再び、キラの周囲に穏やかな時間が流れ出す。
 もっとも、それがいつまでも続かないことはキラにもわかっていた。
 ここにいる者たちは皆、軍人で……今は穏やかだとは言え、世界はまだまだ戦争の中にあって、有能な人々はどこでも必要とされる、って事を。
 しかし、それを知っていることと現実として突きつけられるのは違う。
「……頼むから、泣かないでくれ……」
 言葉と共に優しい腕がキラを包み込んでくる。
「でないと、安心していけないだろうが」
 そんなことを言われても……とキラは思う。自分を守ってくれる……と言ったのは彼ではないか。それなのに……と心の中ではあれこれ思いが駆けめぐっている。だが、それを声にすることはキラには出来なかった。
「俺だって、お前との約束を破ることになるのは不本意だ。だが、ここなら、バルトフェルド隊長達が確実にお前を守ってくれる。だから、俺は安心していけるんだが……」
 でなければ、どんな手段を使ってでもここに残っただろう……と付け加えらえた言葉に嘘はない、と、それが彼の本心だ、と言うこともしっかりと伝わってくる。
「……でも……」
 キラはようやくこれだけを絞り出すように口にした。
「わかっている。お前の気持ちは」
 だから、と囁きながらイザークはキラの体を持ち上げる。そして、そのまま場所を入れ替えるとキラを自分の膝の上へと座らせた。そのままの体勢で彼はキラの瞳を覗き込んでくる。
「それでも、だ。少しでも被害がない状態でこの戦いを終わらせるために俺達の力が必要だ、というのであれば、仕方がない」
 そうだろう? と言う彼の問いかけには、キラも小さく頷いて見せた。
 キラだって、少しでも早くこの戦いを終わらせて欲しい。それも、ナチュラル・コーディネイター共に少しでも被害がない状況で、だ。
「でも、僕だけ……」
 ここにいるのは……とキラは視線を伏せる。
「お前に戦いは無理だ。それに」
「それに?」
 イザークの言葉に、キラは顔を上げると聞き返した。
「お前が待っていてくれれば、俺はお前の側に帰ってこようと思えるからな」
 もっとも、お前がそれを許してくれるのであれば……とイザークはキラの耳の側で囁いてくる。
「僕は……僕が、イザークさんを待っていても、いいのですか?」
 そんな彼に、キラはこう聞き返す。
「待っていてくれるのなら、俺は嬉しい」
 言葉と共にイザークがゆっくりと顔を寄せてくる。
 それが何を意図してのものなのか、キラにもわかってしまう。
 自分が誰かとそのような行為をするとは考えたこともなかった。まして、それがデュエルのパイロットで、しかも男だなんて……
 だが、不思議と嫌ではない。
 それは、ひょっとして自分も彼を好きだから、なのだろうか。
 答えをはっきりと見つけられないまま、キラはそうっと瞳を閉じる。それにタイミングを合わせたかのように、二人の唇が触れ合った。
 ぬくもりを分かち合うだけの幼い口づけ。
 だが、それが今の自分たちにはふさわしいような気がしてならない。
「……キラ……」
 イザークが唇をほんの少しだけ離すと囁いてくる。
「はい?」
 言葉を返せば、お互いの吐息が絡み合うような気がしてならない。そんな距離も嫌ではない、とキラは心の中で呟く。
「必ずお前の隣に帰ってくる。だから、待っていてくれ」
 それから、一緒に新しい何かを探しに行こう……この呟きは、キラの唇に直接吹き込まれた。
 キラはイザークの腕にそうっと手を添えることで答えを返す。
 そのまま、二人は寄り添っていた。

「必ず、お前の側に帰ってくる」
 この言葉を残して、イザークは輸送艇の中へと姿を消していった。彼の姿が見えなくなっても、キラはその場から動こうとはしない。
「大丈夫よ、キラ。あいつが約束を破るはずがないわ」
 そんなキラの耳に、フレイの華やかな声が届く。だが今はその声の中に他人を気遣うような優しい響きが含まれている。
「わかっているけど……せめて、機体が見えなくなるまでは……見送りたいんだ」
 友人達は見送ることが出来た。
 だが、それを許されなかった人々もいる。
 その人々の代わりに、せめて、淡い思いを抱きつつある彼だけは見送って上げたい。キラはそう囁くように口にした。
「そうなんだ。わかったわ」
 仕方がないわね……と言いながら、フレイはあらかじめ用意をしておいてくれたらしいカーディガンをキラの肩にかけてくれる。
「ただし、それをはおっていてね」
 今のキラは、軽い風邪でも命に関わるのだから、と彼女は口にした。
「……わかっているよ、フレイ」
 そんなことになれば、きっと、みんな――彼――が悲しむから。キラはそう言って微笑む。
「それに……待っているって、約束をしたから」
 だから、自分は死ぬわけにはいかない。いや、むしろ生きていなければならない、と始めてキラはそう考えるようになっていた。
「キラ」
 ふわりっとフレイの腕がキラの肩に回される。
「大丈夫、あんたがそう信じていれば、あいつは、意地でも帰ってくるわよ」
 キラの隣に。
 いや、イザークだけではなく、他の人々も皆必ずまたキラに会いに来てくれる……とフレイは口にしてくれた。
「それまで、許される限り、私がキラの側にいるから」
 いずれ、キラもこの地を離れなければならない。
 ここでは、完全にキラの体を治療することは出来ないから、いずれプラントへと移らなければならないのだ。そのことは二人ともドクターから聞かされていた。つまり、フレイとも別れなければならない、と言うことでもある。
「フレイ」
「私は大丈夫。アイシャさんが面倒を見てくれるって言っているし、ドクターも資格を取るための手伝いをしてくれるっておっしゃっていたから、ここにいるわ。そうすれば、みんなが何処にいても連絡が取れるでしょう?」
 自分がここに残っていれば、誰かが連絡をしてきても対処できるから……とフレイは微笑む。
「そう、決めたの」
 だから、キラは心配しなくていいのだ……と言う彼女に、キラは頷き返す。
「そう、だね」
 この戦争も、永遠に続くわけではない。
 今は離れ離れになってしまった人も、また巡り会えるに決まっている。
 キラがこう心の中で呟いたときだ。
 イザーク達を乗せた輸送艇がゆっくりと滑走路を動き始める。そして、次第に速度を増していくとその巨体を空へと浮かせた。
「イザークさん……」
 それを見送りながら、キラは彼の名を口にする。
 その余韻が消える前に、飛行艇は青空の中へと消えていく。
 キラの瞳から、自覚のない涙が一粒、こぼれ落ちた……




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と言うわけで、砂漠編は一応ここで終わりです。この後は、幕間が入って第二部のプラント編……の予定です。
さて、プロットを立て直さないと(^_^;