2.キラからの手紙

フレイへ
 メール、ありがとう。
 元気そうで何よりだね。
 でも、サイって予想以上に行動力があったんだ……なんて書くと、本人に怒られるかな?
 何て言うか……カレッジ時代の彼は、何事も慎重に考えてからでないと動かないってイメージがあったから。
 でも、フレイの側にサイがいてくれれば安心かもしれない。
 別にフレイが危なっかしい……って言う事じゃなくて、一人じゃないって事で。あの日々や、その時の感情について話せる相手は必要だ、と思うから。


「キラ」
 ここまでキラがキーボードにメールを打ち込んだときだ。柔らかな声と共に細い指がキラの肩に掛かる。
「お帰り、ラクス。お仕事は?」
 終わったの? と口にしながら、キラは振り返る。そうすれば、まだ仕事用の衣装を身にまとったラクスの姿を確認できた。
「終わりましたわ」
 お気にならさないで……と彼女は微笑む。
「それよりも、また、ザフトのお仕事ですの? あまり根を詰められては……」
 ラクスはこういうと眉をひそめる。
「エザリア様やユーリ様のお気持ちもわかりますし、キラの才能がコーディネイターの中でも突出しているから、と言うのも理解できますが……そのせいでまたお体の調子を崩されては、本末転倒です」
 それに、それを断ってもキラを守れるくらいの実力は、自分も持っているのだから、とラクスはほんの少しだけ口調に厳しさを含ませながら付け加えた。
「違うよ。フレイからメールが来て、その内容が嬉しいものだったから、すぐにでも返事を書きたいなって思っただけ」
 フレイも喜ぶだろうし……とキラは微笑む。
「あら、そうでしたの」
 仕事ではない、とわかったからだろうか。それとも、相手が《フレイ》からだ、と知ったからか。
 ラクスもまた柔らかな微笑みを返す。
「フレイさんもお元気なのですね?」
 そして、こう言いながら、キラの隣に腰を下ろした。彼女のまなざしは優しい。そのことに、キラはこっそりと安堵のため息をついた。
「うん。あぁ、ラクスにありがとうって」
 服を送って貰って嬉しかったらしいよ、とさりげなく付け加える。
「それはよかったですわ。選んだ甲斐がありますわね」
 実際に見られないのだけが残念だが、と言うラクスの態度に、キラは今なら効きたいことを問いかけられるのだろうか、と思う。
「……ラクス……」
 それでも、ためらいを捨てきれないまま、彼女の名を口にした。
「何でしょうか、キラ」
 だが、ラクスの方がそんなキラを促すように聞き返してくる。
「フレイのこと……嫌っていたんじゃないの?」
 というよりも、そうなるのが普通なのではないだろうか、とキラは思う。それなのに、彼女はキラと同等は言わないが、フレイにも気を配っているように感じられた。
 だが、考えてみればフレイとラクスが実際に顔を合わせたのはほんの数日だけ。しかも、その時のフレイの態度は、決してラクスに好かれるようなものではなかったはず、とキラは思うのだ。
「いいえ。そのようなことはありませんわ」
 だが、ラクスはあっさりとキラの疑問を否定する。
「確かに……出会い方は最悪でしたわ。でも、あの時のあの方は、冷静ではいられないご心境でしたもの」
 だから、それに関しては気にしていない……とラクスは言葉をつづり出す。
「ですが、あの方は、今はコーディネイターに対する偏見を、お持ちではないのでしょう?」
 それどころか、自分から進んで理解をしようとしている。そして、共に生きようとしているのではないか、と。
「そうだね。アンディさん達と仲良くやっているって言う話だし……」
 最近は、本気で看護士になるための勉強もはじめたらしい、と彼らからのメールに書いてあった。そして、その合間に、軍医の手伝いもしていると。そんな彼女が、バルトフェルド隊の中ではだんだん人気が出てきているとアイシャが心配しているらしい。
 キラはつらつらとそんなことを口にした。
