一眠りしろ、と言われてキラはフレイ達にベッドに押し込まれてしまった。その必要がない、と思っていたのに、実際には疲れがたまっていたのだろう。キラはあっさりと眠りの中に落ちてしまった。
 それからどれだけの時間が過ぎたのだろうか。
 不意にキラの意識が眠りの中から浮上をする。それはある意味、虫の知らせ……と言うものだったかもしれなかった。
「……あっ……」
 小さな声と共にキラは体を起こそうとする。
「あら、起きたのね?」
 こう声をかけてくれたのはアイシャだった。と言うことは、今はフレイがいない、と言うことなのだろうか。
「あの……」
 それを確認しようかと思って、キラは口を開きかける。
「フレイちゃんなら、今、飲み物を取りに行っているわ」
 隣に……とアイシャが言うと同時に、ドアが開かれた。そうすればフレイだけではなく、何故かイザークまで一緒に姿を現す。
「イザークさん」
 その瞬間、無意識のうちにキラの頬に笑みが浮かぶ。
「起きたのか。顔色が良さそうだな」
 キラの表情に気がついたのだろう。イザークもまた柔らかな笑みを浮かべると大股にキラに歩み寄ってくる。
「熱もないようだな」
 そのまま優しくキラの額に手を当てるとこう問いかけてきた。
「はい、大丈夫です」
 そのぬくもりにキラが笑みを深めれば、イザークもまた目を細める。
「母が心配していたのでな。どうやら、お前は気に入られたようだ」
 もっとも、お前には大変だったかもしれないが……とイザークは苦笑を浮かべた。
「いえ。でも、僕は……」
「何も心配しなくていい。あれでも、最高評議会議員の一人で法務委員長だからな、うちの母は。その母が何も言わなかったのであれば、お前の身の安全は保証された、と言うことだ」
 もっとも、別の意味で大変な目に合うかもしれないが……と彼は小さく笑う。
「……イザークさん?」
「贈り物攻撃には覚悟しておいてくれ」
 思わず不安になってしまったキラに対し、イザークはこう言って笑みにほんの少しだけ苦いものを含ませる。
「おそらく、服やアクセサリーのたぐいが近々大量に送られてくるだろうからな」
 さらに付け加えられた言葉に、キラは思わず目を丸くしてしまった。まさか、そう言うことになるとは思いもしなかったのだ。
「……それって……」
 断れないのかとキラが問いかけようとするよりも早く、
「あら、良かったわね」
「そうね。この男のお母様なら、それなりにセンスが良さそうだもの」
 キラに似合いそうな服がたくさん来るわよ……とフレイ達がいきなり喜びだしてしまう。こうなれば、キラにはもうどうすることも出来ない。
「……イザークさん……恨みますからね……」
 キラはその代わりというように彼を見つめてしまう。
「悪かった。俺も母があそこまではしゃぐとは思わなかったのでな……その代わりと言っては何だが、俺が出来ることなら対処してやるから」
 それで妥協してくれ……という彼にキラは小首をかしげた。そして、手を持ち上げると、そうっと彼の額に触れる。
「なら、この傷、消してもらえますか? もう、僕のことを恨んでいない……とおっしゃるのでしたら、ですけど」
 傷のないイザークの顔を見てみたい、と何の脈略もなくキラは思ってしまったのだ。
「そうだな……この戦争が終わったら、消すか。そのころにはお前の体も普通の生活が出来るくらいになっているだろうからな」
 その時ならば、かまわないだろう……といいながらイザークはキラの手を取る。そのまま自分の口元に引き寄せるとそうっと口づけてきた。
「イザークさん?」
「それまでは、俺がお前を守る」
 もう戦いのことでキラを苦しめない……と彼はその体勢のまま口にする。そんなイザークに、キラはどうすればいいのかわからないという表情を作った。
「お前を守ることで、俺は憎しみだけではないかにかを見つけられそうだからな」
 そうすれば、きっと、力だけで物事を押し進めるようなことをしないですむだろう……と彼は付け加える。
