「……本当にあんたは……」
 あきれたようにフレイは口にする。
「ごめん……約束を守らなくて……」
 自分でもどうしてそう言うことになったのかよくわからないのだ。気がついたときには何故かシミュレーターの中にいたのだ、とキラが口にした。そして、外からロックされて、出るに出られなかったのだ、と。
「……イザークやディアッカさん達をバカにされたから、つい……」
 相手をしなければ、出してくれそうになかったし……とキラは付け加える。
 キラのその言葉に、やはり……とフレイは思う。
「まぁ、あそこのメンバー全員がそのつもりだったのだろうけど」
 そして、キラがそんな周囲の様子に気づくのは、いつだってそういう状況に追い込まれてからに決まっている……とフレイは口にした。
「だから、あんたを一人にしたくないんだけどね」
 しかし、そうもいっていられないし……とフレイはため息をつく。
 未だに、キラに妊婦としての自覚がないことが問題なのか。それともまだどこかに《男》としての意識が残っているのか。
 どちらにしてもキラは、自分たちに安静にしていろといわれるのは、未だに自分の体が不調だから、と考えているらしい節がある。普通の女性でもこの時期はちょっとした衝撃で子供を失うということが理解できないらしいのだ。
 だから、自分が側にいて気を付けていなければいけないのに……とフレイはため息をつく。
「艦長とドクターの命令があるから大丈夫だと思っていたけど、甘かったのね」
 というより、それだけキラのことが気にかかったのか……とフレイは呟いた。だが、その好奇心の方向が恐い……と思う。
 それが百歩譲って好意からのものであればまだいい。どうあがいても、シンよりもイザークの方が器が大きいし、第一キラが彼以外の相手を選ぶわけないとわかっているから安心してみていられる。それに、その手の話であれば自分でもそれなりに対処できるのだ。
 しかし、別の理由からであればまずい。
 キラがかつて《男》だったという事実。何よりも、彼女が《ストライク》のパイロットだったというあの事実が知られればどうなるかわからないのだ。
 確かに、プラント最高評議会議員には公然の秘密かもしれない。それでも《キラ》という存在が彼等には認められているのだ。
 しかし、一般の兵士達はどうだろう。
 この艦にも、ストライクによって撃墜されたものの肉親がいないとは限らないのだ。彼等が簡単に割り切れるとは思えない。
「でも、シホさんが来てくれたから、いくらかましね」
 彼女が目を光らせていてくれればかなりましだろう。フレイはそう付け加える。
「でも……僕のせいでシホさんにまで迷惑を……」
「かけているとは思わないでくださいね」
 すぐ側でシホの声がした。いったいいつの間に……と思いながらフレイは彼女の方を振り向く。いや、フレイだけではなくキラも同じように彼女へと視線を向けた。
「シホさん?」
「キラさんの身の安全を守ることが、少なくとも家の隊では最重要任務なのですよ」
 でなければ、イザークが何をしでかすかわからない……と彼女は苦笑混じりに口にする。そのまま、すっと身をかがめるとさらに言葉を続けた。
「それ以上に、エザリア様が恐いと思いません?」
 未だに本国でそれなりの力を持っている彼女だ。キラ可愛さにとんでもないことをしでかすことも考えられる。声を潜めながら付け加えられた言葉をフレイは否定できない。
「まさかそこまで……」
 しないよね、とキラだけが彼女を弁護しようとした。
「何言ってるの。アイシャさんだって、絶対同じ事をするわよ」
 ラクスだってそうだ……フレイは言い切れる。
「うん……二人に関しては否定できないけど……お義母さまは……どうかな」
 まだ納得をできない……というようにキラは首をひねっていた。まぁ、そう信じているのであればあえて否定をしてやらないのも友人としてのつとめだろうか。
