朝になると共に、また日常が始まる。
 この一角には喧噪は訪れない。だが、それでも人々のざわめきは伝わってくるのだ。それがキライではない、とキラは心の中で呟く。
「キラ。今日はどっちを着る?」
 フレイが自分たちの部屋からキラの着替えを持ってきた。それは、シンプルなデザインながら着心地がいいワンピースだった。ただし、それをキラに与えてくれたのはバルトフェルドでイザークが買ってきてくれたものではない、というのは、フレイなりに何かを考えての行動なのだろう。
「……水色の方、でいい?」
 さすがに、まだピンクは身につけるのにとまどいがある。そう思って、こう問いかければ、
「わかったわ。こっちね」
 フレイはあっさりと頷いて見せた。
「本当は、ピンクの方が似合うと思うんだけど……デザインはこっちの方がキラらしいから仕方がないか」
 まぁ、そのうちピンクでもキラが身につけたいと思う服を探してくるわ、とフレイは笑う。
「……フレイ……」
 そう言うことで張り切ってくれなくてもいいんだけど……とキラはため息をついた。それよりも、自分のことを優先してくれてもいいのに……と。
「いいの。あんたを飾り立てるのが、最近、楽しいんだから」
 服がこれなら、靴は何がいいかしら……とフレイは鼻歌を歌いそうな表情で口にした。
「今日、何かあったっけ?」
 そんな彼女の態度は、いつものものと微妙に違っているような気がしてならない。
「よくわからないんだけど、バルトフェルドさんが、キラを飾り立てろって言っていたのよね」
 後で迎えに来るからって……とフレイも小首をかしげる。
「……フレイも、一緒に行ってくれるんだよね?」
 一人ではバルトフェルドが一緒でも怖いかも……とキラは思わずこう言ってしまった。
「当たり前でしょう? キラの服に合わせて、私もコーディネイトするの。キラがこれなら、私はあのペールオレンジのにするわ。デザインがよく似ているし」
 だから、まずはこれに着替えてね……とフレイはキラに手の中のワンピースを差し出してくる。
「うん」
 キラはこれ以上詮索しても仕方がない……と、判断をして、フレイの手からそれを受け取った。そして、もぞもぞと着替え始める。そんなキラの行動を確認してから、フレイはまた医務室を出て行った。
「……でも、こんな朝早くから何のようなんだろう……」
 呼び出されるのは、いつも朝食の後だったはずなのに……とキラは思う。だが、バルトフェルドが必要だと判断したのであれば、自分が口を挟まない方がいいのではないか、とも考える。下手な行動――と言っても、自分一人ではこの建物から出ることすら難しいだろう――を取るよりも、その方がいろいろな方面でよいのではないか、と。
「アスラン、に関係があることなのかな……」
 昨日の彼の様子はどう考えても彼らしくないと思える。
 だが、それはやはり、自分のせいなのかもしれない……とキラは心の中で付け加えた。みんなは違うと言ってくれるが、キラだけは間違いがないと思っている。ただでさえ、レノアの件があったのに、さらに自分のことが彼の上へと降りかかれば当然だろうと。
「……でも、君と顔を合わせるのは、少し怖いよ……」
 キライではない――むしろ、まだ自分の中では大切な《親友》だ――と言いきれる彼だが、お互いの気持ちがすれ違っている以上、傷つけあうのはめに見えているから……とキラは呟く。
 それもまた、この戦争が生み出したものなのだろう。
 あの時のまま過ごしていられれば、こんな状況になるわけがなかったのだから、とキラはため息をついた。
「キラ。あんまりため息ばっかり付いていると、幸せが逃げるわよ?」
 いつの間に戻ってきたのだろうか。
 フレイの声がキラの耳に届く。
「わかっているんだけど……背中に手が届かないんだよね」
 ファスナーがあげられない……と別の理由をキラは口にする。もっとも、フレイのことだからキラが何について悩んでいるのかはばれているだろうが。
