「そう言うことだからね、ダコスタ君」 苦笑と共にバルトフェルドは自分の副官に笑みを向ける。 「わかっております」 ご心配なく、と彼はきまじめそうな口調で言葉を返してきた。 「それより、無事にあの二人を保護してきてください」 でないと、自分たちが殺される……と彼が懇願してくる。 「確かに、その可能性は否定できないねぇ」 あの子達はみんなのアイドルだからねぇ、とバルトフェルドは苦笑を浮かべた。 「一番恐いのが、彼女だしねぇ」 母親だからねぇ、アイシャは……と彼は付け加える。 「アークエンジェルの使用許可も出たし、新型も持っていく。だから、こちらは心配はいらない」 問題は君達の方だろう、とバルトフェルドは眉を寄せた。 「ご心配なく。こちらの方にも増援は来ています。隊長達がお帰りになるまでは、ここは死守いたします」 「あまり気負いすぎないように、な」 どうしようもなくなったら、撤退をしてもかまわない。そう言い残すとバルトフェルドはきびすを返す。 「遅いわヨ、アンディ」 そのまま歩き出せば、即座に声が飛んでくる。 「早くしないと、あの子達が危ないでショ!」 彼女のこの言葉が周囲に響いた瞬間、何故かあちらこちらから忍び笑いが響いてきた。どうやら、先ほどの会話を聞かれていたらしい。もっとも、それにはほとんど悪意が感じられないからかまわないのだが。 「そうは言うが、こちらにも事情というものがある。それに……あの子達は今、ミネルバにいるはずだからね」 あの艦には新米とはいえ《紅》が三人もいる。取りあえず、心配はいらないのではないか。そう言いながらも、バルトフェルド自身、それを信じていない。経験のないものほど恐いものはないと、彼自身がよく知っているからだ。 「ミネルバにはハーネンフースが向かっているそうだしな」 だから、少なくともカーペンタリアまでは無事にたどり着いてくれるのではないか。そこから先が問題なのだが、とバルトフェルドは呟く。 「わかってはいるけど……心配なんだから、仕方がないでショ」 キラが見かねて手を出していないかが……とアイシャがいった瞬間、フラガ達が大きく首を縦に振って見せた。 「キラの性格なら……最悪、自分で出かねないしな」 「それが一番心配なんだが……」 フラガがこう言いながら口を挟んでくる。 「そうさせないためにフレイを付けておいたから……心配はいらない、と思うんだがな」 だが、キラだからなぁ……と彼はため息をついて見せた。 「妊婦だからって、おとなしくしていてくれないっていうのが問題だよ」 家の女性陣は……と付け加えたのは、さっきまで騒いでいた約一名の女性のことを指しているのだろう。 「確かにね。どのような状況でも、生まれてくる命は大切にしてやりたいからね」 妥協してもらうしかないのだが……それでも、とバルトフェルドは苦笑を浮かべる。 「あの子はみんなに愛されているからね。イザーク君が、よく我慢していると思うよ」 本来であれば、彼は今すぐにでもキラの元へ向かいたいと考えているはずだ。だが、地球軍との戦端が開かれてしまった以上、彼はそう簡単に地球に降りてこられないはず。それだけ《イザーク・ジュール》の名は大きいのだ。 同じ事が《アスラン・ザラ》にも言える。 「……もう一人も同じ理由ですぐには動けないっていうのだけが救いかもな」 ぼそり、とフラガがこう呟く。 「確かに……それだけは救いだねぇ」 でなければどうなることか。その時の状況を考えたくない、とバルトフェルドも思う。 「さて……では、行こうか」 ナチュラルメインとはいえ、この艦の乗組員の実力は折り紙付きだ。だから、何も心配はいらない。 後は無事に合流することだ。そう考えながら、バルトフェルドはハッチをくぐった。 タリアの機転で何とか敵を撃破することができた。 シンがその事実をかみしめられたのはパイロットスーツから軍服に着替えたときだった。 「……そう言えば……あれって、あの人が助言してくれたんだよな」 そのまま控え室を出てタリアの元へ報告に行こうとした瞬間である。シンの耳にヴィーノのこんなセリフが飛び込んできた。 「そうそう。チーフとあれこれシミュレーションしていたけど……凄かったよな」 いろいろと……とヨウランも言葉を返している。 つまり、自分たちは彼女に助けられたということになるのだろうか。シンはそう推測をする。 そう言えば、インパルスのシステムも手がけたことがあると言っていたし、あの機体の特性は知っているのかもしれない。なら可能なのか、と心の中で呟いたときだ。 「実戦じゃどうかわからないけど……シミュレーションなら、シンも勝てないかもな」 だが、この一言はどうしても引っかかる。 「どうだろう。何か使いにくそうだったぞ」 「慣れてないからじゃないのか? シンだって、最初はそうだったって言っていたし」 でも、すぐに分離と合体に関してはシステムを使いこなせるようになっていたし……というヨウランの言葉にシンは目を丸くした。 「……嘘、だろう?」 自分ですら、分離合体をできるようになるまでかなりの時間を必要としたのだ。いくらシミュレーションとはいえ、それを今の時間だけで身につけたというのか。 いくらコーディネイターとはいえ、普通の者にそんなことができるはずがない。 できるのであれば、誰がインパルスのパイロットに選ばれてもおかしくはなかったはずだ――もちろん、訓練を重ねれば別だろうが――自分に適正があると判断されたからこそ、インパルスは自分に与えられたはず。 その機体をあっさりと乗りこなす――と言っていいのかどうかはわからないが――人間がいるとは信じられない。 しかし、自分は生き残ってここにいるし、その作戦を考えたのが彼女であることは疑いようがない話なのだろう。 「……何もんなんだ、あいつ……」 自分たちに教えられたデーターだけではとても納得ができない。 「ただのシステム担当、って言うだけじゃなさそうだな」 フリーダムという機体がどれだけ凄いものなのかはあの後調べたからわかっている。それを自分が動かせるかと言えば、はっきり言って自信がないとしか言いようがないのだ。 おそらく、自分たちに教えられていない《何か》が彼女にはあるのだろう。 それが知りたくない、と言えば嘘だ。 しかし、それ以上に彼女の実力が知りたいと思ってしまう。 「まぁ、思うだけにしておいた方がいいんだろうがな」 さすがに、妊婦だし……とシンは自分の心の中にある考えを振り切る。それで、もしも新しい命が失われては意味がない。 第一、自分は彼女を守ると言ったではないか……とシンは自分に言い聞かせた。それを違えるつもりはない、とも。 しかし、一度芽生えてしまった考えを押し殺すことは難しい。その事実に、シンはまだ気づいていなかった。 |