談話室にはいつの間にかいつのもメンバーが集まっていた。
「本当なの?」
 コーヒーを受け取りながら、ルナマリアが妹に声をかけている。
「本当だって。キラさんが、インパルスの動きを指示して……それで、さっきの攻撃を切り抜けられたの」
 艦長とエイブスがそう言っていたのが耳に届いた、とメイリンが言い返す。
「それもね。ちゃんとシミュレーターで成功するかどうかを確認してから提案してきたのですって」
 と言うことは、インパルスが敵のMAに掴まってからそれを行ったのだろう、と彼女は付け加えた。
「キラさんって、凄いのね。それだけの時間で、インパルスのシステムを使いこなしたってことでしょう?」
 シミュレーターで、とはいえ……と興奮したように告げるメイリンに罪はないのかもしれない。
 だが、あまりいい状況ではないな……とレイは心の中で付け加えた。
 自分を含めた者達が必死に隠し通そうとしている《真実》をうかつな人間に知られるわけにはいかないのだ。現在ですら、彼女の《夫》であるイザークにも告げられていない真実。いや、キラ自身も知らないその秘密があらわになれば、間違いなく今まで以上にねらわれる。
 それはブルーコスモスだけには限らない。
 今彼女を保護しているプラントすら彼女の身柄を自分たちの利益のために研究材料にしようとしかねないのだ。
 もっとも、後者に関してはデュランダルが最高評議会議長である限り許可しようとはいないはず。だからといって、諦められるような内容でないこともわかっていた。
「……でも、どうして初めて見たばかりの機体を使いこなせるのかしら……」
 特に、ルナマリアのこのセリフはまずい。
「初めてではないのかもしれないぞ」
 疑念は少しでも早くつぶしておくに限る。そう判断してレイは口を開いた。
「レイ?」
「キラさんはザフトの開発局に協力を求められるほどの実力の持ち主だ。そして、それなりにMSを操縦できる。開発段階でインパルスとしてではなくてもシミュレーションを行った可能性はあるだろう」
 それならば、おかしくはない……と彼は言い切る。
「そう言えば、そうか。私だって、シミュレーションでなら何とかできるものね」
 実戦で使い物になるかどうかはわからないが……とルナマリアは取りあえず納得したようだ。
「……でも、一度、キラさんが操縦するMSの動き、見てみたいわ」
 どのような動きをするのか、興味がある、と彼女は付け加える。
「その前に……キラさんが妊娠中だ、と言うことを忘れるなよ?」
 シミュレーションでも体に負担がかかるのではないか、とレイは冷静な口調でこういう。
「そうだったわ……まだ目立たないから忘れてたけど」
「でも、目立たないときの方が要注意なんでしょう?」
 体の中で不安定な状況なのだ、とタリアが言っていた……とメイリンが口にする。
「言われた相手は、副長?」
 状況はわからないが、メイリンが耳にしたのであればブリッジでのことだろう。そう考えれば、タリアからそんな注意をされそうな相手は一人しかいない。
「そう。いっそ、キラさんにブリッジで助言を求めればいいのではないか、って」
 アーサーがあの後言ったのだとか。
 それはきっと、安堵した瞬間、ついつい出てしまったセリフなのだろう。しかし、タリアにしてみれば許せないセリフだったことは言うまでもない事実だ。
「本当に、副長も……」
 もう少し落ち着いて考えてから言葉を口にすればいいのに……とルナマリアがため息をつく。
「副長がどうかしたのか?」
 そこにようやく出撃後の雑事から解放されたらしいシンが姿を現した。
「いつもの失言癖が出たのよ」
 それで艦長に怒られただけ……とメイリンが説明の言葉を口にする。
「まぁ、男性に妊娠中の女性の心理とか何かを理解しろって言うのは無理なんだろうけどね」
 それこそ、どうやっても経験できないのだから……とルナマリアも頷いて見せた。
「って、あの人のことか?」
 何かを聞いてきたのだろうか。シンがこう聞き返してくる。
「さっきの作戦、あの人が提案したってヨウランたちが言ってたからさ」
 ちょっと気になったのだ……というシンの口調に、レイは引っかかるものを感じた。
「あの人って、何でそんなことを思いついたんだろうな」
 戦闘経験があるわけじゃないだろう? と彼はさらに言葉を重ねる。
「直接の、でしょう?」
 何言っているの、とルナマリアが即座に言い返す。
「あの方は、前の戦いの時に実戦を経験しているのよ。もちろん、パイロットとしてではないらしいけど、戦場で、兵士達と一緒に実戦の場にいたの」
 それは公式に広められているキラの経歴だ。それも間違いではない。
 だが、実際には、MSでの戦闘もキラは経験している。
 しかし、それも決して公言できない事実だろう。
「……それに、キラさんの義理のお父さんはあのバルトフェルド隊長だ。あの人の側にいれば、自然と作戦の立て方は身に付くのではないか?」
 門前の小僧習わぬ経を読む、ということわざもあるのだろう、とレイも口にする。
「そうかもしれないけどな。ただ、それだけじゃ、今回のことは説明がつかないだろう?」
 MSの操縦なんてそう簡単にできるものか……とシンは付け加えた。
「技術協力していたから、だろう。インパルスの機体そのものはともかく、システムだけならかなり前から研究されてたはずだからな」
 そして、キラはそのシステムにも関わっていたはず……とレイは口にする。だから、その際にシミュレーションを経験していたのだろう、とも。
「そうかもしれないけどな。だったら、その前提となる操縦技術はどこで身につけたんだ?」
 フリーダムやジャスティスも含めて……とシンはさらにことなを重ねる。いくらシミュレーションをしていたにしても一朝一夕で身に付く技術ではないだろう、とも。
「……カレッジって言っていたって、ザフトのではなくオーブの、だろう? 前提自体が違うじゃないか」
 第一、シミュレーションであっさりとインパルスの操縦の中で一番難しいと言われている分離合体をこなされては自分の努力は何だったのか……とシンは付け加える。というよりも、それが一番彼にとって重要だったのではないか。
「……そう言われてみれば、そうよね」
 せっかくそらしたルナマリアの疑問もまた浮上してしまったらしい。
 この場をどう切り抜けるか。
 それ以上に、キラに向けられたこの好奇心をどうやってそらすか。
 難しい問題だ……とレイは心の中で呟く。
 それでも、自分以外にそれができるものはこのミネルバの中にはいないことも事実。タリアですら、全ての真実を教えられていないのだ。
「ともかく、お前達……キラさんが妊婦だ、と言うことだけは忘れるなよ」
 そう言えば、さっき、医務室に連れて行かれたようだしな……とレイはともかく口にしておく。
「って……お腹の子に何かあったの?」
「それじゃまずいから、検診を受けに行ったんじゃないの?」
 戦闘は妊婦にとっていいとは思えない。まして、あんな光景を目の当たりにしてはね……とルナマリアは取りあえず引き下がった。
 だが、シンだけは複雑な表情を浮かべたままである。
 彼は要注意かもしれない。レイはそう判断していた。