報告書に目を通した瞬間、男は薄い唇に満足そうな笑みを刻んだ。
「そうですか……あれが地上に降りてきていましたか」
 満足そうに彼は頷く。
「しかも、子を孕んでいるとか……それはますます重畳ですね」
 身二つになった時点であれから取り上げて教育をすれば、十分使える道具になるだろう。男はこう付け加えた。
「そう言うことですので……ファントム・ペインには、あれを持ち返るように伝えてください」
 自分たちの未来のために……と彼は笑う。それに、周囲の者は頭を下げた。

「キラさんとフレイさんって、姉妹なのに似ていらっしゃいませんね」
 メイリンが何気ない口調でこう告げる。それを耳にしたものは誰もがまずいという表情を作っているのに、口にした本人だけがまったく気にしていない。
 それも彼女らしいと言えばそうなのだが、とレイはため息をつく。
「……メイリン……」
 このまま放置しておくとまずい。そう判断して、彼は少しだけ声を潜めて彼女の名を口にする。
「……聞いちゃ、いけませんでした?」
 さすがにアカデミー時代からの付き合いだ。レイの口調だけでまずい状況だと伝わったらしい。慌てたようにメイリンがこういった。
「別段、気にしていないわよ」
 どこが、と言うような口調でフレイがこう告げる。
 その口調といい、身に纏っている色彩といい――いや、性格すらも――彼女はルナマリア達と姉妹だと言った方がぴったりと来るかもしれない。
 その激しい性格も、これでも落ち着いた方なのだと聞かされて信じられなかったことも事実。
 しかし、考えてみればキラもかなり激しい性格なのではないか……とは思うのだが、レイはあえてそれに関しては口にしないことを選択した。
「フレイ」
 苦笑混じりにキラが彼女の名前を口にする。
「……だって、キラ……」
「気にしないって言ったのは、フレイだろう?」
 第一、自分たちが《姉妹》なのは、間違いない事実だろう……と彼女は微笑む。それだけでフレイの苛立ちは抑えられたらしい。彼女を取り巻いていた空気が柔らかなものへと変化していく。
「私とフレイは……血のつながりはありません。私たちは……ヘリオポリスで暮らしていました。そこで、私は両親とはぐれて……フレイはただ一人のお父様を亡くされて、どうしていいのかわからなかったところを、お義父さまに拾って頂いたの」
 そのころの自分は、本国で治療を受けなければまずい状況だったし……とキラは悲しげに微笑む。
「オーブ籍ではプラント本国に行くこともできなかったし、あの混乱で二人ともIDをなくしていたから、養女という形で引き取って頂いただけです」
 オーブではなくバナディーヤにたどり着いたのは、自分たちが乗った船が戦闘に巻き込まれてそこに不時着をすることになったからだ、とキラは静かに告げる。
 レイとシホはその言葉が大筋では正しいものの細かいところで巧妙にごまかされていると知っていた。
 だが、他の者達はそこまで気づく余裕がない。
 それだけ《ヘリオポリス》という言葉はザフトの者達の中では思い意味を持っている。
 たとえ、地球軍がそこでMSの開発をしていたからと言って、何も知らない人々の生活まで奪う権利は自分たちにはなかったのだ。
「……すみません……そんなこととは知らなくて……」
 メイリンが素直に頭を下げる。
「気にしなくていいわよ! 別段、珍しい話じゃないもの」
 自分たちはまだましな方だし……とフレイは付け加えた。
「お義父さんも、隊のみんなも親切にしてくれるし、看護士の資格を取りたいと言ったら応援もしてくれたわ。何よりもキラと一緒にいられたもの」
 だから、全てを許せたのかもしれない、とフレイはキラを見つめる。
「というより、他のことを考えている余裕がなかったのよね。あのころのキラは、本当にちょっとしたことで死んでしまったかもしれなかったから」
 一時も目を離せなかったし、他にもあれこれ問題を引き起こしてくれるバカもいたし……とフレイはぼやく。
「フレイ」
「まぁ、その中の一人が、キラと結婚したあいつなんだけど……本当、見ていて楽しかったわ、それは」
 キラに会いに来るたびに素っ気ないふりをしながらもしっかりと照れていたのよね、と彼女が口にした瞬間、ルナマリアとメイリンの瞳が輝く。
「お二人は、バルトフェルド隊長のところで知り合われたのですか!」
「その時のジュール隊長って、やはり落ち着いていらっしゃったんですか?」
 どうしてこうも人の色恋沙汰に興味を示すのだろうか。
「……そうだけど……何で?」
 また、キラがまじめに返すものだから彼女たちの好奇心をさらにかき立てるのだろう。
「言っておくけど、あなた達が期待しているような色っぽいことはないわよ。キラがほとんどベッドに縛り付けられていたから、お義父さんに命じられてあいつが移動の時、手伝ってくれただけ」
 あのころのキラは、今みたいにふっくらとしていなかったし、顔色も悪かったのにね……とフレイがわざとらしいため息をついた。
「それでも、それがきっかけだったのでしょう?」
 違いますか? とルナマリアがさらに追及をする。
「そう言うことになるのかな?」
「まぁね……あの時だって、会話を交わせばキラのいいところはすぐに見つけられただろうし……見た目だけであんたのことを判断しなかった、という一点に置いてはあの男を認めてあげる」
 キラを大切にするのは当然のことだものね……とフレイは言い切った。
「フレイ……イザークはフレイのことも気にかけているじゃない」
 だから、そんな風には言わないで欲しい、と彼女は言外に付け加える。
「それも当然のことでしょう?」
 しかし、フレイはこう言い返す。
「いつの世の中でも、小姑はうるさいものなの」
 だから、諦めなさい……と彼女が付け加えたときだ。ホーク姉妹だけではなくシホも苦笑を浮かべる。
「……確かに、そうかもしれませんね。ラクスさまもなかなか手厳しいですし」
 彼女も、キラが療養中に身柄を預かっていた関係で彼女の姉を自称しているし……とシホが口にした。
「キラさんって、本当に凄いんですね」
 いったいどういう意味で言っているのだろうか。そう言いたくなるようなセリフをメイリンが口にする。
「凄いのはイザークやラクスで……私はただ、そんな人たちと知り合う機会に恵まれただけです」
 そう言えるところが凄いのだが、とレイは思う。
 普通なら、決して言えないセリフだな……と心の中で付け加えたときだ。
 食堂の反対側で食事を取っていたシンが不意に立ち上がる。そのまま出て行く彼の姿が視界の隅をかすめた。