょう?」
 少しでも早く、キラが安心できる環境に移動させてやろうと考えたのではないか、とルナマリアはさらに反論をしてくる。
「カーペンタリアでは、万が一のことがあると考えられたのだろうな」
 あそこはジブラルタルと違って周囲に増援をおくれるようなザフトの拠点がない。さらに地形の関係で地球軍やオーブの艦艇が何かを暗躍していたとしてもすぐには気づけないのだ。
 そう考えれば、せめてジブラルタルまで連れて行きたいところだろう。レイはそう告げた。
「だからといって……」
「艦長が判断されたことだ。我々に反論する権利はない。それとも、お前はあの人達を守りきる自信がないのか?」
 だから、カーペンタリアに残したかったのか、と彼は逆に問いかけてくる。
「そんなわけ、ないだろう!」
 守れと言われたら守りきってみせる! とシンは言い返す。
「なら、問題はない。違うのか?」
 こう言われてはそれ以上何も言えない。シンは気に入らないというように視線を彼等からそらした。

 峡谷の間を縫うようにして、ミネルバは進んでいく。
 そのすぐ側の崖の上に一台のジープが現れた。そして、そのままミネルバに併走をしている。
 それに気づいたミネルバが、ゆっくりと船体を寄せていく。
 船体下部のハッチを開けると同時に、ジープがそれに飛び移ってきた。その操縦テクニックは見事だとしか言いようがない。
 だが、この光景を当人達以外のものが目にすることはなかった。