しかし、レイもいつでもキラの側にいられるわけではない。
 フレイにしても、状況によっては彼女の側を離れなければならないことがあるのだ。
 シンがキラを訪ねてきたのはそんな状況だった。
「……あの、何か……」
 端末越しに相手を確認した瞬間、キラはどう反応していいのかわからなくなってしまう。
 相手がまだルナマリアやメイリンであれば納得できたのかもしれない。女同士でなければできない話――と言っても、未だにキラはそれになれないが――というのもあるのだ。そして、艦内で一番暇だと言えるのは自分だしとも思う。だから、彼女たちの暇つぶしに付き合うことには依存がないのだ。
 だが、シンは……とキラはかすかに眉間にしわを刻む。
 彼が自分にどのような感情を抱いているのかどうかはわからない。それでも、食堂などで顔を合わせれば普通に挨拶ぐらいはしてくれるから、本気で嫌われているわけではないだろう。
 しかし、こんな風に部屋まで彼が訪ねてくることは今までなかった。
 だから余計に理由がわからないのかもしれない。
「すみません……ご迷惑とは思いましたが、ちょっとお聞きしたいことがありまして……」
 お時間をいただけますか? とシンは口にする。
 もしこの場に、ミネルバのクルーが一人でもいれば彼の態度に何かを感じただろう。実のところ、タリア相手でもシンがこんな風な口調で話すことはないのだ。
 しかし、キラはその事実を知らない。
「……それはかまいませんけど……」
 だが、いくら何でも自分一人の場所に男性を招き入れるのには抵抗がある。というか、そんなことばれたらフレイだけではなくイザークにも怒られるだろう。と言って、彼の疑問に答えないというのも、と思ってしまうのだ。
「よろしければ、談話室の方でおつきあい頂ければ……と思いますが」
 そこであれば、周囲に人目もあるから……とシンが提案してくる。さすがに彼も、キラ一人の所に入り込むことには抵抗を覚えているらしい。これがディアッカであればまったく気にしないのだろうな、とかアスランなら勝手に入ってきているよな……とかキラは心の中で呟く。
「わかりました」
 談話室ぐらいなら大丈夫だろう。
 自分ものどが渇いたし、気分転換もしたかった……と言えばフレイも怒らないに決まっている。それに、適度な運動はした方がいいと今日顔を出してくれたドクターにも言われているし、とキラは心の中で付け加えた。
「少し待って頂けますか? さすがにちょっと出歩ける恰好じゃないので」
 室内にいるときぐらい、体を締め付けない恰好をしなさいとフレイに着せられた服では、さすがに……と思う程度の常識はキラにだってある。
「わかりました」
 シンがこう言ってくれたことに、キラはほっとした。そして、手早く着替えをする。もっとも、それもまたフレイに指示されたとおり体を締め付けないデザインのワンピースではあったが。
「……そう言えば、マタニティウエアって言うのも何とかしないといけないんだっけ……」
 ザフトの基地に着いたら、エザリアかアイシャに相談をしてみよう。そう考える余裕が、キラにはまだあった。
「ごめんなさい」
 こう口にしながら、キラは通路へと出る。そうすれば、シンが通路の壁により掛かっているのが見えた。
 キラに気づいたのだろう。彼は視線を向けてくる。
 次の瞬間、何故か驚いたように目を丸くした。
「ちょっとねていたので……」
 とんでもない恰好だったのだ、とキラは慌てて謝罪の言葉を口にする。
「いえ……俺の方こそ、いきなり押しかけましたから」
 シンはその表情のままこう言い返してきた。
「でも、ねていたって……」
「この時期、良くあることだそうです。ホルモンのバランスが崩れるせいかなんなのか、ものすごく眠くなるんですよ」
 お腹の中の子が無理をしないように言っているんだって、ドクターがおっしゃっていた、とキラは苦笑を浮かべる。
「赤ちゃん……まだ目立たないんですよね」
「そうだね。だから、余計に気を付けなきゃいけないらしいんだけど……」
 だから、眠くなるのかな……とキラは呟く。眠っていれば、危ないことにはならないから、と。
「……そうなんですか……」
 複雑な響きを滲ませた声で、シンがこう言い返してきた。

 周囲には敵艦はもちろん、味方の姿も見えない。
「……オーブからの情報では、こちらに向かったという話だったが……」
 オーブの探知区域を出たところで方向を変えたのだろうか。
 だとするなら、合流するのは難しいかもしれない……と心の中で呟いたときだ。センサーに味方の信号が引っかかる。
「ミネルバか?」
 それなら話は早いのだが……と思いながら、シホは機体をそちらに向けた。
「こちら、ジュール隊所属シホ・ハーネンフースだ。ミネルバ、聞こえているか」
 そのまま、ザフトのみに受信されるはずの周波数で呼びかける。
『こちら、ミネルバ。聞こえております』
 帰ってきた言葉に、シホはほっと安堵のため息をついた。
「デュランダル議長及びクルーゼ隊長の指示で貴艦と合流をする。着艦許可をいただきたい」
 そしてこう告げる。
 だが、こちらに関する答えはすぐには戻ってこない。
 それも当然だろう。
 いきなり他の隊の人間が合流したいと言えば向こうも困惑するに決まっている。それも、議長命令で、だ。
『こちら、ミネルバ艦長、タリア・グラディスです』
 しばらくして落ち着いた女性の声がシホの耳に届く。
『一つ二つ、確認させて頂いていいかしら?』
 その声はこう続けた。
「何でしょうか」
 いったい何を言われるのだろう、とシホは身構える。
『貴方が、キラさんやフレイさんの言う《シホさん》なのかしら?』
 しかし、タリアの口から出たのは予想外の言葉だった。
「おそらくそうではないかと……」
 自分と同名の知り合いが彼女たちにいたとは聞いていないし……とシホは付け加える。
『なら、大歓迎だわ』
 たとえ、どこかのタヌキとキツネの思惑があったとしてもね……とタリアは笑う。それにシホは頭を抱えたくなった。
『必要なデーターを送らせて頂きます』
 だが、すぐに意識を切り替える。今必要なことは、彼女の真意を確かめることではないからだ。
「頼む」
 言葉とともに、シホはコンソールを操作した。