表面上は穏やかな朝食を終えたのは、それから1時間ほど経ってのことだろうか。
「あぁ、キラ君。ちょっと付き合ってくれ」
 部屋に戻った方がいいかもしれない……と思い始めたキラにバルトフェルドが声をかけてくる。
「あの、何か……」
 アスランとフレイ――おまけにイザークか――のにらみ合いから早く逃れたいかもしれない……と思っていたキラは、即座にバルトフェルドへと視線を向けた。
 彼ら個人個人の存在はキライではないのだ。いや、こうして側にいてくれるのは嬉しいと思ってしまう。
 アスランはからも、とりあえず昨日のような恐怖は感じられなくなっているから、とも。もっとも、それが彼の本心からのものなのかどうか、と言うことまでは、今のキラには判断できなかった。アスランが本気で誤魔化そうと思えば、キラにも彼の本心を読めなくなってしまうのだから。
「あぁ、そんなに身構えない。本国から『君と話したい』と以前からせっつかれていてね。今日は通信環境も良さそうだなら……という所なんだが、どうするかな?」
 本国から……と言う言葉にキラは引っかかりと覚える。いや、彼女だけではなく他の者たちも同様だ。
「本国って……キラをどうするつもりなんですか?」
 真っ先に反応を見せたのは、いつもの通りフレイだった。
「大丈夫よ、フレイちゃん」
 そんなフレイに、アイシャが優しく声をかけてくる。
「ラクス・クライン嬢……だったかしら。キラちゃんのためにお医者様を手配してくれた方がね、キラちゃんのお顔を見たいだけなんだって。それならばいいだろうって判断しただけ。その場には、私も同席するわ」
 何なら、フレイちゃんも一緒にお話をする? と彼女は微笑んで見せた。その言葉に、フレイはどうしようかというように小首をかしげて見せた。
「……いても、いいのですか?」
 そして、アイシャにではなくバルトフェルドに向かって問いかける。
「かまわないだろう。ただし、邪魔をしなければ、だがね」
 言外に不快な質問等もあるかもしれない、とバルトフェルドは言い返してきた。それに、フレイは一瞬眉を寄せる。
「……努力します」
 だが、すぐにキラと離れるよりは我慢する方がいいと判断したのだろう。こう口にした。
「いい子ね、フレイちゃんは」
 アイシャがこう言うと同時に、彼女の体を抱きしめる。
「……私も、その場に同席させて頂けないでしょうか? ラクスは、私の婚約者でもありますから」
 その時だ。さりげなくアスランがキラの肩に手を置きながら言葉を口にしてきた。
「残念だが、それに関しては却下だ。あちらの希望が《女性同士》の会話を……と言うことなのでね。最初の顔合わせが終わった時点で、私も部屋から追い出されることになっている」
 だから、諦めたまえ……とバルトフェルドは柔らかな――だが、確固とした口調でアスランの願いを却下する。
「ですが」
「アスラン・ザラ、もう一度同じ事を私に言わせないように」
 なおも食い下がろうとするアスランに、バルトフェルドは鋭い視線を投げつけた。それは、キラが今までに見たことがない彼の表情でもある――あるいは、それが《砂漠の虎》と呼ばれた彼の本性なのだろうか――その事実に、キラの瞳におびえの色が滲んでしまった。
「すまんな。君を怖がらせるつもりはなかったんだが」
 そんなキラに気づいたのだろう。バルトフェルドは表情を和らげる。だが、それはあくまでも《キラ》に対してだけだ。
「君にはやらなければならないことがあるのではないかな、アスラン・ザラ?」
 だが、アスランに向けられた言葉は、あくまでも厳しいものだった。
「……わかりました……」
 立場上、アスランとしてもこれ以上逆らえないと判断したのか。それでも悔しさを隠せないという表情で言葉を返している。
「……アスラン……」
 そんな彼に、キラは困ったような表情を作った。これ以上、自分のせいで、彼が無茶をするのは本意ではないから……と。
「気にしなくていいぞ、キラ。そいつはわかっていてやっているんだから」
