「やっぱ、居心地が悪いな、ここは……」
 バルトフェルドから差し出されたコーヒーを口に運びながらフラガはこういう。
「それについては、妥協して貰わなければならないだろうね」
 ここは、一応ザフトの基地だ……と言いながらバルトフェルドは彼の向かい側へと座る。
「我々としても、君のような方をここに迎えることになるとは思っていなかったしね」
 現役の地球軍のエースを……と彼は笑って見せた。そんな彼の態度はフラガから見ても好ましいものだといえる。
「俺だって、可愛い坊主の為じゃなきゃ来なかったさ」
 敵と知り合うことがどれだけ危険なことか、よく知っているからな……とフラガはそんな彼に言い返す。
「その可愛いあの子を、もっと早く解放してやるつもりはなかったのかな?」
 ほんのわずかだけ刺を含ませた声でバルトフェルドが問いかけてくる。
「そうしてやりたかったし……その機会もあったんだが……結果的にはそうしなくてよかった、とも言えるな」
 でなければ、今頃キラは宇宙の藻くずとなっていたはずだ――自分自身を傷つけても守りたかった者たちと同じように――結果的に、戦場に残る結論を出したことで、こうして今、自分たちの側にいてくれる。
「おかげで、失わずにすんだからしさ」
 戦場のならいとは言え、悲しいことだよな……と何気なく付け加えたときだ。バルトフェルドの眉間にしわが寄る。
「なんか、深刻そうだな」
 言外に、自軍が何をしたのだろうと彼が悩んでいるのがわかった。だが、それを口にしても仕方がないことだろうとフラガは思う。
「まぁ……あいつらは基本的に巻き込まれただけだって言うのは事実だ。あいつが追っかけてこなけりゃ、そのまま守られているだけの存在ですんだんだろうけどさ」
 余計な奴が追いかけてきたから、キラに頼らなければならなかったのだ。
 そもそも、クルーゼ隊がヘリオポリスを急襲しなければ、彼らは戦争に関わることはなかっただろう。それだけ、キラは《誰か》の《命》を奪う、と言う事実を嫌っているのだ。それを強要しなければならない自分に、ふれが配意か原意や汚さしていることもまた真実だったが。
「余計な奴……ね」
 何やら意味ありげな笑みをバルトフェルドが浮かべた。
「家のオコサマ達は、本来そいつの部下なんだよね」
 もっとも、フラガが言っている者と同じ相手なのであれば……と彼は付け加える。その口調から、ひょっとして……という思いをフラガは抱いた。だが、それ以上に、ここに《クルーゼ隊》の人間がいる方がフラガには気にかかる。
「……そういや、デュエルとバスターがいたな……」
 ストライクと共に地球に落ちたのは知っていた。そして、ストライク無事である以上、他の2機も無事であることは当然のことだろう。
「しかし、デュエルか……」
 厄介だな、とフラガは呟く。そのパイロットがキラ――ストライクに妙なこだわりを持っていることは端から見ていてもわかってしまった。
「危害を加えるな、と命じておいたがね」
 遺恨を抱えていたとしても、命令を無視することはないだろう……とバルトフェルドは口にする。
「だといいがな」
 直接危害を加えなくても嫌がらせをする方法がないわけではない。実際、その中のいくつかは自分も使った覚えがあるのだ。
「ともかく、俺としては、これ以上あいつを追いつめないで欲しいものだな」
 戦闘以外のことでは、とフラガが口にすれば、
「善処しよう」
 今は停戦中だし……とバルトフェルドも頷く。
「それに、アイシャもあの子の事は気に入っているようだしね」
 そして、微苦笑と共にこう告げる。
「それもまた、俺としては頭が痛い問題なんだけどな」
 顔を知っている相手なだけに、余計に……とフラガがため息をついたときだ。二人が今いる部屋――おそらく、バルトフェルドの執務室だろう――のドアをノックする音が聞こえた。
「誰だね?」
 即座にバルトフェルドがドアの外の相手に向かって声をかける。
「イザーク・ジュールです。ちょっと、そちらの相手にお聞きしておきたいことがありますので……」
 アイシャからもそうしろと言われたのだ、と彼は付け加えた。
「噂をすれば何とやら、だ」
 困ったものだね……と彼は盛大にため息をつく。そして、そのままフラガへと視線を向けてきた。
「どうするかね?」
 いやなら断ってもかまわない……とバルトフェルドはフラガに判断をゆだねる。
「彼女に言われてきたってことは、既にキラに接触をしようとしたってことだよな」
 接触したかどうかまではわからない。その途中でアイシャに邪魔をされた……と言う可能性もあるのだ。しかし、自分が断ってしまっては、間違いなく矛先はキラに向かうだろう。それだけは避けたい、とフラガは考えた。
「家のオコサマにあれこれ言われては困るからな。俺がお相手をさせて貰いましょう」
 その思いのままこう口にする。
「すまないね。預かりものなだけに、しつけ直すこともできなくてね」
 本当に……とバルトフェルドは苦笑を浮かべた。どうやら、この件に関してだけは彼は味方だと言っていいらしい、とフラガは判断をする。
「まぁ、そう言うもんでしょう。責任者が責任者だけにな」
 この言葉を同意と受け止めたのだろう。
「入りたまえ」
 ドアの外の相手に向かって、バルトフェルドはこう呼びかける。
「失礼します」
 待ちかねたかのように、ドアが開かれた。そして、中に入ってきた相手は、キラ達とそう年齢が変わらないように見える。
 だが、その瞳と、彼の顔にくっきりと刻まれている傷のせいだろうか。その身にまとっている雰囲気はまったく異なっていると言っていい。おそらく、自分から志願して戦場に身を置く決断をしたのだろう。若いながらも、彼は間違いなく《軍人》だった。
 同時に、そんな相手とキラ達を比べてしまう自分がいることにフラガは気づいている。
「……本当、世の中、ままならないもんだねぇ……」
 本来であれば、彼らの生活は交わることはなかったはずだ。それでも、こうして顔をつきあわせることになってしまう。それを《運命》と言う陳腐な言葉でくくりたくないとも思う。
「で? まずは釈明を聞こうか」
 そんなことを考えているフラガの脇で、バルトフェルドが厳しい声を彼に投げつけている。
「釈明、ですか?」
「そう。私は彼女たちに『接触するな』と命じたつもりだったのだがね。アイシャに何か言われた、というのであれば、抜け駆けをしよう……としたと言うことではないのかね?」
 違うのか、と言われて、イザークと名乗った少年は唇をかみしめている。
「まぁ……あの子に一目惚れをした、というのであれば多少は命令違反についても目こぼしするがね」
 そんな彼に、バルトフェルドはからかうようにさらに付け加えた。
「……それはそれで問題だと思うんだがね……」
「そんなことは……」
 呟きを漏らすフラガの耳に、イザークの困惑したような声が届く。否定しようとして仕切れない、と感じるのは彼の気のせいだったろうか……



フラガとバルトフェルドは気が合いそうですねぇ……うん。