気がつけば、その場にいたのは自分たちだけだった。
「……キラは……」
 無意識のうちにイザークはこう口にしてしまう。
「とっくに、バルトフェルド隊長に連れられて通信中だよ」
 マジで気づいていなかったのか……と呆れたようにディアッカが笑みを向けてきた。それにイザークだけではなくアスランも視線を泳がせてしまう。自分たちがそれなりにヒートアップしていた自覚はあったのだ。
「ともかく、周囲を見回す余裕が出来たところで、おのおの、自分たちがしなければないことを始めてくれないか」
 おそらく、自分たちのことをバルトフェルドに押しつけられたのだろう。ダコスタがこう声をかけてきた。
「イザーク・ジュールとディアッカ・エルスマンは各々の機体のOSを再チェック。アスラン・ザラとニコル・アマルフィは今回のことに関するレポートを隊長に提出してくれ。さすがに、彼女のことは公に出来ないからな。事前に検閲をさせて貰わなければならないだろう?」
 キラの存在を知ればよからぬ事を考え始める者たちがいるかもしれない、と彼は言外に告げている。それは、すなわちキラの命に関わってくる、と言うことでもあるだろう。
「わかっています」
 アスランも同じ結論に行き着いたのか。彼にしては素直に頷いて見せた。
「キラを、失うことだけは出来ませんから」
 そしてこう口にする。
「それは、俺も同じだ」
 この一点だけに関してはどうやら協力できそうだ……と意味もなくイザークは思う。お互いにとっての唯一の存在が共通しているのだから、それを自分たち以外に奪われる可能性は低いだろう、とも。
 いや、そうでなくては困る……というのがイザークの本音だ。
 もっと正確に言えば、目の前の存在にも《キラ》を奪われたくない、と言うのが偽らざる心情だ、と言いきってもいい。
 そして、負けるつもりはないとも。
「キラを守る。その点に関してだけは、貴様に協力してやる」
 だから、再びバトルのきっかけになるかもしれない、と思いつつイザークはアスランにきっぱりと宣言をした。
「それに関してだけは、ありがたく受け止めておこう。もっとも、キラ自身は渡すつもりはないがな」
 アスランもまた、イザークにこう言い返してくる。それは間違いなく、彼の本音だろう。
 と言うことは、まだ何かをするつもりなのかもしれない。そのターゲットはキラではないであろう。彼女のあの表情を見れば、どんな唯我独尊な相手でも無理強いをすることは不可能だ。
 ならば、とイザークは微かに目を細める。
 アスランが次に狙うのは間違いなくキラの一番側にいる少女。
 それも、本人達に気づかれぬようにじわじわと追いつめていくのではないか。
 宇宙にいたことは見えなかった目の前の男の本性から推測すれば十分にあり得るだろう。
 しかし、この件に関しては当人に話せば、また厄介なことになるかもしれない。いや、それよりも彼女の口からキラに伝われば、間違いなく悲しむ。あれだけのことをされても、キラはまだアスランのことを《親友》と言う地位に据えているのだから。
 と言うことは、やはりアイシャか、バルトフェルドだろう。イザークはその結論に行き着いた。
「奇遇だな。俺もだ」
 だが、それを表情に出すことはなくイザークはこう言い返す。
「貴様に負けるつもりはない」
 さらにこう付け加えれば、アスランは鼻で笑い返してきた。その態度の裏に見え隠れしているものにイザークは思わず眉をひそめる。だが、それ以上彼と話すことはない、と言うように彼はきびすを返した。

「……確かに、イザークが心惹かれそうな存在だ、彼女は」
 通信を終えた瞬間、エザリアは思わずこう呟いてしまう。
「だが、あれでは今の時代を生き抜いていくのは辛いだろうに」
「だからこそ、キラ様の周囲には人が集まるのですわ」
 そんなエザリアの言葉を耳にしたのか。ラクスが柔らかな笑みと共に言葉を返してくる。
「それも、優しい方達だけが」
 あるいは、彼女に接しているうちに新たな視点を見出すことになるのだろう……と彼女はさらに言葉を重ねた。
「そう、かもしれませんね」
