1.フレイからの手紙

 キラ、元気?
 無事にそっちに着いたようで安心したわ。
 こっちはみんな元気よそういえば、あの男は私のことを馬鹿だっていったけど、私よりも上手がいたわ。
 キラがそっちに向かってからしばらくして、オーブからここに戻ってきた相手がいるの。誰だと思う?




 ここまで書いたところで、フレイは一度手を止めた。
 そのまま、視線を窓の外に向ける。そこには、アイシャと共に見知った姿があった。
 同時に、微妙な違和感を覚えずにはいられない。
 ここはザフトの基地の一つ。
 つまり、ここにいる人間のほとんどは《コーディネイター》だ。もちろん、ほんのわずかな例外もいて、自分もその中の一人であることは否定できない。
 そして、それもこれも元を正せば、ただ一つのきっかけが引き起こしたことだ。
 今では彼らだけに責があるのではない、とはわかっている。それでも、コーディネイターを憎んでいた自分がいたことも事実。
 それを翻してくれたのも、彼らと同じ《コーディネイター》だった。
 誰よりも誠実で、そして、全ての本質を見つめていた少女――自分が知り合ったときはまだ少年だったが――だった。その不器用な生き方が、自分の考えを少しずつ変えていった。そして、その存在が、気がついたときにはフレイにとっては何よりも大切な者になっていたのだ。
 彼女と自分をつなぐ絆がここにあるからフレイはここにいると決めた。それ以外に何も残されていないと思っていたのだ。
 そんな自分を、アイシャや彼女の恋人、そしてこの基地にいる者たちは何も言わずに受け入れてくれた。それが、何時か来るであろう日々に役立つだろうから、というのが彼らの言い分だった。
 だが、フレイの目の前でアイシャと共に何かを運んでいる相手は違う。
 彼には戻る場所も待ってくれている相手もいたはずなのだ。しかし、それを振り切ってここに戻ってきた。
「……本当にバカなんだから、サイは」
 その日のことを思い出しながら、フレイは思わずこう呟いてしまう。だが、同時に、自分の口元に笑みが浮かんでいたことも自覚していた。

 あの日のことは、今でも鮮明に思い出すことが出来る。
「……サイ」
 困ったような表情のダコスタに連れられて姿を現したのは、オーブに帰ったはずの彼、だった。
 どうして、と問いかければ、彼もまた困ったように微笑んで見せる。
「一人で待つより二人の方がいいと思ってね」
 今はここにいない友人。
 フレイに残されたただ一つのぬくもり。
 離れるのは辛かった。だが、それ以上に失うかもしれない、という恐怖の方が通よかったのだ、キラを。
 だから、少しでも望みがあるのであれば、とプラントにいる少女に託した。
 そして、自分はここで新たなぬくもりと共に『家族になろう』と言ってくれた人たちの側に残った。
 ここにいれば、キラとの連絡も取れる、と判断したからだ。
 彼女は、何時かここに戻ってくると言ってくれた。そうしたら、一緒にオーブに行こう、とも。それがフレイの支えでもあった。
「ここにいれば、キラの事も伝わってくるだろうし、何よりも俺がフレイのそばにいてやりたかったんだ  まさか、サイまでもがこう言ってくれるとは思わなかった。
「でも……」
 サイにはオーブですることがあるのではないか。第一、ご両親が許したのか、と思う。彼は、あの日宇宙で散った父が選んだだけの家柄の人間なのに、とフレイは心の中で呟く。
「父さんも、母さんも許可してくれたよ」
 サイはにっこりと微笑むとこう口にする。
「というより、母さんは俺の背中を蹴飛ばすようにして追い出してくれた。フレイを守ってやれって」
 それが男の役目だ、といわれても……とサイは眼鏡を指で押し上げた。
「で、カガリさんに相談をしたら、ここに来るための手はずを整えてくれたんだ。
 ついでに、必要ならと武器一式も貸し出してくれた、と彼は笑みに苦いものを含ませながら報告をしてくる。
「ここに来るなら、必要ないって思って断ったんだけどね」
 バルトフェルドは信頼できると思うから……とサイが口にした瞬間だ。ダコスタもさらに苦笑を深めた。
「でも……アンディさんは……」
 いいというのだろうか、とフレイは思う。
 キラも自分も、今は建前上、彼の養子と言うことになっている。だから、こうして自分はここにいられるのだし、キラは何のとがめもなく――もちろん、それにはイザークやディアッカ、それにラクスの存在があってのことだろうが――プラントに行くことが出来た。
 しかし、サイは……と、不安を滲ませた瞳でフレイはダコスタを見つめる。
「その、だな……隊長は君の判断に任せる……そうだ」
 そうすれば、彼はさりげなく視線をそらせながらこう言った。
「……あの……」
「この少年は君の婚約者だ、といっていたし……なら、と……」
 君の判断に任せるべきだ、とおっしゃっていたし……とだんだんダコスタの声が小さくなっていく。
「それって……」
 自分を信頼してくれている、と思っていいのだろうか。それとも、楽しんでいるのか。
 そのどちらもあり得そうだ、とフレイはため息をつく。
 そう判断できるだけの時間を、自分は彼らと過ごしているのだ。
「フレイ?」
 彼女の態度を見て、サイがだんだん不安そうな表情になってきた。
「……ひょっとして、迷惑だったか?」
 そして、こう問いかけてくる。こう言うところが、彼の弱さなのだろうか、とフレイは思う。だが、同時にそれが彼なりの優しさなのだ、と理解できた。それは、彼の中に弱いなりにも確固とした遺志があるからなのだろう。
「呆れているだけよ」
 しかし、それをまだ素直に口にすることはフレイには出来ない。
「どうして、私の周りにいる人って、みんな《バカ》なのかって」
 自分もそんなバカの一人だけど、とフレイは苦笑を返す。
「バカだから、人種の壁なんてどうでも良くなってくるのかもしれないよ」
 キラみたいに、とサイは言い返してくる。それにフレイだけではなくダコスタも頷いていた。

 気がつけば、サイは自分よりもすんなりと周囲にとけ込んでいた。
 それは、キラほどではないが彼が人種に対する偏見を持っていなかったからか。それとも、彼もキラの友達だからなのだろうか。
 どちらにしても、キラが戻ってきたときに喜ぶ理由にはなるだろう。
「……ともかく、教えてあげないと、ね」
 実際に会えなくても、キラは喜ぶに決まっているのだから。フレイはこう呟くと、再びメールを書くためにキーボードを叩きはじめた。



 キラがそっちに行ってからすぐに、サイがここに戻ってきたの。そして、サイも、一緒にここでキラを待っているって言ってくれたわ。
 だから、早く元気になって、ここに戻ってきてね。
 そうしたら、みんなで一緒にオーブに顔を出しましょう。
 その日を楽しみにしているわ。

フレイより


P.S.
 あの子に、服、ありがとうって言っておいて。ありがたく身につけさせて貰うわって。化粧品は……半分、アイシャさんに取られちゃったけどね。



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第二部の前に、幕間……と言うことで、今回はフレイのその後、です。
まぁ、なんだかんだと言って彼女は幸せに過ごしているようです。アンディパパはいいお父さんでしょうしね(^_^;