「……やっぱり、ここにいたのか……」
 ダコスタと共にバルトフェルドの執務室にやってきたディアッカが、友人の姿を見つけて思わずため息をつく。
 だが、その言葉はイザークの耳には届かなかったらしい。
 彼の瞳――意識は、まっすぐに《エンデュミオンの鷹》へと向けられていたのだ。
 いや、イザークの瞳だけではない。相手の双眸もまた、イザークを射抜いている。
「何が……」
 あったんだ……とダコスタもまた言葉を失っていた。いや、むしろこの雰囲気に飲み込まれそうになっている……と言った方が正しいのかもしれない。
 さて、どうしたらいいものか、とディアッカは思う。このまま、自分までこの雰囲気に飲み込まれていいものか、と思ったのだ。
 停戦が成立している以上、ここでイザークが《エンデュミオンの鷹》――フラガに危害を加えることはまずい。だから、そのような状況であれば、自分が止めるしかないだろうとも。
 それでも、状況側からなけれなどうしようもない。そう思って、ディアッカが思わずため息をついてしまったときだ。
「おや……ダコスタ君。どうかしたのかね?」
 それが耳に入ったのだろうか。
 バルトフェルドが彼ら二人へと視線を向けてきた。
「あ……あの……」
 この呼びかけでようやく我に返ったのだろう。ダコスタが口を開く。しかし、その言葉はまだ不明瞭だ。
「ダコスタ君?」
 口調はあくまでも優しい。だが、その奧にどこか彼を叱咤するような響きが含まれているような気がしたのはディアッカの錯覚だろうか。
「申し訳ありません。頼まれていた資料が届きました」
 言葉と共に、ダコスタは脇に挟んでいたファイルを彼に向かって差し出した。
「オーブに保存されていた、キラ・ヤマトの医療データーです」
 このセリフに、イザークだけではなくフラガも即座に反応を返してくる。
「何で、んなもんを……」
「オーブ、だと?」
 ただ、その意味は違ったらしい。
「簡単だよ。キラ君の個別データーがなければ、現状がどう変化したのか判断できかねる。そして、フラガ氏の話だと、あの子はオーブ籍を持っているそうだからね。裏ルートを使って早急に入手して貰った、と言うわけだ」
 他にもあれこれ裏付けを取りたかったのだ……と言うことは彼の言動からも伝わってくる。
「まぁ……それは当然なんだろうが……事前に一言欲しかったな」
 キラからIDを聞き出す前に……とフラガはため息をつく。
「こちらも急いでいたのでね。僕にも事後承認だったよ」
 軍医とアイシャが結託をしてくれたものでね……とバルトフェルドはファイルを受け取りながら苦笑を浮かべた。
「まぁ、その程度の判断であれば、彼女の裁量に任せているというのは事実だしね」
「……さすが……と言うべきなんだろうな」
 フラガのこの言葉に、ディアッカは思わず首をひねりたくなってしまった。どうやら、フラガはアイシャを知っているらしいのだ。もっとも、彼女がナチュラルである以上、その可能性は全くないとは言い切れない、とも思い直す。
「と言うことは……あいつは元はオーブの人間だ、と言うことなのか?」
 不意にイザークがこう口にした。
「それも、ヘリオポリスの……」
 さらに付け加えられた言葉には苦さが滲んでいる。だが、それよりもイザークの言葉にディアッカは驚いた。同時に『まさか』とも思う。
「そうだ。あいつらは……あそこにいた。お前らの攻撃でヘリオポリスが崩壊するまでな」
 調べればすぐにわかることだからか。フラガはあっさりとイザークの言葉を認める。
「なっ」
 それは、ディアッカ達には衝撃として伝わった。
 自分たちの攻撃のせいで被害を被った相手がいる……とは知識としてはわかっていても、実際に会うことなどない、と思っていたのだ。
 しかし、フラガの言葉が真実であれば、キラ達はあの日、自分たちのせいで全てを失ったのだろう。
 しかし、とも思う。
「だけど……あいつらは、地球軍の関係者なんだろう? なら、自業自得なんじゃ……」
 少しでも自分の衝撃を和らげたくてディアッカはこう口にする。
「残念だが……あいつはこの前までただの《民間人》だった……俺達がストライクに乗ることを強要しなければ、戦争に関わるはずがないオーブのな」
 だが――開き直ったのか、それとも別の理由からか――フラガはそんな彼らをさらに追いつめるセリフを告げた。
「……マジ……」
 つまり、自分たちはただの《民間人》に後れを取ってきた、と言うことになる。しかし、何の訓練も受けていない相手があれだけの操縦ができるのか、とも思う。
「お前らの隊長は判断を誤ったんだよな。アークエンジェルが出航するまで待っていれば……もっと簡単に墜とせたんだよなぁ……正規のパイロットは、歩かせるだけで精一杯だったんだからな」
 そうすれば、こちらもあきらめがついたのに……とフラガは苦笑と共に告げた。
「つまり……お前らは中立国の民間人に、戦争をすることを強要したってことか!」
 その瞬間だ。
 イザークが怒りを爆発させる。
 しかし、それはフラガだけに向けられたものではないことにディアッカだけは気づいていた。間違いなく、それは彼自身にも向けられていたはず。その意味まではわからないが……
「誰だって、死にたくないからな」
 民間人がいた、と言っても攻撃をする手をクルーゼが弱めるとは思えない。いや、それこそ気にせずに攻撃をしてきただろう。アークエンジェルを墜としてしまえば、いくらでも言い逃れができる、とあの男は考えたはずだ……とフラガが吐き捨てるように口にする。
「隊長は!」
 そんな人間ではない、とイザークが言いかけた。しかし……
「クルーゼならやりかねないな……」
 フラガの言葉を意外なことにバルトフェルドが肯定してしまう。
「バルトフェルド隊長!」
 一体何を……とイザークだけではなくディアッカも彼を見つめてしまった。
「……まぁ、それは置いておいて……だ。最優先事項は間違いなくあの子のことだろう? 違うかね?」
 だが、それを平然と受け流すと、バルトフェルドがこう口にする。
「そうなんだよな……一番、ショックを受けているのは間違いなく《キラ》だし」
 本当、どうしてあいつばかり……とフラガはため息をつく。
「で? あいつは一度連れて帰っていいのか?」
 ここにいることが一番のストレスだろう……とフラガは付け加えた。
「さて、どうしたものかね……ダコスタ君?」
「ドクターには、今わかっていることだけでも報告をするように伝えてきます」
 言葉共に、ダコスタは気軽に部屋を出て行く。そのフットワークの軽さはさすがだ、としか言いようがない。あるいは、そうでなければ彼の副官を務められないのだろうか、とディアッカは思う。
「……まぁ、帰還が認められなくても……あの子には危害を加えないよう、僕たちが目を光らせておくがね」
 間違いなくアイシャが……とバルトフェルドは口にする。
「……それに関しては、否定しないけどね、俺も」
 敵軍だ、と言うことを除けば、この二人はものすごく気が合うのではないだろうか。目の前の光景を見つめながらディアッカはこんな事を考えてしまった。



結局、ディアッカは苦労性……と言うところで。ダコスタ君と結構気が合うんじゃないでしょうか、彼。虎さんと鷹さんは、無条件で気が合うんじゃないかと思っています。