被害は予想以上に大きかった。 「……オーブは辛うじて直撃を逃れたようだけど……」 だが、他の地域はどうだろうか。 何よりも、オーブの被害が少なかったからこそ、被害を受けた人たちの真理が問題だと思う。 何故、自分たちだけなのか。 どうして、こんな目に遭わなければいけないのか。 そう考えるのではないか、と推測できる。だからこそ、恐いのだ……とキラは思う。 「お義父さん達、大丈夫かしら」 キラの隣でテレビをにらみ付けるように見つめていたフレイがこう呟く。 「大丈夫だよ、きっと……レセップスだって、ラゴウだってあるはずだし……」 あるいは、先日完成した試作機を乗りこなしているかもしれない。だから無事に避難できているのではないか、とキラは思う。 それでも、百パーセントとは言い切れないこともキラにはわかっている。 「電波の状況がよくなれば、きっと、連絡を入れてくれるよ」 微笑みと共にそう口にしたときだ。 「キラ!」 カリダが飛び込んでくる。 「母さん?」 どうかしたのか、とキラは不安そうな表情を作った。 「オーブの軍人の方がお会いしたいのですって」 こういう彼女の表情もどこか不安げだ。 「……大丈夫よ、キラ」 自分も同じ気持ちのはずなのに、フレイはこう言うとキラの体を抱きしめてくれる。彼女のぬくもりがあの日々と同じように自分を安堵させてくれた。 「失礼します」 そんな彼女たちの前に一人の人物が現れる。その人物にキラは見覚えがあった。 「……トダカ一佐」 確か、キサカと同様、ウズミの信頼を得ていた人物だった、とキラは記憶している。 その人物が自分にいったい何の用なのだろうか。 フレイの体をそっと離すと、キラは視線で彼に言葉を促した。 「驚かせて申し訳ありません」 彼は軍人らしい折り目正しい態度で立ち止まるとこう切り出す。 「首長家の中で不穏な行動を取ろうとしているものがいるとのことです。その目標がキラ様だ、と」 しかし、そんなことになれば、オーブとプラントの関係は一息に最悪なものになってしまうだろう。だから、キラを安全な場所に避難させたいのだ、とウズミは判断したらしい。 「……それはわかりますが……」 だが、そのために誰かの手を煩わせるわけにはいかないのではないか。キラはそう思う。だからといって、自力でザフトの支配地域に行けるかというとまた問題ではある。 「アーモリー・ワンに行かれたカガリ様を乗せて、ザフトの艦が内密に入港しております。そちらに移動していただけばよろしいのではないか、と」 「ザフトの船?」 いったいどの隊の艦が……とキラは思う。カガリが一緒に戻ってきたというのであれば、間違いなく宇宙の部隊だろう、と。しかし、ザフトの艦に両用運用ができる艦があったのか、とキラは考えてしまう。あるいは、先日お披露目される予定だったあの新造艦かもしれない。 「そちらの方が、少なくとも誰かに利用されるようなことはないか、と」 つまり、ウズミが心配していることはそれなのか、とキラは思う。 そして、それが現実になりそうなのではないか、とも。 「わかりました」 自分一人の問題であればいい。 しかし、フレイもいるのだ。そして、何よりもオーブを巻き込むわけにはいかない。キラはそう判断をして静かに頷く。 「少し時間をいただけますか? 荷物をまとめますので」 どのような状況で出航したのかはわからない。だが、余分な物資があるとは思えないのだ。それでなくても、愛着のあるものもあるし……とそう思う。 「もちろんです」 そのために自分がここにいるのだ、とトダカは穏やかな微笑みを浮かべてみせる。そういえるだけの自信と実力を持っているんだな、彼は……とキラは改めて思った。 「お願いします」 それがうらやましいとは思うが、だからといってどうすることもできない。だから、今は自分にできることをしよう。そう考えて、キラは彼に向かって頭を下げた。 「……民間人の、保護、ですか?」 タリアはカガリから言われた言葉にかすかに眉を寄せる。 「あぁ……彼女達は、元はオーブの人間だったが、今はプラント籍を持っている」 それに気づいているだろうに、カガリは平然とこう言い返してきた。 「そして、そのうちの一人はザフトの軍人ではないが、開発局に関わっている……と彼女の御夫君から聞いている」 もっとも、そんなことは自分には関係のないことだが……とカガリはさりげなく付け加える。 「共通の友人の結婚式があるので、こちらに招いたのだが……この状況ではな。オーブよりも父君がおいでのバナディーヤか、いっそプラントまで戻った方が彼女の安全のためにはいいだろう。特に、子供を宿している今は、少しでも確実性を求めた方がいいのではないかとそう思うんだ」 カガリの言葉を耳にして、タリアの眉間のしわは完全にかき消されてしまった。その代わりに驚愕に彩られる。 「……その方の名を、お聞きしてもかまいませんか?」 彼女の説明に当てはまる人物をタリアは一人しか知らない。 だが、推測だけで物事を進めるわけにはいかないというのも事実だ。だからこそ、カガリの口から確証を得たい、と思う。 「キラ・ジュールとフレイ・バルトフェルドの二人だ」 きっぱりとした口調で告げられた名前に、タリアは『やはり』と思ってしまう。 フレイ・バルトフェルドという存在は名前だけしか知らない。だが、キラ・ジュールは別だ。ザフトにいてその名前を知らない者はいない、と言っていいだろう。 「……わかりました」 そんな彼女を保護するのは当然の義務だ、とタリアは考える。何よりも、次世代となるべき子供を体内ではぐくんでいる女性なのだし、と。 「彼女たちのために、最大限の協力はさせてもらうつもりだ」 この事態を招いたのは、ある意味自分にも原因があるからな……とカガリはため息をつく。 「せっかくの晴れの日だったのに……残念だ」 そして、こう呟いた。その気持ちは、同じ女として理解できると思う。 「それでも、グラディス艦長がここにおいでだったのは……不幸中の幸いだ、と考えていいのだろうな」 キラを安全な場所へと連れて行ってもらえるから……とカガリはまるで自分に言い聞かせるように口にした。同じ女性であれば、今のキラの体調にも配慮をしてもらえるだろうし、と彼女は付け加える。 「そうですね。これでも、一応、一児の母ですから、私も」 だから、相談には乗れると思う……とタリアは微笑む。 「そうしてやってくれ。キラの日常の世話はフレイがすると思うが……キラのためだけに、看護士の資格を取った奴だしな」 ただ、彼女はナチュラルだ……と声を潜めてカガリは付け加える。 「大丈夫でしょう。少なくとも《バルトフェルド》の名を持つ人間に危害を加えるものはいないと思います」 それに、ナチュラルを全て憎んでいるわけではないのだ、とタリアは笑みを深めた。 「そうだな。あれでも、元はアークエンジェルの乗組員だった少女だしな、フレイも」 少なくとも、普通の民間人のような醜態は見せないと思うぞ、という言葉に頷き返す。 「多分、父と共に来るだろう。その後は、頼む」 自分にできるのはそこまでだから……とカガリは頭を下げる。 「ご心配なく。私にできる限りのことをさせて頂きます」 そんな彼女に向かって、タリアはこう言い切った。 |