「……何かあったのか?」
 先日までカガリが使っていた部屋を急遽整えているのに気づいて、シンはこう呟く。
「オーブを訪れていたプラントの民間人を保護することになったそうだ」
 それに答えを返してくれたのはレイだった。
「なんだよ、それ」
 何でそれを知っているのか、というのと同時にそんなのんきな民間人を何故……とも思う。
「民間人だが、ザフトとも深い関わりを持っている方だ。オーブからの招待でこの地を訪れていたそうだしな」
 カガリがアーモリー・ワンにいたのと同じ事だ、とレイは付け加える。その言葉に、シンはそう言うこともあるのか……と思い直す。現状として、プラントとオーブは友好関係にあるのだし、とも。
「なら、仕方がないのか」
 うかつだとは思うが……と心の中で呟く。それでも、民間人であれば国を通じての招待を断るわけにはいかないのだと言うこともわかっていた。
「そう言うことだ」
 しかし、レイの態度に違和感を感じるような気がするのは錯覚だろうか。
「レイ」
 ひょっとしてと思いながら、シンは彼に声をかける。
「何だ?」
「お前、その人と知り合いなのか?」
 別段、答えを期待していたわけではない。だが、ちょっと気にかかったのだ。
「そう言うことになるのか」
 もっとも、向こうが顔を覚えていてくれるかどうかはわからない、とレイは言葉を返してくる。そういうきまじめなところがやはり《レイ》だな、とシンは思う。
「ラウ――クルーゼ隊長の縁で、何度か同席させて頂いたが、声をかけたことはない」
 彼の所にその人が訪ねてきたときに……と言われて、シンはますますどのような人物なのかわからなくなってくる。
「クルーゼ隊長って……あのクルーゼ隊長だろう? そんな人が、何で民間人と」
「あの方は、民間人だが、MSの開発に関わっていらっしゃったからな」
 他にも理由があるが……とレイは教えてくれた。だが、それは本人が来たときに艦長が教えてくださるだろう、とも。
「ただ、あの方を守るのは、俺にとっては義務以上のことだ、と思っている」
 きっぱりと言い切るその言葉に、だからレイはこんなにも自分にあれこれ説明をしてくれたのか、とシンは気づいた。自分が余計なことをしでかさないように、先に釘を刺しておこうと考えているのだろう。
「……必要以外、接触する必要はないんだよな、きっと」
 だから、きっとレイが心配するようなことはないと思いたい……と呟く。
「談話室も居住区内だがな」
 レイがこう言ったのは、自分がカガリにどんな言動をしたか覚えているからだろう。
「お前なぁ……」
 だからといって、関係のない相手にまではそんな言動はしない……とシンは考えながら、レイをにらみ付けた。
「お前の場合、失言が多いというのは否定しようがない事実だろうが」
 そんなシンに、レイはこう言い返してくる。それに対して、返すべき言葉を見つけられないというのもまた事実だった。

「わざわざおいでいただき、申し訳ありません」
 タリアはウズミに向かってこう告げる。
「いや。家のバカ娘を無事に連れてきて頂いたのだ。父として礼を申し上げるのは当然のことだ、と言わせて頂きたい」
 ありがとう、と言いながら、ウズミは頭を下げた。そんな彼の態度に、タリアの方が驚愕してしまう。
「……あの……」
 何かを言わなければいけない、とも思うのだ。しかし、言葉を見つけられない。
「その上、さらに厄介ごとをお願いしなければいけない」
 顔を上げた彼が、さりげなく視線を横に流す。そこには清楚な身なりをした少女が二人、そっとたたずんでいる。そのうちの一人は、タリアも顔を知っている人物だった。
「いえ。それに関しては私たちの方からお願いをしたい事実ではありますから」
 気になさらないで欲しい、とタリアは言い返す。
「あの二人は、我々にとっても大切な人物です」
 特にキラは……と彼女は視線だけで告げる。
 彼女の存在が、先の戦争を終結に導いた。
 いや、それ以前に、彼女がいたからこそ、命を救われたものが大勢いるのだ。そう考えれば、その身柄を保護することぐらい何でもない。タリアはそう考えている。
「一応、彼女が持ってきた医薬品を含め、必要な医療データーはまとめてある」
 勝手だとは思ったが、先ほど軍医に渡した……という言葉にアーサーが訳のわからない声を上げた。しかし、タリアにはそうしなければならない理由がわかっている。さりげなく彼の足を蹴飛ばす。
「お手数をおかけします。議長から彼女のことは聞いておりますので、ご配慮に感謝いたします」
 本国からデーターを取り寄せることができるかどうかわからない状況では特に、とタリアは微笑む。
「私個人としても、あの子を失いたくはないのでね」
 そう言えば、彼女は複雑な理由があって現在はプラント籍だが、元はオーブの国民だった。あるいは個人的な知り合いだったのかもしれない、とタリアはその言葉から推測をする。だが、それを問いかけるのはマナー違反だろう。
「そう思っているのは、ウズミ様だけではないと思います」
 知り合いではなくても、彼女を死なせたくはないと思っている人間がここにはいるのだから、とタリアは言外に告げた。
「そうですな」
 ここに来て、初めてウズミが柔らかな笑みを浮かべる。
「キラ、フレイ」
 そのまま視線を流すと、彼は少女達に呼びかけた。
「はい」
 少女達はそれに言葉を返すと、ゆっくりとこちらに向かってくる。
「……もう少し急いでくれても……」
「アーサー! 一人は妊娠中なのよ」
 彼の言葉についつい声が厳しくなってしまうのは自分が女だからだろうか、と思いつつタリアは彼をにらみ付けた。
「それも、プラントの次代を担う。万が一のことがあってもいいわけ?」
「……そういうわけでは……」
「だったら、黙っていなさい!」
 彼の無神経なセリフからキラを守るには、接触させないようにしなければいけないのではないだろうか。しかし、狭い艦内ではそれは不可能だろう、とタリアは眉を寄せる。
 しかし、それは少女達が目の前にやってきた瞬間消えた。
「この方が、この艦の艦長だよ」
 ウズミがさりげなく自分たちを二人に紹介している。
「初めまして、グラディス艦長。フレイ・バルトフェルドです」
 まず口を開いたのは赤毛の少女だ。その名字に、アーサーがうめき声を上げる。説明はしたはずなのに、とそんな彼の態度にタリアはあきれてしまう。
「お目にかかるのは二度目、ですよね?」
 そう言えば、とキラが小首をかしげた。
「覚えていてくださったとは思いませんでしたわ」
 前回の時は自己紹介もしなかったのに……とタリアはキラに向かって微笑む。
「いえ、あの時は失礼をしました。キラ・ジュールです。今回は、ご無理を申し上げて申し訳ありません」
 キラもまたタリアに微笑み返してきた。
「ジュール……って、あの……ジュール隊長の!」
 どうやら、自分の説明は彼の脳裏に残っていなかったらしい。その事実にタリアの堪忍袋の緒が切れる。
「アーサー!」
 彼女の怒鳴り声が周囲に響いた。