その日は、とてもおめでたい日になるはずだった。
「……何か、恐いわ、あの空……」
 夕焼けにしては赤すぎる。まるで、あの日々に見たそれのような空に、フレイがこう呟く。
「そう、だね」
 そんな彼女の手をそっと握りしめながら、キラは頷く。
「まるで……流れ星が、散っていく人の命のようだ……」
 あの日、失われてしまった人々のそれのように……とキラが呟いたときだ。
「何、馬鹿なことを考えているのよ! あんたはそんなことよりもっと考えなきゃないことがあるでしょう!」
 ストレスは、おなかのこに悪いって、みんなに言われているじゃない! とフレイは叫ぶ。そして、そのまま、マルキオの屋敷へとキラを引きずり出す。
「フレイ?」
「ミリィの結婚式に具合を悪くして欠席、なんて恥ずかしいまねはしたくないでしょう!」
 これ以上、ここにいて体を冷やすな……と彼女は付け加える。
「大丈夫だよ」
「あんたの『大丈夫』は、誰も信用しないわ!」
 今も昔も、変わってないでしょ……とフレイは言い切った。
「あの銀色こけしにもそう言われているもの!」
 キラに無茶をさせるな、と……と言われて、キラは小さくため息をつく。
「本当に、みんな、過保護」
 もう大丈夫なのに……とキラは思う。しかし、他の者達はそう思っていないようだ。
「何、言ってんのよ! あんたと同じ状況になった人が、妊娠するなんて、初めてだってみんな言ってたじゃない!」
だから、心配しすぎてしすぎることはないのだ、とフレイはさらに付け加える。
「明日にならないと、お義父さん達も来られないんだから、今は言うことを聞いてよ!」
 ここまで言われては、キラも頷かないわけにはいかない。
「わかったから、引っ張らないでよ」
 砂に足を取られるから……と言えば、フレイはようやく力を和らげてくれる。
「転んじゃダメよ!」
 わかっていると思うけど……という彼女に、キラはしっかりと頷いて見せた。そのまま、まださほどふくらみを見せない自分の腹部へと手を当てる。
「この子が生まれてくるときには、綺麗な空を見せてあげたいな」
 そして、戦いなんて知らずに成長して欲しい。キラはそう願う。
「そのために、みんながんばっているのよ。あんたは、子供を産むことが先決」
 子供が生まれたらきっと、悩んでなんていられないわよ……とフレイは笑った。
「そうみたいだね」
 周囲からそれは脅かされている。それでも、プラントに戻ればエザリア達が相談に乗ってくれるだろうし、生まれた後は母もプラントに来てくれると言っていた。だから、何も心配しなくていいのだ、とも。
 いまだに、ちょっとしたストレスでも体調を崩してしまう自分の体が恨めしい。それでも、体の中ですこしずつ大きくなっていく命は、何よりも大切なものだ。
 だから、と心の中で呟きながら、キラはマルキオの屋敷の中へと足を踏み入れる。
「キラ……ダメでしょう、体を冷やしちゃ」
 その瞬間、カリダがあきれたような表情でストールを肩にかけてきた。
「ごめん、母さん」
「本当に貴方は……」
 小さなため息と共に、カリダはキラの体に腕を回す。
「結婚をして、子供まで作ったのに、変わらないのね」
 そう言うところが、キラらしいのかしら……とカリダは小首をかしげる。
「だって、キラですよ。おばさま」
 フレイがきっぱりと言い切った。
「そうね。キラだものね」
 しかし、それにカリダがしっかりと頷いてみせる。
「……何なんだよ、本当に」
 キラは本気で頬をふくらませてしまった。そんな彼女の様子を見て、二人は笑いを漏らす。
「諦めなさい、キラ」
「全部ばれているんだから」
 この言葉に、キラは返す言葉を見つけられなかった。

 それでも、穏やかな時間だった。
 少なくとも、この瞬間だけは……

「ユニウスセブンが?」
 翌朝、耳に飛び込んできたのは信じられないニュースだった。
「……また、戦争が始まるの?」
 キラは思わずこう呟いてしまう。
「大丈夫よ、キラ」
 誰だって、戦争はいやだと思っているもの……といいながら、フレイがキラの体を抱きしめてくれる。
「そうだよね。みんな、いるもの」
 だから、大丈夫だよね……とキラは自分に言い聞かせるように呟く。
「……ですが、ここではなくザフトの支配区域に移動された方がいいかもしれません。そうですね、お義父君のところが一番安全だとは思いますが」
 側にいたマルキオがこう告げた。
「マルキオ様」
「残念ですが、オーブにもブルーコスモスの残党は潜んでおりますからね」
 だから……という言葉に頷かないわけにはいかない。
「わかりました。ただ、もう少し情報が集まってからでないと」
 移動しているときに最悪の状況になっては困る。キラはそう判断した。
「お父さんは?」
「あの人はモルゲンレーテだもの。ある意味、一番安全なところだわ」
 だから心配しなくていい……と言う母の言葉にキラは小さく頷いてみせる。
「ともかく……今は地下のシェルターに。貴方に何かあった場合、オーブとプラントの関係が悪化するかもしれませんからね」
 それは冗談だよね……とキラは言いかけてやめた。
 上層部はともかく、イザークとラクス、それにアスランは無条件でそうしそうだ。そして、何故か自分のことを溺愛しているエザリアとパトリックも同じだろう。二人とも、既に最高評議会議員は退いている――エザリアの場合、その理由がキラといる時間を少しでも長く取りたいからだ、というのは問題なのではないだろうか――のだが、その影響力は大きなものなのだ。
 だから、と考えるのは当然だろう。
 しかし、そんな理由で戦争になって欲しくはない、とキラは本気で考える。
「……何もないのが、一番なんだけどね」
 小さな呟きは、予想以上に大きく響いた。
「大丈夫よ。万が一のためでしょう?」
「そうよ、キラ」
 妊婦があれこれ考えないの……とカリダが笑う。それに、キラも何とか微笑み返した――うまくいったとは言いきれなかったが――