「ともかく、キラさんの身の安全が確保されなければ、隊長はもちろん、エルスマン副官も通常の判断をできるかどうかわからない。皆がそう考えている、と言うことですよ」
 現実はどうかを別にして……とシホが締めくくった。
「クルーゼ隊長もそれを心配されていたようですしね」
 でなければ、自分に最新鋭機が回されてくるはずがないだろう、とシホはさらに付け加える。
「そう言えば……シホさんが乗ってきたのって、セイバー?」
 ふっとキラが問いかけの言葉を口にした。
「そうです。私にはもったいないと思うのですが……地球上でならあれがいいのではないかと」
 さすがに、フリーダムもジャスティスもまだ封印をとけないだろう。何よりも、あれらのパイロットはあくまでもイザークとアスランだと誰もが認識しているし、とシホが微苦笑をキラに向ける。
「シホさんならちゃんと使いこなせると思うんだけど……OSの方は?」
 大丈夫、とキラはさらに問いかけた。
「今のところは不具合を感じていませんから大丈夫ですよ」
 そこまで聞いたことで、シホはある可能性に気づいたらしい。
「ひょっとして、あれはキラさんが?」
「そう。インパルスは早々に離れたけど、セイバーの方は最後まで手をかけていたから」
 変形システムを持ったMSのOS構築は、以前にも手がけたことがあるから……というのは、間違いなくイージスに関わることだろう。
「でも、誰がパイロットになるか、僕が地球に来る時点では決まっていなかったから……かなり汎用的なものにしかなってないはずなんだ」
 シホであれば、癖も知っているから……とキラは小首をかしげる。
「……それに、シホさんと一緒なら、無理を言ってこないと思うし、みんな」
 フレイもその間にしなければならない用事を済ませられるだろう、とキラは付け加えた。
 確かにそうなんだけど……とフレイは思う。
 しかし、キラの体に負担がかからないだろうか、とも思うのだ。
「……確かに、シホさんが側にいてくれれば安心だけど……」
 それでも、あの《シン・アスカ》のそばにキラを行かせたくない。そうも思うのだ。
「でも、あんたの体の方は大丈夫なの?」
 そっちの方が重要だ、とフレイは考える。
「ちょっと疲れているかなって感じ、かな? 寝て起きれば、多分大丈夫だと思う」
 キラはこう言って微笑むが、それを信用してはいけないと言うことをフレイはよく知っていた。それはシホも同じだったらしい。
「グラディス艦長とも話していたのですが、明日はキラさんに検診を受けてもらいましょう」
 それと、とシホはいたずらっ子めいた表情を作る。
「今回の首謀者達にはトイレ掃除と甲板掃除を命じることにしました」
 少しは懲りてくれればいいのだが……と彼女は付け加えた。
「そうね」
 もっとも、監督されなければ絶対手を抜くはずだ……とフレイは考えている。それでも、多少は懲りてくれればいいのだ、とそう思うのだ。
 それで、キラにちょっかいをかけなくなってくれればもっといい。もっとも、それは期待薄だ、と言うことはわかっていたが。
「……大丈夫だよ、きっと」
 そこまで大がかりにしなくても……とキラは主張をする。
「何言っているの!」
 本当に、どうすれば彼女に妊娠の時に母親が注意をなければいけないことを理解させることができるのか。今までだって、あれだけ口を酸っぱくしていってきたのに、とフレイは本気で悩む。
 いっそ、胎動でも始まってくれないだろうか、と本気で思う。それまで後何週間かかるだろうか、と一瞬心の中で数えてしまったほどだ。
「……キラさん……それだけ大がかりにすれば、彼等に自分たちがどれだけ大変なことをしでかしたのか、理解すると思いますが?」
 だからおとなしく言うことを聞け! と二人は詰め寄る。その迫力に、さすがのキラも彼女たちの意図に気づかないわけにはいかなかったらしい。
「……わかったから……」
 そんなに迫らないで……と呟く彼女を少しだけかわいそうに思う。しかし、ここで手綱を緩めてはいけないのだ、とフレイは自分に言い聞かせていた。