「まぁ、これで妥協をするしかないわね」
 目の前のキラの様子を見ながら、アイシャがこう告げる。その声にどこか不満そうな感情が見え隠れしているような気がするのは、自分の錯覚だろうかとフレイは心の中で呟く。
「本当なら、街でアナタに似合いそうな服を見繕いたいところだけどね」
 さすがに、今すぐには無理だろう……とアイシャは告げた。
「どうして?」
 バルトフェルドが抑えている街であれば、そのくらい……とフレイは口にしかけてやめる。目の前の相手がナチュラルで、しかもキラに親身になってくれているから忘れていたが、ここは適地なのだ。自分たちのためにそのような手間を割いてくれるわけがない。むしろ、こうしていられる方が特別なのだ、と。
 それにしても、キラの身に降りかかった事態がコーディネイターにとっても重大なものだからこそであろう。
「あぁ、あなたが考えているような理由からじゃないわよ」
 くすりっと笑い声を漏らすと、アイシャは視線をフレイへと向けてきた。
「キラちゃんはわかっていると思うけど、ちょーっと厄介な連中が町中に隠れているの。私やアナタなら大丈夫だと思うけど、キラちゃんに何かあっては大変でしょう?」
 だからよ……とアイシャは微笑む。
「まぁ、それが片づいたら、一緒にショッピングに行きましょう?」
 アナタもいろいろと飾り甲斐がありそうだし……と付け加えられて、フレイはどう返事をすべきか悩んでしまう。
 いや、その言葉が嬉しくないわけではない。
 むしろ、嬉しいからこそ困るのだ。
 こうしている間に、相手が《敵》だという認識が薄れてしまいそうで……
 実際、キラを憎んでいたはずなのに、利用してやろうと思っていたのに、今はそんな考えなんてフレイの中には全く存在していないのだ。
 それについて、どうこう言うつもりはない。
 元々キラは嫌いではなかったのだ。ただキラが《コーディネイター》で、そのキラと同じ《ザフト》の《コーディネイター》が大好きだった父を殺した。だから、すぐ側で自分たちを守ってくれていた同じコーディネイターのキラに怒りと憎しみを全てぶつけていたのだ。
 それを、キラは何事もなく受け止めてくれた。そう思っていたのが間違いだったのだ、とフレイが気づいたのは、地球に降りてからのことだった。熱に浮かされたキラの口から出たのは、守れなかったことに対する謝罪。ただそれだけだった。
 そして、自分があれだけ傷ついていたのに、フレイのために友人から憎まれるような役までも引き受けてくれた。
 そんなキラをいつまでも憎んでいられる人間がいるはずがない。
 実際、自分だけではなく、生粋の《軍人》とも言えるバジルールですら、キラを厭う様子を見せなくなってきたのがその証拠ではないだろうか。
 だから、彼女もキラがここに来ることを認めたに決まっている、とフレイは考えていた。
 しかし、相手が《ザフト》であれば話が違う
 彼らが自分から平穏な生活を取り上げ、父まで奪ったのだ。
 そんな相手を許せる者がいるとすれば、それこそ目の前の相手だけだろう。
「……あの……」
 その時だ。今まで黙っていたキラが不意に口を開く。
「何?」
「どうしたの、キラ?」
 反射的に二人が視線を向ければ、スカートの裾をいじりながら困ったような表情を浮かべているキラの姿が映る。
「せめて……スカートはやめてもらえませんか?」
 やっぱり……とキラは付け加えた。
「あら、どうして?」
 アイシャが不思議そうにキラの顔を見つめる。
「そうよ、キラ。似合うのに」
 フレイもまた負けじと言葉を口にした。
 実際、本当によく似合うのだ。できることなら、もっともっとあれこれいじりたいところだったが、ここ数日のことから、化粧まではキラの許容範囲を超えると妥協していたのに、と。
「だって……すーすーするんだよ」
 変な感じだから……とキラは泣きそうな口調で言い返してくる。
「まぁ……この前まで男の子だったのだから、スカートになれていないのは仕方がないけど……でもね。これからはそう言う格好もしなければいけないのよ?」
 だから、今から慣れる努力をした方がいい、とアイシャはキラを説得し始めた。その言葉の裏に、せっかく可愛いのに……という声が聞こえるような気がするのはフレイの錯覚ではないだろう。実際、彼女もそう思っているのだから。
「……それに……少佐にめくられるよ……」
 この前だって……と言うキラの瞳に涙が浮かび上がる。
「大丈夫だって! 少佐の手の届かないところにいればいいのよ!」
 キラが言っている事実に思い当たる節があるフレイは、しっかりとこう口にした。自分も邪魔してあげるから、と。
「本当にあの男は……可愛い子には手を出さないのが無礼だ……と思っているのかしら」
 困った男だわね、相変わらず……とアイシャも頭を抱えている。
「まぁ、私も側にいてあげるから……ね?」
 だから、我慢して……とアイシャが優しい微笑みを浮かべた。
「それに……その格好の方がいいかもしれないわよ、ある意味」
 そして、意味ありげな言葉を付け加える。
「……この格好の方がいい……んですか?」
 キラは信じられない……というように呟く。
「そうよ。いろいろとね」
 わからないかもしれないけど……とアイシャがさらに笑みを深める。
「ただ、私を信じてくれないかしら?」
 ね、といいながらキラの肩に手を置く。
「……フレイ……」
 助けて……とキラの瞳が雄弁に語っていた。それにどうしようか、とフレイは思う。
 はっきり言って、今のキラの衣装を着替えさせたくない。
 しかし、アイシャの本意もわからない以上、迂闊に彼女に同意をすることもできなかった。
「少なくとも、ここの者たちは皆、女性には優しいから……」
 だから、とアイシャはキラ達に説明の言葉を口にする。
 このセリフが全てだ、とは思えない。だが、それも間違いのない事実だろう。そして、今のキラには少しでもストレスを与えるような事柄から隔離してやるべきだ……というのがアークエンジェルでフレイ達が出した結論だった。
「そう言うことなら……諦めて、キラ。少しでも居心地がいい方がいいでしょう?」
 どうせ、すぐには帰してもらえないだろうから……というのは、キラを診察した医師の態度から推測したことだ。
「そうね……少なくとも、アナタの体が今、どのような状態にあるのか、判断が付くまではいてもらった方がいいでしょうね。ここなら、ある程度の対処はできるから」
 だから、妥協して……とアイシャもフレイに同意を見せる。
「……僕は……」
 納得できないけど、するしかないんですね……とキラはうつむく。そんなキラを、フレイはしっかりと抱きしめてやった。



フレイがどうしてキラを嫌いになれなくなったのか、その2……と言うところでしょうか。しかし、スカートをはいたキラの感想がこれか(^_^;