 不意にイザークが声をかけてきた。
「イザークさん」
「……何が言いたい、お前は……」
 キラの言葉を遮ると、アスランはイザークを睨み付ける。
「いつまでも、自分がキラの中で一番だと思うなよ……と言うことだ、アスラン」
 だが、イザークも負けてはいない。平然とこう言い返した。
「俺は、それをお前に譲るつもりはない」
「どうだろうな。それはキラが決めることだ」
 二人の間に再び剣呑な空気が満ち始める。
「二人とも……」
 それに自分はどうすればいいのかわからない……というようにキラが周囲を見回した。
「ほっときなさい、キラ。あいつらは好きでやってんの」
 それよりも、今のうちに移動しましょう……と言うフレイに、他の者たちが同意を示すように頷いている。だが、本当にそれでいいのか、とキラは思う。
「大丈夫だ。ダコスタ君とディアッカが適当なところで止めるだろう」
 バルトフェルドもこう言われては信じるしかないのだろうか。
「それよりも時間だからね。行こうか」
 さらにこう言われては逆らうわけにもいかないだろう。もっとも、にらみ合ったまま自分たちの存在を忘れている彼らだから、かまわないのか……と無理矢理自分に言い聞かせるキラだった。

『キラ様、お久しぶりですわ』
 そう言いながら微笑む彼女は、あの時のまま変わっていないように思える。
「ゴメン、迷惑をかけて……」
 ふわふわとした微笑みを浮かべている少女まで巻き込んでしまった。その事実にキラは思わずこう口にしてしまう。
『あら……どうしてそんなことをおっしゃいますの? 私は当然のことをしているだけですわ』
 歌うような口調でラクスは言葉を重ねてくる。
『お友達同士であれば、当然のことではありませんの? もっとも、お友達と言うのは私の勝手な気持ちかもしれませんが』
 ラクスのこの言葉に、キラは困ったような表情になってしまう。彼女が《友達》と言ってくれるのは嬉しい。だが、そのせいで彼女が不利益を被るようになってしまっては申し訳ないのだ。
「……危ないこと、してない?」
 だから、キラはこう問いかけてしまう。
『もちろんですわ。ですから、何も心配なさらならないでくださいませ』
 きっぱりという彼女に、キラはほっとする。
「ありがとう、ラクス。お医者さまの手配をしてくれたんだって?」
 だから、今度はこう口にした。
『それも気になさらないでくださいな。キラ様に直接お会いできるようになりたかっただけですもの……女の子になられたのでしたら、ぜひとも着て頂きたい服もたくさんありますし』
 だが、この言葉にはさすがに目を丸くするしかない。と言うよりも、まさか彼女までそう言うことを言い出すとは思わなかったのだ。
「そうよね。キラって美人だもの。絶対いろんな服が似合うわよね」
 フレイがラクスの言葉に我が意を得たり、と言うように口を挟んでくる。その事実に、ラクスは一瞬驚いたような表情を作った。しかし、それは一瞬で消える。どうやら、フレイが本気で言っているらしいと判断したのだろう。
『当然ですわ。あぁ、後でカタログを届けさせますから、貴方も一緒にキラ様のお洋服を選んでくださいませ』
 さらに笑みを深めると親しげに言葉をかけてくる。
「もちろんよ。だって、キラってば飾り甲斐があるのよ」
 まだまだ教えなきゃないこともたくさんあることだし……というフレイも、あの時の光景が嘘のように普通に言葉を返した。何も知らない人間であれば、昔からの親しい友人だと思うのではないか。例え、自分で遊ぶ計画を立てているのだとしても、そうなってくれるのであれば嬉しい、とキラは本心から思ってしまった。
『では、そのように。いっそのこと、皆でコーディネイトを合わせるのもいいかもしれませんわね』



アスランの障害はフレイだけではないですねぇ。と言っても、最大の難関はバルトフェルドでもなさそうです。(苦笑)
と言うわけで、久々の歌姫登場です。ついでにエザリアママンも(^_^;