今後の戦局を大きく左右するのは隊の配置だろう。
 そう判断したデュランダルが中心となる隊の隊長達を呼び集めたのは当然のことだ。
 しかし、とイザークは思う。今、この男に会いたくはなかった、と彼は心の中で付け加える。
 だが、それを表に出すわけにはいかない。
「イザーク……」
 ここで暴れられてはたまらないと判断したのだろう。ディアッカが声をかけてくる。
「心配するな。TPOぐらいはわきまえている。このようなところで、馬鹿なことはしないさ」
 もっとも、あちらが何もしてこなければ……のことだが、とイザークは付け加えた。
「だから、それが心配なんだって……」
 というよりも、その方がまずいんだ、とディアッカは言葉を続ける。もっとも、あちらにはニコルがついていてくれるから何とかしてくれるだろうと思うのだが、と彼ははき出す。
「……ディアッカ……」
 お前な……とイザークはディアッカをにらみ付ける。もっとも、そのようなことで今更どうこうする相手ではないこともわかっていた。
「言いたくないが、お前らが諍いを起こしたと聞く度にキラが困っているんだよ」
 ついでに、そう言うことをキラの耳に入れたがるバカもいることだしな……とディアッカがぼやく。それは、本人にしてみれば本当にただの愚痴みたいなものだったのだろう。だが、イザークにはそう思えなかった。
「キラに、誰がそんなことを吹き込むんだ?」
 仕事がある以上、自分が常に側にいてやることはできない。だが、その代わりに――いや、そのためにと言った方が正しいのかもしれない――エザリアが最高評議会議員を辞めて家に戻ったのだ。
 そして、自分から見てもいい加減にしろと言いたくなるくらいにキラをかまっている。そんな彼女の目を盗んでそんなことができる人間がいるのか、とイザークは考えたのだ。
「……一番多いのは、ラクスさまじゃないのか。どうせ、あれがあれこれ言って、それを不安に思った彼女がキラに話しているだけだと思うが」
 つまりは、ラクスなりに心配をして……と言うことなのか。忌々しいとは思うが、だからといって会うことを禁止することではない。
 それよりも、とイザークは心の中ではき出す。
 一番厄介なのは、そうなることを見通してラクスにあれこれ吹き込む男だろう。
 おそらく、二人の会話の中に自分の話題が出れば、キラが忘れないだろう、と考えてのことか。
「……あいつが考えそうなことだ……」
 いくら何でも、あの男が公式な行事でもない限りジュール邸を訪問することができないのだ。というよりも、来ても追い返されると言った方が正しいのかもしれない。
「今はすぐに耳に入らないかもしれないが……もっと厄介なことをしでかしそうだからな」
 あれは……とディアッカも頷く。
「まぁ、ニコルを味方に引き入れてあるし……何とかなると思いたいな」
「だといいが」
 ニコルの他にクルーゼとおそらくデュランダルもキラに関しては自分たちに協力をしてくれるだろう。それはわかっていても、あの男の行動を完全に止められるかどうか、わからないのだ。
 それでも、同じような行動を自分は取らないだろう。そんなことをしてもキラが喜ばないことはわかっている、とイザークは心の中で呟く。
「そう言えば……お前、それ、新品?」
 不意にディアッカがこう問いかけてくる。
「何が、だ?」
「だから、軍服」
 前の奴、汚したわけでもないだろう? というディアッカに、イザークはあきれる。いったい何に注目しているのか、と思ったのだ。だが、ここではっきりと伝えておかないと厄介だろう、と言うこともわかっている。
「ハーネンフースに持たせた」
 それだけでわかるだろう、とイザークは今でも自分よりも少し上背のある相手の視線をにらみ付けた。
「あぁ、そういう事ね」
 ごちそうさま、としらじらしい口調で言ってくるこの男が憎たらしい、とイザークは思う。だが、それを口にすることはできない。
「久しぶりだな、イザークにディアッカ」
 まるでそのタイミングを待っていたかのように声をかけてきたものがいる。
「俺はあまり会いたくなかったがな」
 アスラン、とイザークは相手の名前を口にした。

 結局、ベッドを移動してシホもキラ達と同じ部屋で寝起きをすることになった。それはきっと、シン達がまたうかつな行動を取らないようにと言う牽制だろう。
「キラさん、本当に変わりませんね」
 シホがそう言いたいのは、きっとキラの態度のことだ。それは自分もいつも考えていることでもある。
「……ここに、赤ちゃんがいるって言うけど……なんて言うのか、まだ夢を見ているみたいだし……」
 具合が悪くなった以外は、別段変わったこともないような気がするから……とキラは呟く。