「ナチュラルという枷を取り払われて、あの方も成長をされたのでしょう? それはすばらしいことですわ」
 彼女の意識の根本にあった人種の偏見を乗り越えられたのだから、とラクスは真摯な口調で告げる。
「そういう方がいらっしゃる、というのですもの。私たちはまだ絶望しなくていい、と言うことですわ」
 何時かは分かり合える日が来るだろう、と希望を持ち続けられるだろう、と言う言葉に、キラも頷き返す。
「それもこれも、キラがいらしたから、ですわ」
 だが、この言葉にはすぐに同意をすることが出来ない。
「そんなことは、ないと思うけど……」
 フレイがコーディネイターを憎んでいたのは、彼女のお父さんがそのように教育したからだ。そして、それを訂正してあげられる人間が側にいなかった。
 だから、そんな相手がいれば、きっとフレイは自分が間違っていたと知ることが出来たはず、とキラは思う。
「でも、キラがいらしたから、フレイさんはご自分が間違っていたと気づくことがお出来になったのでしょう? なら、キラのおかげ、と言ってよろしいですわ」
 だが、ラクスはこう言って譲らない。
「フレイさんのお心を開いてくださったのは、キラですもの」
 だから、キラのおかげなのだ、とラクスは言い切る。ここまで言われてしまえば、キラには反論のしようがない。
「……どうして、ラクスには勝てないんだろう……」
 悔しさを隠せない口調でキラはこう呟く。
「仕方がありませんわ。それが私の役目でもあるのですもの」
 言葉を使い、人々を誘導していく……とラクスは少し寂しげな微笑みを浮かべた。
「でも、それが平和へとみなさまを導くことになるのでしたら、微力を尽くさないといけませんわね」
 しかし、その微笑みは次の瞬間、力強いものへと変わっていく。
「そうだね」
 自分がしていることがこの戦争を終わらせることに役立つのなら……そう思って、自分もエザリア達の言葉を受け入れたのだと、キラは心の中で呟いた。
「何時かは、この戦争も終わるに決まっているよね」
 だが、そのために流される血は少しでも少ない方が良い。
「大丈夫ですわ。イザーク様も……アスランも、キラのためなら意地でも生きて帰ってきますわ。それよりも……次の便で、フレイさんに何をお送りしましょう」
 服はいいだろうが、後は何が必要だろうか、とラクスは話題を変える。
「……化粧品、かな? フレイ、わりとこだわっていたし……あそこじゃ手に入らないものもあったようだし……アイシャさんに半分とられたって言っていたから」
 でも、自分にはわからないが好みもあるだろうし……とキラは小首をかしげた。
「なら、試供品をいくつかお届けしましょう。その中で気に入られたものをお送りすればいいですわね」
 今から準備をしてきますわ、とラクスは立ち上がる。
「ラクス……あのね」
 そんなに急がなくても……とキラは彼女に声をかけた。だが、それは本人の耳には届いていないらしい。そのまま楽しげな足取りでその場を立ち去っていく。
「本当に、ラクスも……」
 好きだよね、とキラは苦笑を浮かべる。そして、再びキーボードに向かい直った。

 フレイ。
 許可が出たら、みんなに会いに行きたいと思っています。その日まで、サイと一緒にアンディさん達のところで待っていてくれれば嬉しいかな。
 あぁ、ラクスからの伝言。
 そのうち、化粧品の試供品を送るから、気に入ったのがあったら教えて、だって。
 まだよくわからないんだけどね。基礎化粧ってそんなに重要なの?
 では、また。
 アイシャさんやアンディさん達にもよろしく言っておいて。バクゥとラゴゥの調子がどうかも教えてくれると嬉しいかなって。
 じゃ、メールを待っているね。

キラより



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というわけで、キラの今の様子です。
ラクスにしっかりと遊ばれているようですね(^_^;