「何で、あいつもここにいるんですか!」
 アスランの姿を見た瞬間、フレイはこう叫ぶ。
「昨日のことを忘れたわけじゃないでしょう?」
 この言葉に、アスランは微かに眉を寄せる。だが、それ以上の行動を取ろうとはしない。いや、出来ない、と言うべきか。
「フレイ……お願いだから……」
 その理由は簡単。
 キラが必死に彼女――そして自分をだろうか――を止めようとしていたからだ。
「わかっているわよ。気に入らないけど、我慢して上げる」
 そして、彼女自身もまた妥協をするような態度を見せている。そんな相手――しかも相手は女性だ――に実力行使をするような真似だけはしたくない……とアスランは自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。
「そうしてやってくれ」
 すまないな……と言いながらバルトフェルドがそんなフレイの肩に手を置く。
「二人は幼なじみだ、と言う話だしな。会わせないでまた暴走されても困る」
 でなければ、ここに呼び出さなかった……というバルトフェルドに、アスランは思わず眉を寄せる。だが、それはすぐにかき消した。キラが自分に視線を向けてきたのだ。そして、まだどこかぎこちないながらも、微笑みを向けてくれる。それだけで、アスランの中の不満はあっさりと解消されてしまう。
「キラ……昨日は、悪、かった……」
 そして、何とか謝罪の言葉を口にする。
 もっとも、自分が悪かった、とはまだ完全に自覚しているわけではない。それでも、キラのぐったりとした姿に、彼女まで失うかもしれない……という恐怖を感じたのは事実だった。
「アスラン……」
 だが、それでもキラには嬉しい言葉だったのだろうか。
 彼女の笑みが微かに柔らかくなる。
「……本当にそう思ってくれていればいいけど」
 その瞬間、フレイがこう口にした。その事実に、アスランはむっとしてしまう。それでも表情を変えることをしないのは、間違いなく自分の目の前に《キラ》がいるからだ。
「信じられないかもしれないが、信じてやってくれ」
 ディアッカが、そんなフレイに向かって声をかけている。
「少なくとも、お姫様に関しては後悔しているようだからさ」
「……あんたがそういうなら、そう言うことにしておいて上げるわ」
 そうすれば、フレイはあっさりと自分の意見を引っ込めた。それもまた、アスランには微妙に気に入らない。
 あれがキラの側にいることを妥協するしかないのであれば、あれも自分のことを認めればいいのに……と。
 だが、フレイにしてみれば、自分よりもディアッカやイザークの方が信頼できる存在であるようだ。
「それよりも、キラの席は何処ですか?」
 さっさと意識を切り替えると、フレイはこう問いかける。
「こっちだ」
 その言葉にアスランが行動を開始するよりも早く、イザークが動いた。しかもだ。そんな彼の仕草を誰もが当然のように受け入れている。フレイですら、彼がキラを抱き上げるのに異論を唱えない……というのは腹立たしいを通り越して、憎いとも思える。
 しかし、そんなアスランの中で『イザークはフレイを否定しなかったからだ』と囁く声もあった。
 一歩下がってみれば、見えてくる事実もある。
 自分の行動がキラを怯えさせてしまったのとは違い、彼は細心の注意を払って二人に接していたのだろう。それは、間違いなく彼らも《当事者》だったからだ。自分がイザークと同じ立場であれば、あるいは……とアスランは心の中で呟く。
 だが、今更時間を巻き戻すことは出来ない。
 ならば、一度引き下がり、状況を見てキラを自分の手の中に取り戻すしかないだろう。アスランは考えを改めることにした。
「アスラン、お前はこっちだ」
 そんなアスランの耳に、ディアッカの声が届く。視線を向ければ、そこはテーブルを挟んでキラと向かい合う場所だった。ある意味、自分たちの立場に配慮していながらも不測の事態に備えた場所だと言っていい。
 だが、それも無理はないのか、とアスランは心の中で吐き出した。
 彼らに警戒をされてしまうような事態を自分は引き起こしてしまったのだから……と。
 キラの顔を見ることが出来るだけで、今は我慢するしかないのか……とアスランは心の中で呟く。そして、大人しく促された場所へと移動をする。
 しかし、そんなアスランの決意も一瞬、揺らいでしまった。
 どうしたことか、彼の隣に座ったのはイザークだったのだ。そして、その反対側に座っているのはディアッカ。ニコルはイザークを挟んで反対側……という場所である。
 これも、バルトフェルドが自分を警戒しているからかもしれない。
 自業自得とはいえ、やはり面白いわけがなかった。
「……アスラン、僕の顔を見ているの、いやなの?」
 複雑な表情をしていたからだろうか。キラがこう問いかけてくる。
「違うよ、キラ」
 キラに余計な心配をかけてしまった……と思いながら、アスランは慌てて笑顔を作った。
「どうして、そいつが自分の皿からキラの皿に料理を取り分けているのか、って思っただけだよ」
「だって……」
「……一人分を食べられないから……よ。キラの胃は、まだ、量を受け付けてくれないの。昨日まではもう少し食べさせても大丈夫だったんだけどね」
 キラの代わりにフレイが説明の言葉を口にする。その口調に刺が含まれているのは、言外に昨日のアスランの行動を非難しているからだろう。面と向かってその事実を口にしないのは、キラのことを考えてのことなのだろうか。
 その一点に関しては、フレイの気遣いを感謝してもいいだろうとアスランは思う。
「……ゴメンね、フレイ……僕がフレイの分を貰っちゃうから、足りないんじゃない?」
 おずおずというように、キラがフレイにこう声をかけた。
「大丈夫よ。ダイエットに丁度いいわ」
「それに、フレイちゃんのお皿は、少しだけみんなより量が多いの」
 フレイの言葉に、アイシャがこんなフォローを口にする。その瞬間、フレイはぎょっとしたような表情を作った。
「本当なんですか?」
 そんな、安心していたのに……とフレイはショックを隠せない様子でアイシャに問いかけている。
「本当よ。でも、ほんの少しだけだから、安心していいわ」
 ちゃんとカロリーを計算してあるから……とアイシャが言葉を返していた。
「なら、いいですけど……キラは太ってもいいけど、私は太るわけにいかないし……」
 だが、フレイは今ひとつ納得できない……という表情でこう呟いている。
「フレイだって、もう少し太ってもいいと思うよ? 少し、背が伸びたんじゃないかな?」
 バランスを考えれば……とキラもそんなフレイをフォローしていた。その時の彼女は、アスランの記憶の中にあるものと変わらない。ごく自然なその姿に、アスランはまた、自分の中での《ナチュラル像》が揺れ始めていることに気づいてしまう。
 今のキラにとって、目の前の存在はやはり必要なのだろうか。
 無理矢理排除をするわけにはいかないのだろうか。
 だが、どうしてもキラの側にナチュラルを置いておきたくないのだ。
 一体どうすればいいだろう。
 どうすれば、連中からキラが自分から離れようとするのだろうか。
 アスランは目の前の様子を見つめながら、そんなことを考えていた。




表面上はあれこれ悩んでいるんでしょうけど……アスランはアスランですからねぇ……どうなることか(^_^;
キラには悪かった、と思っているのは間違いなく彼の本音ですけどね。他の面々に関してはわかりません、はい。