イザークに抱かれるようにして現れたキラは、朝着ていたものとまた別の服を身にまとっている。
 だが、それはあの女達の玩具にされている……という証拠なのではないだろうか。
 だから、キラはいつまで経ってもあんな風に体調が良くならないのだろう。そう思えば、やはりあの女だけでもキラの側から引き離さなければならない、とアスランは心の中で呟く。
「……キラ……」
 それでも、キラはイザークの腕の中からアスランに笑顔を向けてくれている。それがまだ少しぎこちないような気がするのは、昨日の一件が完全にぬぐい去れていないからだろうか。
 これは、意地でも名誉回復をさせて貰わなければならないだろう。
 アスランは心の中でこう呟く。とりあえずは、キラの好きそうな食べ物と服でも……と手配のための算段を心の中で呟きながら、アスランは優しい微笑みを口元に浮かべた。
「今回は、これで戻るけど……また戻ってくるから」
 安心してね……とアスランは口にする。
「……アスラン……」
 だが、この言葉にキラは微かに不安で瞳を揺らした。つまり、目の前の愛しい存在は自分がここに戻ってくることを手放しで歓迎していない、と言うことだろう。その理由もだいたい想像が出来ていたが。
「大丈夫。次は今回のようなことはしないから」
 もう、こんな騒ぎは起こさないよ……とアスランは付け加える。そのままそうっと身をかがめるとキラの形のいい耳たぶに唇を寄せた。
「正々堂々と、キラの心を俺のに向けさせてみせるから」
 これで引き下がるつもりはない……とアスランは彼女の耳たぶに口づけするような距離でこう囁く。
「アスラン?」
 何を、とその瞬間キラはめを大きく見開いた。
「アスランには、ラクスがいるでしょう?」
 そして、その表情のままこう口にしてくる。
 つまり、キラが自分の思いを信じてくれないのにはそんな理由もあるのか……とアスランはため息をつきたくなる。自分が望んだ婚約ではないが、キラにしてみれば引っかかっているのだろうとも。
「ラクスとのこともちゃんと片を付けてくる。だから、キラは何も心配しなくていいんだよ」
 そう。
 キラが女なのであればパトリックだって文句は言わないはずだ。いや、キラの才能を考えれば彼も手に入れたいと考えるに決まっている。
 第一、今はいないレノアが、キラが女であれば……と言っていたことをアスランは忘れていなかった。そして、パトリックがそれに同意を示していた、と言う事実も。
 それを楯に取れば、自分の意見が彼に聞き入れられることは目に見えている。
「アスラン、僕が言いたいのは……」
 キラが何かを口にしようとした。しかし、それを遮るかのようにニコルがアスランの名を呼ぶ。どうやら、もう出立の時間らしい。
「あぁ、ゴメンね、キラ。じっくりと話を聞いてやりたいんだけど、もう時間だ」
 名残惜しさを隠すことなく、アスランはこう口にした。
「向こうに着いたら、連絡を入れるよ」
 だから待っていて……と付け加えると同時に、アスランはキラの頬に軽くキスを送る。それは、離れ離れになる前の彼らが普通にしていた仕草だ。だから、キラも素直に受け入れてくれる。
「……アスラン、お願いだから」
 みんなに何もしないで……とキスを返してくれながら、キラは囁いてきた。
「わかっているよ、キラ」
 とりあえず自分は、とアスランは心の中で付け加える。キラの望みは周囲の者に《危害》が及ばないことだろうとはわかっていても、それだけは譲れないから……とアスランは心の中で呟く。
「じゃ、行くよ」
 そして、そのままアスランは身を翻した。
 その背を、キラがいつまでも見つめていてくれる。その事実が、アスランに満足を与えてくれたことは言うまでもないであろう。同時に、何があってもキラは手に入れる……と心の中で決意を新たにしていた。

「……アスラン……」
 キラが悲しそうにアスランの名を口にする。その理由が、イザークにはわかっていた。
 しかし、当の本人には伝わらなかったらしい。
「あいつは……」
 イザークはアスランに対する悪態を口にしかけて慌てて飲み込む。キラにそれを聞かせるわけにはいかない……と判断したのだ、そうすれば、今自分の腕の中にいる存在が悲しむだろうと。
「イザークさん……アスランは、どうして……」
 そんなイザークの顔を見上げながら、キラは小さな呟きを漏らす。
「気にするな。あいつは……お前が自分の側まで戻ってきてくれたから、舞い上がっているだけだ」
 きっとな、と言う呟きをイザークは飲み込んだ。
「そのうち頭が冷える、さ」
 その可能性は低いだろう……とは思う。思うが、キラのためならば信じていないことでも口にすることが出来た。
「だと、いいのですが……」
 しかし、キラにしても彼を完全に信じることができなのだろうか。小さな声でこう呟く。
「何。お前のことは俺が命に替えても守るが、他の連中にしても、お前が望むなら守ってやる。俺が守らなくても大丈夫な相手も多そうだが……」
 そんなキラにイザークは微笑みを向けた。
「そうそう。俺だっているしな」
 女の子なら、いくらでも守ってやるって……とディアッカが乱入してくる。
「それに、あいつだってバカじゃない。自分が引き起こす行動がザフトに不利益をもたらすと判断すれば、思いとどまるって」
 それは慰めにならないのではないだろうか。イザークはディアッカの言葉にこう思う。
「ですよね」
 だが、キラはそれでようやく安心できたようだ。小さくため息をつきながら、イザークの胸に小さな頭を預けてくる。
「疲れたのか?」
 問いかけの言葉をかければ、キラは素直に頷いて見せた。
 そうしてくれるだけ、彼女は自分を信頼してくれているのか、と嬉しく思いながら、イザークはキラの体を抱き上げる。
 その瞬間、さりげなくディアッカに視線を向ければ、彼はわかったというように小さく笑って見せた。
「そう言えば、フレイから呼んでくるように頼まれていたんだったな。お茶の支度が出来ているそうだ」
 キラは昼食を食べていないのだろう……とディアッカが彼女の顔を覗き込む。そうすれば、キラは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「仕方がないな。朝のあれと、通信とは言え、母上に付き合えば疲れもするさ。眠ってしまっても当然だろう」
 だから、気にするな……とイザークが口にすれば、キラはほっとしたような表情になる。
「もっとも、何か軽く口にした方がいいというのは事実か」
 言葉と共にイザークは体の向きを変えた。そしてそのまま歩き出そうとして、一瞬足を止める。そして、アスラン達が乗ったヘリが遠ざかっていった方向へと視線を向けた。
 キラは渡さない。
 そして、心の中でこう宣言をする。
「イザークさん?」
 どうかしたのですか、とキラが問いかけてきた。
「気にするな」
 腕の中の愛しい存在に微笑みかけると、イザークは改めて歩き出す。そして、そのまま、建物の中へと入っていった。




アスラン、とりあえず退場……と言っても、今後のことを考えると怖いような気がします。ともかく、ようやくラスト直前ですね。長かった……うん。