どうして、彼女はあんな風に言えるのだろうか。 自分たちの生活を粉々にされても、それでも微笑んでいられる。どころか、彼女は自分たちの生活を脅かしたザフトを恨んでいる様子を見せない。 「ずいぶんとまた……」 お優しいことだよな……とシンは呟く。 自分はまだ、許すことができないのに、とシンは心の中で呟く。 「マユ……俺は……」 救いを求めるかのように、シンはポケットの中から妹の形見を取り出そうとする。しかし、そこにあったはずのそれがない。 「嘘……だろう?」 何で……と焦る。 少なくとも、食堂に行く前にはあったのだ。 と言うことは、どこかで落としたのかもしれない。だが、どこで……と周囲に視線を彷徨わせ始めた。 そんなシンの視線の先に、ローヒールの靴先が見える。 艦内でそんなものをはいているとすれば二人しかいない……と思いながら、シンは顔を上げた。 そうすれば、柔らかな微笑みが見える。 「これ、君の?」 言葉とともに、キラがピンクの携帯をシンに差し出す。 「……どうして、俺のだと思ったのですか?」 確かに、これは自分のものだ。しかし、何も知らない人間がそうだと判断することはなかった。だから、と思いながら、シンはそう問いかけた。 「……これ、オーブで三年前にはやった機種だから……君がオーブの人間だったって聞いたし……」 だから、とキラは微笑む。 そう言えば、彼女もそのころはまだオーブの人間だったのだ。それならば、納得できるかもしれない。 「妹の形見なんです……これだけしか、俺には残されてないので……」 だからだろうか。言わなくてもいいセリフを口にしてしまったのは。 「そう、何だ……」 あの戦いの時に、たくさんの人間が巻き込まれたから……とキラは目を伏せる。おそらく、自分の家族もそうだと考えたのだろう。 「俺の家族は……地球軍と、オーブに殺されたんです」 「シン君?」 「俺の両親は、モルゲンレーテの技術者で……オーブから協力を依頼された地球連合の工場に出向していたんです。そこが地球軍の関連の工場で……コーディネイターだったと言うだけで、スパイ扱いをされて……それで処刑されました」 自分だけが、たまたま出かけていて難を逃れたのだ、とシンははき出す。 「オーブの連中は、その事実を知っていたのに何の手も打ってくれなかった……もし、彼等が動いてくれていたら、両親も、妹も、殺されずにすんだはずなのに……」 だから、自分はオーブを信じない。 そして、地球軍を許さない! シンはそうはき出す。 「……君の怒りはもっともなものだし……僕にはそれを推測するしかできないんだけど……」 ここまでいったところで、キラは一旦言葉を切る。そして、ためらうように視線を流した。 だが、それでは意味がないと思ったのだろう。キラはまた視線をシンに戻す。 「君が憎んでいるのは、地球軍という組織? それとも、そこに属している人たち全て?」 この言葉の意味が、シンにはわからない。 地球軍に属しているものは皆同じ考えの持ち主だそう、と思うのだ。 「オーブという国? それとも……君を見捨てた誰か個人?」 だが、キラはさらにこう言葉を投げかけてくる。 「あんた……」 いったい何を言いたいのだ、とシンは思う。 「僕は――僕たちはザフトや地球軍と言った組織を恨んだけど、そこに属していた人たちまでは恨めなかったから。その人達と知り合ったら、余計に」 もっとも、釈迦に説法かもしれないけど……とキラは悲しげに微笑む。 その微笑みの裏に、何かもっと深い意味があるような気がするのはシンの錯覚だろうか。 「第一、恨んでいたら、結婚なんてできなかったしね……」 ふっと付け加えられた言葉に、 「あの……」 シンは思わず聞き返してしまう。 「……あの日、ヘリオポリスを攻撃してきたのは、クルーゼ隊だったから……」 微笑みをとともに、とんでもない事実を聞かされたような気がする。 「キラさん?」 どうして、それで……とシンが思ったときだ。 「キラ!」 思い切り棘を含んだ声が周囲に響き渡る。 「フレイ、どうしたの?」 驚いたようにキラがこう聞き返した。 「何言ってるの! そいつは危険人物だって、何度も言っているでしょう!」 前に何をされたか、忘れたの! と彼女は付け加える。 「でも……」 すぐそばにシホもタリアもいるから、大丈夫だと思ったのだ……とキラは言い返していた。だから、自分に直接携帯を届けに来たのか、とシンは判断をする。 「いいから、来なさい! そいつとは絶対に二人きりになっちゃダメ!」 レイかルナマリアがちが一緒の時になら妥協してあげるけど……という言葉に、シンはむかつく。 「なんだよ! 人を害虫みたいに!」 「実際害虫でしょう?」 シンの言葉にフレイは即座に言い返してくる。 「妊婦にシミュレーションを強制するような人間が、まっとうだなんて言われると思っていたの?」 だが、フレイはまったく取り合おうとはしない。 「妊娠なんて、別段病気でも何でもないだろう!」 必要な行為をすれば普通についてくる現象だろう、とシンは思う。だから、そのくらいで怒られるようなことではないだろう、と付け加える。 「あんたは……」 だから男って……とフレイがさげすんだような眼差しでシンをにらみ付けた。 「そのセリフ、艦長さんかドクター達の前で言ってご覧なさい。怒られるだけじゃすまないわよ!」 そのまま、吐き捨てるように言葉を重ねる。 「わかっているの? 体の中で命を一つ育てているのよ! それだけ母親には負担がかかるの! キラもそれほど症状が出ていないから自覚が足りないかもしれないけど、だからといって回りもそれでいいとは言えないのよ!」 ちょっとしたことで子供の命が失われる可能性はあるのだし、最悪、母親の命も危なくなるのだ! と告げる彼女の声は次第に高くなっていく。 「それがわかっていない相手は、一生キラの側に寄らないで! ついでに、父親になんかなるんじゃないわよ!」 そんなことじゃ、お嫁さんになる人が大変だわ、とフレイは付け加える。 「あぁ。あんたじゃ、お嫁さんのなり手がないわよね」 「フレイ」 そこまで言わなくても……とキラが慌てて彼女を押しとどめようとしていた。 「いいのよ、本当のことだもの。それよりも、部屋に帰るわよ!」 キラはいい加減、休まなきゃない時間でしょう……と言いながらフレイはキラを引きずっていく。 「……何なんだよ……」 あいつの態度は……とシンは呟く。 それ以上に、キラのことが気になった。 「……調べてみるか」 そうは言っても、自分だけでは不可能だろう。それなりの成績を取っていたとは言え、情報処理はあまり得意ではないのだ。 いっそ、誰かを巻き込んでしまおうか。だとするなら、誰がいいだろう。そんなことを考えながら、シンはキラとフレイが消えた方向を見つめていた。 |