 自分の存在があったからこそ、目の前の相手はそう考えてくれるようになったのだろうか。
 少しでも、自分の存在が誰かの役に立っているのだろうか。
 それはわからないが、こう言ってもらえることが嬉しいとキラは思ってしまう。
「……イザークさん」
 だから、そんな彼にキラは何とか微笑みだけを返した。

「そう言えば、何のようだったの?」
 目の前の光景からようやく我に返ったフレイが、イザークにこう問いかける。
「だから、来たんでしょ、あんた」
 キラが幸せそうに見えるのは嬉しいのだが、やっぱりどこか面白くない。そう思いながら、彼女はさらに言葉を重ねた。
「そう、だったな」
 イザークは小さく舌打ちをする。それでもキラの手を彼は握りしめたままだ。
「アスラン達が、後一時間もすれば戻るからな。顔を見せられるかどうかを確認しに来たのだが……」
 無理はしなくていい、とイザークはキラへと微笑みかける。
「でも、顔を出さないと……」
 アスランは一応自分の《親友》だから、とキラは口にした。フレイには申し訳ないとも彼女は付け加える。
「それは……仕方がないことでしょう? どんな最低な奴でも、キラにとっては大切な相手だって言うのはわかっているから」
 思い切り気に入らないが……とフレイは《アスラン・ザラ》に対する嫌悪を隠そうとはしなかった。それがキラを悲しませるかもしれないとはわかっていてもだ。逆に自分を誤魔化す方がキラを追いつめると考えられるからだ。
「ゴメンね、フレイ……」
 キラは瞳を伏せるとこう呟く。
「あんたのせいじゃないでしょ? ただ、どうしてもあの男はダメ、なの」
 父を殺した相手。
 そして、何よりもあの考え方がダメなのだ、とフレイは思う。
 イザークのように、キラと触れたことで自分の考えを変えてくれるものならばいい。どんな人間でも、知らずに罪を犯すことはあるのだから。自分だって、どれだけキラを傷つけてきたのか、と言われれば返す言葉もない。
 だからなのだ。
 もう彼女に対して自分を偽るようなことはしない。その方がキラにとってはいいことなのだ、とわかってしまったから……とフレイは心の中で呟く。
 だが、アスランは違う。
 あの男も、確かに《キラ》に対しては後悔の念を見せた。だが、それはあくまでもキラが体調を崩してしまったからだろう。でなければ、あの男は自分の意見を無理矢理キライ押しつけたはずだ。そして、自分が望むような鋳型の中にキラを押し込めてしまう。そうなれば、キラの輝きは失われてしまうに決まっているのだ。
 そんな相手にどうしたって親しみなんか感じられるわけがない、と言うのがフレイの主張だった。
「でも、キラが好きだって言うなら否定はしないわ。私は会いたくないけど、そいつがしっしょに行ってくれるなら安心だわ」
 少なくとも、あの男がキラを拉致してしまう……などと言った可能性は少ないだろう。だから、キラが自分から取り上げられてしまうことはないはずだ。
「もちろんだ。キラは俺が守る、と決めたからな」
 本人が望まないことは何模させない……とイザークは頷く。
「そうね。それにアンディも一緒でしょ。なら、安心だわ。逆に、会わせない方が厄介なことになるかもしれないもの」
 今まで黙っていたアイシャが口を挟んできた。
 その言葉に、さすがのキラも頷かないわけにはいかないらしい。小さくため息をついている。
「その後で、一緒にお茶にしましょう? 今回のご苦労様会をかねてね」
 アイシャの提案がフレイにはとても魅力的に思えてならない。
「いいですね。キラ達があいつの見送りに行っている間に、準備をしておきます」
「そうしてちょうだい」
 フレイの言葉に、アイシャだけではなくキラも頷いていた。




今回の話で精神的に著しい成長を見せてくれたのはイザークとフレイだ、と思っていますが……キラもそれなりに生長しているような気がしています。と言いつつ、まだまだ自覚していないんだよなぁ……