「そうは言われても……」
「うん……頭ではわかっているんだ。でも……考えても見てよ。三年前まで、僕は男だったんだよ?」
 うまく言えないけど……とキラは言葉を続ける。
「確かに、僕が母親なんだろうけど……どう受け止めていいのか、わからないんだ……」
 自分が妊娠をするなんて言う事実が現実になるとは思わなかったし……と言う言葉に、フレイはキラの主治医から言われた言葉を思い出す。
 キラが無意識のうちにお腹の子供を否定する可能性がある。それは、男性として培った意識が《妊娠》という現実を否定したがるからだ、と。だから、キラだけの責任ではない、とも。
 思考はともかく、深層意識化にある認識まではそう簡単に変えられないのだから余計に周囲の人間が気を付けてやらなければいけない。現実を否定して自傷行為に走らないだけでも、女性としての意識が身に付いているのではないか。彼はそう言った。同時に、本当であれば妊娠という状況になるのはもっと後の方が良かったのだが、とも。
 実際、妊娠が発覚したときのキラは、ショックで自失状態だったというし。こればかりは二年や三年で変われと言う方が無理なのではないか。
 それでも、もう少し、妊婦としての自覚を持って欲しいとフレイは考えてしまうのだ。
「……あぁ、キラさん」
 荷物を整理していた彼女が、不意にキラに呼びかける。
「何でしょうか」
 キラが小首をかしげつつキラが言葉を返した。何かあったのか、とその表情が問いかけている。
「隊長から預かった……というか、押しつけられたものがあるんです」
 今思い出した、とシホが苦笑を浮かべた。と言うことは、とんでもないものなのだろうか、とフレイは推測をする。
「僕に、イザークから?」
「……あの男がわざわざ持たせたんだから、とんでもないものじゃないとは思うけどね」
 それにしても、とフレイは思う。MSで移動をする以上、持ち込める私物は限られるはずだ。そして、シホにも必要なものがあるだろうに。確かに、自分たちの間でなら融通が聞くものも多いが、それでも、と考える。くだらないものだったら、後でぶん殴ってやろうか、と心の中ではき出す。
「でも……シホさんにご迷惑をかけたのではないですか?」
 同じ事を考えたのだろうか。キラはこう口にする。
「他のものでしたら、お断りさせて頂いていたのですけどね」
 まぁ、彼にしては上出来だろうと思って引き受けてきた、と口にしながら、シホは薄い包みを取り出す。それはおそらく服なのではないか……とフレイは判断した。
「これ?」
 なんだろう、と口にしながらキラがそれを受け取る。
「お守り代わりだそうです。無事に再会するまで、預かっていて欲しいそうですよ」
 開けてみてください、とシホが言う。それに頷くと、キラは慎重な手つきで包みを開け始める。
「……これ……」
 あらわになったそれに、キラは目を丸くした。
「まさか、これ……」
 そんなはずはないだろう、と言うニュアンスを含ませながらキラがシホの顔を見る。
「そのまさか、ですよ」
 ふっと笑みを刻むと、シホは言い返す。
「間違いなく、隊長の軍服です。それなら、いつでも側にいるとキラさんが思うのではないか、とおっしゃっていました」
 なんて言うのか……イザークらしいと言うべきなのか、それとも……とフレイは思う。
 しかし、キラはそうではなかったらしい。
「イザークったら……」
 こう呟きながら、その軍服を抱きしめていた。
「……まぁ、あの男にしては上出来だわ」
 少なくとも、キラの心の支えにはなるのだろう。何よりも、側にいてもらえない寂しさは多少薄らぐだろうし、とフレイは口にする。
 同時に、これで少しはキラもあれこれ考えてくれればいいと思う。少なくとも、自分のお腹のなかににいる子供は、自分だけの存在ではないのだと。だから、注意をしすぎてしすぎることはないのだとも。
 もっとも、キラが《妊娠》という事実を軽く受け止めている理由の一つに、イザークの言動があるのかもしれないとも考えられるのだが。それについては後でキラに聞いてみることにしよう、と心の中で付け加える。
「ひょっとして、あいつの入れ知恵なのかしら」
 ついでに、イザークにもう少しあれこれ知識を付けさせてくれればいいのに、とフレイは思う。
「どうでしょうね」
 フレイの呟きに、シホが言葉を返してきた。だとしても、怒ることではないわね、とフレイは思う。
「取りあえず、さっさと片づけてキラの側に来てもらいたいわね」
 できれば、子供が生まれる前に。それは難しいだろうけど、何とかしなさい、とフレイは脳内に思い描いた相手に向かって告げた。