最近、キラの姿をMSデッキでよく見かける。しかし、その隣にはかならずと言っていいほどシホの姿があった。
 それは、自分たちに対する牽制なのか。
 だとしたら、無視するしかないのだろうが……気がついたらキラの姿を視界の中に入れてしまう。
「何で、こんなに気になるんだろうな、あの人が」
 気に入らなければ無視すればいいだけなのだ。あるいは、関わると厄介だと思えば、だ。
 彼女に自分の知らない秘密があるからかもしれない。
 それさえわかれば、きっと、この好奇心に似た気持ちは消えるに決まっている。
 シンは自分に言い聞かせるように心の中でそう繰り返していた。だが、同時に『違う』と囁く声もある。
「シン!」
 不意にヨウランの声がシンのその思考を遮断した。
「なんだよ……」
 むっとしたようにシンは言葉を返す。
「なんだよじゃないだろう……エラーでまくり」
 ちゃんと対処しないと、インパルスが動かなくなるぞ……と彼は付け加える。
 そういわれて、改めて現実を見つめれば確かにそうだ。しかも、その理由が無意識に打ち込んでいたらしい《kira》という文字だから、余計にばかばかしいとしかいいようがない。
「……わかっていると思うが……あの人は人妻だぞ?」
 どうやら、しっかりとそれも見られてしまったらしい。ヨウランがこう囁いてくる。
「そういう事じゃない!」
「はいはい、そう言うことにしておいてやるよ。でも、本当にあの人、美人だからなぁ……」
 せめて、旦那があの《ジュール隊長》でなければ、不倫でもかまわなかったのに……と彼は呟く。
「……ヨウラン……」
 お前なぁ……とシンはあきれたように口にする。
「俺にならいいが……レイとルナには聞かれるなよ?」
 怒鳴られるだけですまないかもしれないからな……と忠告の言葉を付け加えた。それは、ヨウランも考えていたらしい。
「わかってるって……お前でなきゃいわないって」
 自分だって、命は惜しい……とヨウランは付け加える。
「それにしてもなぁ……美人で強くて、それでいて控えめなんて……本当に好みなんだけど」
 人妻なんだよなぁ……と彼はまた繰り返す。
「出会うのが遅かったんだよな。でなければ、俺にだってチャンスがあったかもしれないのに」
 だからといって、選ばれるかというと無理だとしか思えない。
 はっきり言って《イザーク・ジュール》と言えば、前の戦いの英雄の一人だ。もし、自分がインパルスのパイロットに選ばれていなかったら、間違いなくジュール隊を希望しただろう。そう思えるほどの存在だ。
 そんな相手とヨウランでは、もう比べる対象にはならないと思う。
 だが……とシンは呟く。
 自分だったらどうなのだろうか。
 それも、まだ平和だった頃のオーブでだ。
 ここまで考えたとき、シンは自分にあきれる。
 これでは、自分が彼女に恋をしているようではないか。そう思ったのだ。
 そんなはずはない。
 自分に言い聞かせると、シンは作業に意識を集中させた。

「僕……何か嫌われるようなこと、したかな?」
 シンの視線を感じていたキラが、こう呟く。
「キラさん?」
 そんな彼女の耳に、シホの心配そうな声が届いた。
「……シン君達に……何か、避けられているような気がする。それだけならまだ我慢できるんだけど、気がつくとにらみ付けられているし……」
 何かしただろうか……とキラはため息をつく。
 だが、考えてみれば思い当たる節がいくつが出てくるというのも、また問題かもしれない。
「やっぱり、この前のシミュレーション、撃墜されてあげれば良かったのかな」
 攻撃を避けまくっちゃったから……とため息をつく。
「それはそれで、恨まれると思いますよ」
 後からばれたときに……とシホは苦笑とともに告げた。
「それに……きっと彼がキラさんをにらんでいるのは別の理由だと思いますよ?」
 この言葉の意味がわからなくて、キラは小首をかしげる。
「シホさん?」
「きっと……キラさんが強かったからでしょうね」
 だから、パイロットとして気になるのだろう、と彼女は付け加えた。
「そうなの?」
 自分が知っている者達は皆、そんなそぶりを見せたことはないからわからない……とキラは口にする。
 実際戦ったことがあるイザーク達はもちろん、バルトフェルド達もキラがそんな風な動きを見せたからといって態度を変えるようなことはなかった。その中にはもちろんシホも含まれる。
「私たちは、キラさんがあれのパイロットだった……と最初から知っていますので……」
 もっとも、決してそれは公にしてはいけないことだが……と彼女は付け加えた。
「だから、どれだけの実力を持っていらっしゃったのか想像がついていましたし……」
 それ以上に、自分にとって重要なのはキラの体調の方だったし……と彼女は苦笑を浮かべる。
「ともかく、シン・アスカのことは気にしなくてもいいですよ。本人の自分の感情をもてあましているようですから」
 それよりも、お腹の中の子を大切にしてください、と彼女は視線をキラの腹部へと向けた。
「キラさんに似たら、間違いなく可愛らしい子になるでしょうね」
 もっとも、性格がイザークでは恐いかもしれないが……と彼女は笑う。
「そうかな……僕よりもイザークたちににたほうが美人だと思うよ」
 エザリアさまは文句なしの美人だし……とキラは真顔で言い返した。
「そうですね」
 でも、自分はキラに似た子の方を見てみたい、と彼女は微笑む。それに、キラもまた微笑み返した。