タリアから、キラの護衛につくように……とレイに連絡があったのはそれからすぐのことだ。
「本当は、貴方の任務ではないことはわかっているんだけどね……今回ばかりはエイブスが信用できないのよ」
 今回のことで彼がキラを今まで以上に頼りにすることは目に見えていた。だが、妊娠初期の体は本の些細なことでもバランスを崩しかねない。そう考えれば、これ以上、キラに寄りかかるわけにはいかないだろう。
「アーサーも同じ。それに、キラさんのご希望なのよ」
 この言葉に、レイは思わず目を丸くする。
「キラさんの?」
「そう。一番信用できそうなんですって」
 もっとも、それは自由に動ける人間という前提なのだろうが……とレイは思う。でなければ、自分の名前が出てくるはずがない。
「艦長はブリッジから動けないと考えていらっしゃるからではないでしょうか」
 だから、過去に面識があった自分に声がかかったのではないか、と推測をする。
「そうでなかったとしても、今のキラさんにはゆっくり休んでもらった方がいいと思うわ」
 さすがに、今日の彼女の行動を見ていれば……とタリアが微苦笑を口元に刻む。
「本当に、自分たちの経験不足を目の当たりにさせられたわ」
 もし、自分がもっと余裕をもって判断を下せていたら、インパルスのシステムをすぐに思い出せただろう。そうできていれば、もっと早く戦闘を終わらせることも可能だったはず……とタリアははき出す。
「それでも……言え、それだからと言って彼女に負担をかけていいと言うことにならないわね」
 しかし、かけてしまった負担は取り消せない。だから、これ以上の負担をかけないようにしなければいけないのだ、と。
「疲れているところ悪いけど、キラさんの側にいてちょうだい。キラさんとフレイさんの許可がない人間は追い払ってくれていいわ。私の命令だ、と言ってね」
 後、ドクターストップもかかっているから……と言えば誰も文句は言えないだろう、と彼女は付け加える。
「了解しました」
 何にせよ、彼女に信頼されたという事実は変わりがない。それがクルーゼのおまけだとしても、だ。
「そう言えば……シンとルナマリアが、キラさんとシミュレーションをしたいようなことを言っていたのですが……」
 ついでとばかりに、レイはこう口にする。
「……今回の一件が原因ね」
 ふっとタリアは何かを考え込むような表情を作った。
「わかったわ。それに関してもドクターストップと言うことで、エイブスに釘を刺しておくわ」
 彼にしてもきっとあれこれさせたがるだろうし……と彼女ははき出す。それだけ、キラが持っている技術は得難いものなのかもしれない。本人が望む望まぬに関わらず、だ。
「では、私はキラさんの所に行かせて頂きます」
「お願いね。あぁ、時間があったら、艦長室においでくださいと伝えておいて」
 あるいは、厄介ごとがおきそうなときには、それをいいわけに使ってくれていい、と……という言葉にレイは頷く。そして、そのまま彼女の前を辞した。

「ごめんなさい。忙しいのでしょう?」
 キラがレイに向かって頭を下げる。
「いえ。信頼して頂けたことの方が、俺としては嬉しいですから」
 ラウにも申し訳が立つ……とそんなキラにレイは言い返す。
「……クルーゼ隊長さん?」
 どうして彼がここで出てくるのだろうか、とキラが小首をかしげた。
「ラウは、キラさんが気に入っていますから」
 だから、自分が側にいてキラに何かあった場合、彼にどのような目に遭わされるかわからない、とレイは苦笑混じりに付け加える。
「そんな風には見えなかったけど……」
 クルーゼさんはいつでも優しくて紳士的に接してくれるんだけどな……とキラは反対側に首をかしげた。その仕草は、もうじき一児の母になるとは思えないくらい可愛らしいと思える。
「……あんたに意地悪をしても、意味がないからじゃないの?」
 ため息混じりにフレイがこう呟く。
「意地悪されているのに気づかないじゃない」
 それじゃ、意地悪をする方がばかばかしくなったとしてもおかしくはない……と彼女は付け加えた。
「そうなの?」
「……そうだったの。もう忘れているわけね」
 まぁ、あんたらしくていいけど……とフレイは苦笑を浮かべる。
 と言うことは、彼女もそう言うことをしていたということなのだろう。
 だが、とレイは心の中で呟く。あの時の状況を考えればそれは当然なのかもしれない。特に、彼女たちは極限状態の中に置かれていたのだから、と。
「……だって……あの時は仕方がなかったし……」
 その後、フレイが自分にしてくれたことを考えれば何でもないことだった……とキラは付け加える。
「本当にあんたは……」
 といいながら、フレイはキラの体を抱きしめた。
「可愛いんだから……本当に、あの男になんかもったいないわよ!」
 それが誰のことなのかは聞かなくてもわかる。
「フレイ……」
「わかってるわよ! あの男が悪い人間じゃないってことは。というより、あれに比べたら、一億倍もましよ!」
 でも、とフレイは付け加えた。
「あたしからキラを取っていったじゃない!」
 キラの体調が良くなったと思った瞬間に、とフレイは口にする。それが気に入らなかったの! と続けた彼女に思わず苦笑が浮かんでしまう。
「でも、イザークはフレイのことも大切にしているよ?」
 エザリア様も……とキラが言い返した。
「それもわかっているわよ! だから、余計に悔しいの」
 自分に力がないことを目の当たりにさせられて……とフレイは視線を落とす。キラを守りたいのに、実際には何もできないのだ、とわかるから、と呟く。
「何言っているの」
 しかし、そんな彼女の体を抱きしめ返しながらキラは言葉をつづり出す。
「僕がこうしていられるのは、フレイが側で守ってくれたからでしょう?」
 フレイがいてくれたから、あの日々、自分は死なずにすんだのだ、とキラは告げる。それでなければ、パニックでどうなったのかわからないのだ、とも。
「イザークとは違う意味で、フレイは一番大切な人だよ」
 だから、そんな風に言わないで……というキラの言葉には深い愛情が感じられる。
「本当にあんたは……」
 今までとは微妙に違う口調でフレイがこう告げる。
「底抜けのお人好しなんだから」
 でも、そう言うところが好き、と彼女もキラに言い返す。
 そんな二人の関係がうらやましい……とレイは思ってしまった。