波乱を含みながら――それでも、無事にカーペンタリアまで後数日と言うところまでミネルバはたどり着いた。
「これで、この艦とも別れられるかしら」
 どう思う? とフレイは付け加えながらキラへと視線を向けた。
「……キラ?」
 どうしたの? 問いかけながら眉を寄せる。何か彼女の仕草がおかしいのだ。
「フレイ……」
 キラは視線を彷徨わせながら口にすべき言葉を探しているらしい。
「何? 言いにくいことなの?」
 今更でしょう、と笑いかければ、キラはそうだと考えたのだろうか。それでもためらうかのように口を開く。
「……下着が、きついの……」
 蚊の鳴くような呟きで告げられた言葉に、フレイは目を丸くする。そのまま、慌ててある数を数え始めた。
「あぁ……そろそろ普通の下着じゃダメな時期になったのね」
 ただでさえ、キラは細かったから……と頷く。
「フレイ?」
「お腹の中の子が大きくなったの。だいたい……人の頭ぐらいになったのかしら……」
 でも、キラの子はキラとよくにて発育が今ひとつなのよね……とフレイはためきをついた。
「……人の頭ぐらい?」
 キラが呆然と呟く。そのまま、自分の腹部へと視線を向けた。
「ここで、そんなに大きくなっているの?」
 信じられないというのだろうか。どこか呆然とした響きを持った声でキラが呟く。その言葉を聞いて、あれほど説明したのにやはりわかっていなかったのか、とフレイはあきれる。それとも、わかってはいても実感していなかったのか。
「もっともっと大きくなるわよ、これから」
 どんどん成長していくから……とフレイは口にする。そのまま自分たちの荷物の方へと歩いていった。
「……もっと?」
「でないと、母体から出た後で無事に育てないでしょう?」
 だから、ちゃんと外の世界で生きていけるようになるまで母体の中で育てるの、とフレイは言い返す。
「あんたもあたしも、そうやって生まれてきたの。みんなそうだわ」
 それも母親なら当然のことだ、とフレイは付け加えた。でなければ、キラのことだ。自分の体が特別だから、そうなるのではないか。そう思いこみかねないのだ。
「……どうして、人間って……卵で生めないのかな、赤ちゃん……」
 そうすれば楽なのに……とキラが口にする。
「本当。あたしもそう考えたわよ、昔は」
 というよりも、女性なら一度や二度はそう考えるのではないか。フレイはそう思う。
「でも、できないんだから諦めなさい。コーディネイターですら、母体で育つんだし」
 言葉とともに、カガリとカリダが持たせてくれた荷物の中からマタニティセットを取り出す。
「そうできるからこそ、母親は子供を大切にするのよ」
 あのエザリアですら、イザークをかわいがっているでしょう? と微笑む。もっとも、このたとえが正しいのかどうかは自信がない。今のエザリアは、その息子よりもキラをかわいがっているからだ。
 それでも、エザリアがイザークをないがしろにしているわけではないし、キラには身近な例の方がわかりやすいだろうからかまわないだろう、とフレイは判断する。
「……恐い……」
 しかし、キラはフレイが予想していなかった呟きを漏らす。
「キラ?」
「だって……僕……」
 今更ながらに、キラは自分の体内で新しい命が育っているという事実を認識したのかもしれない。
「……あんたね……ぽややんにもほどがあるわよ」
 あきれていいのか何なのか……とフレイはため息をついた。
「ここに、あんたとあの銀色こけしの子供がいるって言うのは、わかってたんでしょう?」
「……それは……でも……」
「はいはい。わかっていても実感できていなかったわけね。つわりが軽かったのがいけないのか、それとも甘やかしすぎたから、かしらね」
 あるいは、ミネルバの中ではお腹の子供の成長具合を確認させられなかったからか。
 ともかく、今までのことは仕方がない。これからでももう少し気を付けてくれればいいか、と思う。
「どちらにしても、後一月ぐらいで多分、お腹の中で暴れ出すわよ、この子」
 それまでに、さっさと覚悟を決めてしまいなさい! とフレイは言い渡す。
「……動く……」
 そろそろ頭の中が破裂しそうなのか。
 キラはただ、フレイの言葉の中の単語を一つ、呟いているだけだ。
「そう、動くの」
 後で、医務室の機器を借りて、心音ぐらいは聞かせてやるべきか……と考える。そうすれば、もっと自覚が強まるのではないか、と思うのだ。
「大丈夫。あたしが一緒にいるでしょう?」
 あの男がいなくても……とフレイは微笑む。
「ちゃんと、あんたも、あんたの赤ちゃんの世話もしてあげる。だから、あんたは自分と赤ちゃんのことだけを考えなさい」
 大丈夫よ。何も恐くないから……と囁きながら、フレイはキラの体を抱きしめた。
「……フレイ、僕……本当に、赤ちゃん、生めるのかな……」
 フレイの腕の中でキラがこう呟く。
 自分は元は男だったし、今までだってたくさん治療のために薬を投与されてきたのに、と。
「大丈夫よ。あんたが不安がってどうするのよ」
 何よりも、キラ自身が一番信じてやらないでどうするのか、とフレイはキラに囁く。
「大丈夫よ。本国でもダメだって言われなかったでしょう?」
 だから、何も心配はいらないの、と言葉を重ねれば、キラは小さく頷いてみせる。
「と言うわけで着替えなさいな。多少デザインは無視しても、この際、機能優先よ」
 明るい口調で告げれば、キラはもう一度頷いた。
「後は……そのうち、腰が痛くなると思うから、覚悟しておきなさいよ」
 他にも支障が出てくるかもしれないけどね、とフレイは笑顔を作ってそう告げる。
「……本当?」
「らしいわよ。残念ながら、これに関してはあたしも経験ないもの」
 まぁ、身近で見たことがあるから、キラよりはましだろう……と付け加えた。
「やっぱり、卵で生みたい……」
 無理だとはわかっているけど……とキラは呟く。その言葉に、フレイは苦笑を深めた。