 言葉を返すエザリアの脳裏に、イザークからのメールが映し出される。何度も読み返したせいで一字一句間違えることなく思い出せるそれは、以前のものとはまったく違っていた。ある意味、誰であろうと他人の存在は自分より下だ、と思っていたらしい彼とは信じられないほど、一人の少女に対する気遣いが言葉の端々から感じ取れる。その成長が先ほど言葉を交わした少女のせいだとするならば、納得できる……とエザリアは心の中で呟く。
「確かに、種族など関係なく相手を『一人の人間』として認識できる彼女の存在は、戦後必要となるでしょう」
 そして、政治的にも十分、利用できる……と考えるのは《最高評議会議員》としてのエザリア・ジュールの思考だろうか。
「それに……彼女が我々と敵対したのが、あの男の独断のせいだ……というのであれば、非は我らにもある」
 一番悪いのは、中立国であるオーブまで巻き込んだ地球連合なのは間違いはない。
 だが、それでも《ヘリオポリス》が崩壊に追い込まれた責任の一端はザフトにある。それがなければ、あるいは彼女たちは戦争にかかわらずにすんだのではないか、とエザリアは判断をした。
「責任は負わなければならないでしょうね」
 彼女の心を傷つけてしまった……と口の中だけで呟けば、
「キラ様は、義務として償われても喜ばれませんわ」
 ラクスがすかさずこう言い返してくる。
「逆に、キラ様を傷つけるだけか、と」
 この指摘にはエザリアも納得せざるを得ない。
「確かにな」
 彼女は全てを《自分の責任》と言い出しかねないのだ。そのことを、エザリアはほんの少しの時間で感じ取っていた。
 だが、逆に言えばその潔さが好ましいとも思う。
 同時に、その潔さが息子の気持ちを引き付けたのか……とも納得をしてしまった。そして、そういう人物は多いであろうとも推測できる。
「信じて貰うにはどうすればいいのであろうな」
 好ましいと思う気持ちは嘘ではないのだから……とエザリアは考えてしまう。そして、そんな彼女に償いたいと思う気持ちも本心だ。
「信じて頂くいただかない、ではなく、エザリア様がキラ様を気に入られた……と正直におっしゃればいいのですわ。だから、手助けをして差し上げたいのだと」
 それだけでキラは納得するだろう……とラクスは微笑む。
「なるほど。正直にぶつかっていけばよいわけですね」
 ならば、息子の恋は実るかもしれない……とそんな想いがエザリアの中に湧き上がってきた。あの不器用なまでに真っ直ぐな気性のイザークであれば、キラの信頼も得ていることだろう。そして、親のひいき目を抜きにしても、イザークの率直さを好ましいと思わない者は少ないのではないか、と。
「えぇ。いずれ、キラ様もこちらにいらっしゃるのでしょうし、その時にはエザリアさまのご協力も必要になりますから」
 自分や父だけでは行き届かないところもあるだろう……とラクスは口にする。
「そうですね。彼女の治療は本国の方が確実でしょう。もっとも、その前にシャトルで本国に来られるようになるだけの体力を付けて貰わないといけないでしょうが」
 既にラクスが医師を手配したのだから、大丈夫であろうが……とエザリアは心の中で付け加えた。その時に、キラに対する自分の誠意を見せればいいだろうと判断もする。
「しかし、イザークも大変な相手に恋をしたものだ」
 キラを取り巻く問題を考えればこうとしか言えないだろう。
「もっとも、私としてはよくやった……と言ってやりたいですがね」
 しかし、あれだけ好ましい相手もいないのではないか……とエザリアは微苦笑をその口元に刻んだ。
「そうおっしゃって頂ければ、同席して頂いた甲斐がありましたわ」
 ラクスもほっとしたように言葉を口にする。
「でなければ、これからお二人に降りかかるかもしれない、問題に対処できませんもの」
 意味ありげな口調でラクスがこう告げた。
「ラクス嬢?」
 一体、彼女が何を示唆しているのか……とエザリアは思う。
「はっきりとしないうちは申し上げられませんわ……まだ」
 だが、この言葉も納得できる。
「わかりました。もし、何かがわかりましたら、連絡をください」
 出来る限りの手助けをするから……とエザリアが言外に告げれば、
「もちろんですわ、エザリア様」
 ラクスはしっかりと頷いて見せた。




この二人、やっぱり目の前のことにしか意識が向いていませんでしたか。ディアッカとダコスタが本当に大変だったろうな……と思います。
ママンはこれから何をしでかしてくれるのか、ちょっと楽しみかもしれません(^_^;