カーペンタリアに入港したタリアを待っていたのは、信じられないような命令だった。
「何故ですか? 我々に同行して頂くよりも、ここにいらした方が、キラさんにはいいと判断しますが?」
 妊婦であることを差し引いてもだ、とタリアは指揮官を見つめる。
「確かに、普通であればそうなのだろうが……」
 言葉とともに、彼は小さなため息をつく。
「彼女がねらわれているらしい、となればね。もっと安全な場所に送り届けたい、と思うのが普通ではないかな」
 ここでは、万が一の時に確実にキラの身柄を守りきれないのだ、と彼は言外に告げる。それは、カーペンタリアの立地条件上仕方がないのかもしれない。
「ですが!」
 自分たちに命じられた作戦の内容を考えれば、彼女はここに置いていった方がいいのではないか。タリアはそう思う。
 確かに、そろそろ安定期に入るだろうが、だからといって絶対に安全と言うことはあり得ないのだ。
「ジブラルタルからも、既にその作戦のために派遣されている艦があるのだが……それがアークエンジェルなのだよ」
 つまり、バルトフェルド自ら自分の娘達を迎えに来るつもりなのだろう。
「あの艦には、ジュール夫人の地球での主治医も乗り込んでいるらしい。状況が状況だからこそ、少しでも早いほうがいいのではないかね?」
 キラを彼等の手に渡すのは……と指揮官は微笑む。
「……このタヌキ……」
 結局は、自分が責任を取りたくないだけではないのか。そう考えてしまうのが穿ちすぎなのだろうか、とタリアは考えてしまう。
「何か言ったかね?」
 間違いなく自分の言葉が耳に届いているはずだ。それでもしらばっくれる相手の様子に、タリアは自分の考えが間違っていないと判断をする。
 同時にこんな男が指揮官であるのなら、キラ達をここに置いていくのは危険だ、とも思う。
 この男であれば、自分のために危険を避けようとして、キラ達を部屋の中に閉じこめておくぐらいやりかねない。適度な運動がキラには必要だ、としてもだ。
「……取りあえず、作戦に関して、もう少しお聞きしてかまいませんか?」
 これに関しては、後でシホとも相談しよう。
 それから判断しても遅くはないのではないか、とタリアは考えた。
「それと、補給についても相談させて頂かなければならないと思いますが? 特に、細々としたものを」
 違うのか、と強い口調で付け加えれば、彼にしてもそれ以上は何も言えないらしい。あるいは、ここで下手に口を出して自分たちに断る口実を見つけさせてはいけないと考えたのか。
 どちらにしても、これからの対処を間違えてはいけない。タリアはそう考えていた。

「……イザーク……」
 モニターに映し出された相手の顔を見た瞬間、キラはそれ以上何も言えなくなってしまう。
『元気そうだな』
 そんなキラを安心させるかのように、イザークが微笑む。
「うん……僕も子供も、元気だよ」
 何とかキラは、これだけの言葉を口にした。
『あぁ、そのようだな。お前のことだから、何かしら無理をしていると思っていたんだが、よほどフレイが厳しく監督をしてくれていると見える』
 この言葉に、キラは思わず『何でわかるんだろう』と心の中で呟いてしまう。それでも、否定できないのは事実だ。
『そう言うところも含めて、好きだと言っているのだから、気にするな』
 キラが自分よりも他人を優先するのはいつものことだ、とイザークは笑う。
「イザーク!」
 だから、どうしてそう言うことをすんなりと口にできるのだろうか。嬉しいが恥ずかしいとキラは思う。
『本当のことだ。隠しても、意味はないだろう』
 それに、ことあるごとに言っておかないと、忘れられるからな……と彼は真顔で口にした。
「イザーク、だから……」
 そう言うことを言われると困る……とキラは顔をゆがめる。
『どうして困るんだ? お前は、もっと堂々と受け止めていいんだぞ』
 キラを好きなのは自分。そして、それを口にしたいと思っているのも自分だ、とイザークは胸を張った。
「だって……僕には、そんな風に口に出せないから……」
『キラ?』
 いったい何を言いたいのだ、とイザークが問いかけてくる。
「同じくらい、僕だって……」
 イザークのことが好きなのに……とキラは泣きそうな表情で口にした。そんな風に自分の気持ちを口にするのが苦手だから、あえて告げたことがなかったのに、とも思う。
『そのくらい、わかっている。だから、お前の分も俺が言っているだけだ』
 キラの反応から、自分に対する気持ちが推測できる。そう言われて、キラはどうすればいいのかわからなくなってしまった。
「ったく……そこまでにしておきなさいよ」
 キラが恥ずかしさで倒れるわよ! と言いながら、フレイが二人の会話に割ってはいる。
『いたのか?』
 どこか不満げに、イザークが口を開いた。
「いたわよ! キラは妊婦だし……ここは一人で歩かせない方が安全だもの」
 何があるかわからないから、とフレイは付け加える。
「キラにことあるごとに突っかかってくるバカが一匹いるのよね」
 まぁ、他の人たちが止めてくれるから今はまだ大事にはなっていないけど……と言う言葉を耳にして、イザークは眉を寄せた。
『それは……確かにあまりいい状況ではないな』
 キラ達の秘密に気づかれればどうなるか。イザークは渋面を作りながら、こう告げる。
「まぁ、大丈夫だとは思うけどね」
 キラを不安にさせないようにと思ったのか。フレイが微笑みを作りながらこういう。。
「そうだね。シホさんもレイ君もいてくれるんだし……そんな状況になってもきっと、何とかしてくれるよ」
 キラもまたイザークを安心させたくてこう付け加えた。
 だが、彼はまだ何かを考え込んでいるかのように表情をこわばらせている。しかし、不意にその表情が軟らかくなった。
『そうだな。ハーネンフースが一緒であれば、大丈夫だろう』
 そして、自分に言い聞かせるようにこう呟く。
『ともかく、お前は自分のことだけを考えろ。いいな?』
 他のことはフレイに任せてしまえ……と言われて、キラは思わずため息をついてしまった。
「どうして、みんなそんなことを言うのかな」
 本当に、と言い返せば、
「あんたがぽややんさんだからでしょう!」
『お前は、側で見張っていないと不安だからな』
 と即座にこう言い返される。
「……二人とも……」
 キラはそんな彼等に反論をしようとした。だが、その前にイザークが視線をヨコに流す。そして、小さく頷いているのが見えた。
『残念だが、呼び出しのようだ』
 もっと、話をしていたかったのだがな、とイザークは苦笑を浮かべる。
「仕方がないよ。お仕事でしょう?」
 だから……と思いながらも、キラは少しだけ寂しい気持ちを抱いていた。
『あぁ……』
 イザークもまた小さなため息とともに頷いてみせる。だが、すぐに彼は口元に鮮やかな笑みを作った。
『おとなしく待っていろ。その子が生まれる前に、かならず戦争を終わらせてみせる』
 そうしたら、すぐにキラの側に行く、という言葉にイザークの本音が感じられる。
「うん、待ってる」
 だから、キラはふわりと微笑み返した。