強い……とシンは思う。
 アカデミーで教鞭を執っていた教官達とはタイプが違う。
 だが、どうしても攻撃を当てることができないのだ。
「嘘、だろう……」
 まったく攻撃を受けていないのに、こちらの方が不利な状況に追い込まれるというのはどうしてなのか。
 それ以上に、どうして彼女にこんな動きができるのか。
 ただのシステム開発者にここまでの技量が必要だとは思えない。
 同時に、どうして彼女は撃ってこないのか不思議だ。今までの間に、いくらでもそのチャンスはあったのに、とも。
「ともかく……このままじゃ終わらせられないよな」
 自分のプライドも含めて……とシンがスロットルを握り直したその瞬間だ。
「げっ!」
 不意に周囲の電源が落ちる。
「……誰が……」
 シミュレーターを強制終了させたのか……とシンは眉を寄せた。中で誰かが訓練をしているときにはそのようなことをしない不文律になっているはずなのに、とも思う。
 そのままハッチの方をにらみ付ければ、そこが開かれる。
「シン……」
 出てこい、と言いながらのぞき込んできたのはレイだった。
「なんだよ、レイ!」
 と言うことは、シミュレーターを強制終了させたのは彼なのだろうか。それは何故……と思いながらこう叫ぶ。
「艦長命令だ」
 しかし、彼は表情を変えることなくこう言い返してきた。
「艦長?」
 ますます訳がわからない、と思う。しかし、彼女の命令では無視するわけにもいかない、とシンはため息をついた。そのままシートベルトを外すと立ち上がる。
 シミュレーターから出た瞬間、シンの耳に届いたのはキラを怒鳴る二つの声だった。
「……二つ?」
 一つはフレイのものだ、ということはわかる。だが、もう一つは聞き覚えがないものだ。そんな人間がこの艦にいるとは思えないのに、とシンは眉を寄せる。
「わかっているの、キラ! あんたは今妊娠中なの! で、一番気を付けなきゃない時期なのよ!」
「そもそもキラさんは、あまり丈夫ではないのですから。無茶をなさらないでください」
 この言葉に、キラは身を縮めている。
「ごめん……」
 そんな彼女たちに向かってキラは素直に謝罪の言葉を口にしていた。
「……謝るだけじゃ意味がないってことはわかっているわよね?」
 実際に気を付けなきゃいけないと言うことも……とフレイはさらに問いかけている。
「……うん……」
 わかってはいたんだけど……とキラは小さなため息をついた。
「そこまでにしておいてあげてください」
 さすがにキラが気の毒になったのか。タリアが口を挟む。
「どうやら、キラさんはただ口車に乗せられただけのようですし」
 まさか、自分の命令を無視してここまで用意周到に準備を整えているとは思わなかった……とそのままタリアは視線をシンに向けてくる。と言うことは、全てばれている、と言うことなのだろう。
「と言うことは、元凶はそいつってことですか?」
 フレイが忌々しそうにシンを見つめる。
「あんた、いったいどうしてキラにシミュレーションをさせようなんて思ったのよ!」
 っていうか、普通、民間人にそんなことをさせようなんて考えないわよね……とフレイはいってきた。
「本当に民間人なのかどうか、わからないじゃないか!」
 シンは即座にこう言い返す。
「だったら、どうして俺が撃墜できなかったんだよ!」
 自分は同期ではもちろん、他のパイロット達にも引けを取らないだけの実力を自分は持っているはずだ! とシンは付け加える。
「実力はあっても、他人のことを思いやる気持ちは持ち合わせていないようだな」
 次の瞬間、キラの側にいた女性が低い声で言葉を投げつけてきた。
「なんだよ、あんたは!」
 女性にしては長身の部類にはいるのだろう。姿勢がいいその体を包んでいるザフトの軍服は、シン達と同じ《紅》だった。
 だが、彼女の顔をシンは知らない。
 と言うことは、自分たちよりも先にその地位を得たものなのだろう、とシンは判断した。
「やめなさい、シン! その人はシホさんよ!」
 女性で初めて《紅》を身に纏うことを許された相手だ、とルナマリアが囁いてくる。
「それが何なんだよ!」
 シンはそんな彼女にこう言い返す。ザフトで必要なのは実力だけではないか、とも思うのだ。
「その方は《FAITH》だ」
 さらにレイがこう言ってくる。その口調はあくまでも冷静なものだが、微妙な響きから彼も怒りを感じているのだ、と伝わってきた。それがわかるくらいには一緒にいたのだ。
 しかし、シンにはその理由がわからない。
「だから、何なんだよ!」
 何故自分がこれほどまでに責められなければいけないのか。シンはそう思う。
 確かに、キラをシミュレーションに付き合わせたのはまずいかな、とは考えなかったわけではない。
 しかし、彼女が何者なのか、そして、その実力を知りたいと思うのは普通ではないか。そうも思うのだ。
 第一、それは自分だけの気持ちではなかったはず。
 だから、ヨウランたちも協力してくれたのではないか。
「残念だが、君の言い分は認められない」
 シホが良く通る声で言葉をつづった。
「私は議長からキラさんを守ることを第一に考えるよう命じられてきた。《FAITH》の地位も、そのためにお預かりしたようなものだしな」
 だから、彼女をがいするような行為をする相手は認められないのだ……とシホは口にする。
「妊娠というのがどれだけ女性にとって大変なことなのか、後でドクターにきっちりと説明してもらうのだな」
 でなければ艦長にでも、と彼女は付け加えた。それがどちらにしても自分が叱咤されることではないか、とシンは思う。それとも、それを懲罰だ、と彼女は考えているのだろうか。
「シン・アスカだったな……」
 ふっとシホが口調を変えて問いかけてくる。しかし、シンはそれに言葉を返す気にならない。
「シン!」
 ルナマリアがたしなめるようにつついてくることもシンは気にならなかった。そして、シホの方も返事を待っていなかったらしい。
「君がキラさんのことを知りたがっているのはどうしてなのか。後でじっくりとその理由を考えてみるがいい」
 その言葉に、シンはさらにむっとする。だが、同時にどうして自分がこれほどまでに気になるのか、すぐに言い返せないという事実に気がついた。