「まったく……と言っても、これはこつがあるから仕方がないわね」
 そのうち身に付くわよ、といいながら、フレイがキラの前に姿を現した。そうすれば、彼女はちゃんと着替えてきたのだ、とわかる。この素早さは、やはり経験の差なのだろうな、とキラは心の中で呟いた。
「本当は、少しでもメイクをして上げたい所なんだけど……まぁ、それについては妥協しましょう」
「フレイ」
 さすがにそれだけは勘弁して欲しい、とキラは視線で訴える。
「泣きそうになることはないでしょう? もう少し体の調子が良くなるまでは何もしないわよ」
 そんなキラに、フレイは苦笑を返してきた。

「今すぐにでも撤回して貰いたいところ、なんだけどね」
 アイシャはこう言いながら、バルトフェルドを睨み付ける。
「君がそういうことは予想できていたんだがね」
 そんな彼女に向かって、バルトフェルドはわざとらしいため息をついて見せた。
「だが、そうするしかない状況だ、と言うことも理解して欲しいね」
 そして、彼はこう付け加える。そんな彼の態度は、アイシャが初めて見るものだ、と言っていいだろう。つまり、彼の上から何か言ってきたのかもしれない、と言うことなのではないか、とアイシャは判断をする。
「あの子にそんな行動を取る時間はなかった、と思うんだけどね」
 では、どこからのものだろう……とアイシャは小首をかしげた。
「彼、ではないよ。まぁ、今朝、キラ君の体調が良さそうであれば朝食は一緒に……と約束したのは事実だがね」
 その場では彼女になにもしない、と約束をさせた……とバルトフェルドは言い切る。それを何処まで信用していいのだろうか、とアイシャは考えてしまう。もし、彼の言葉に耳を傾ける余裕がアスランにあったのであれば、昨日のような愚行をすることはなかっちゃのではないか、とも思ってしまうのだ。
「大丈夫だ。二人の間は離すし、他の者たちも気を配ってくれると言っているしね。君やフレイちゃんも同席すると行っても妥協してくれないつもりかな?」
 その約束をしなければ、彼も引き下がってくれる気配がなかったのだ、とバルトフェルドは付け加える。
「そう言うことなら、ね。まぁ、アナタのことだから、他にも手だてを整えているのでしょうし」
 我慢して上げましょう……とアイシャは口にした。
「ただし、フレイちゃんを説得するのはアナタよ?」
 しかし、しっかりと釘を刺すことは忘れない。
「……わかっているよ……まぁ、その後のこともあるしね。あれこれ打ち合わせをしなければならないだろう」
 彼のこの言葉に、アイシャはますます不審そうなまなざしを向ける。
「アンディ? 今の時点で予定されていることを全部教えて貰いましょうか?」
 返答次第では、一発叩かせて貰うかもしれないわよ、とアイシャはその表情のまま口にした。
「……本国からね、キラ君と話をしたいと……ラクス嬢が同席してくださるそうだから、短時間であれば許可をしてもいいのではないか、とドクターと同意を見てね」
 キラの立場を考えれば、味方は一人でも多い方がいいだろう……とバルトフェルドはアイシャに同意を求めてくる。
「……と言うことは、お偉いさんなの? その人は」
「息子の思い人に興味を持たない母親はいない……と言うことだよ」
 アイシャの問いかけに、バルトフェルドはこう答えた。つまりイザークの母親が相手なのだろ、とアイシャは判断をする。彼女は、最高評議会議員の一人であったはず……ならば妥協をするしかないのだろうが……
「大丈夫だよ。キラ君であれば、絶対に気に入られるから」
 だから、心配はいらないだろう……とバルトフェルドはさらに言葉を重ねる。
「……信用しておきましょう」
 どこか疑いを捨てきれないという表情のまま、アイシャはため息をついて見せた。




と言うわけで、これから最後の一波乱……になるのでしょうか(^_^;