「本当に困ったお子様だこと」
 ドアの向こうに消えた後ろ姿を見送りながら、アイシャが苦笑を浮かべる。
「まぁ、それも若さというものなのよね」
 自分の気持ちに気づかないまま突っ走るのも……と付け加えると、アイシャは視線を奧へと向けた。
「どう? サイズは良さそう?」
 そして、今はイザークよりもさらに気がかりな相手に声をかける。
「大丈夫そうです」
 ちょっとウエストが余るようだが……と付け加えられた言葉に、アイシャは微かに柳眉を寄せた。
「ウェストが余る?」
 嘘でしょう……と言いながら、アイシャはカーテンをくぐる。
「本当です。ほら……」
 こう言いながら、フレイが実際にスカートのウェストをつまんで見せた。確かに余っていると言えるだろう。しかし、それはキラがアイシャよりも細い……と言うことでもある。
「……アナタ、ちゃんとご飯食べていたの?」
 元が細ければ納得できるかもしれないが……と思いつつも、ため息が出てしまう。目の前の相手は、MSのパイロットだったはずだ。いくらコーディネイターだからとは言え、かなりの体力がなければそれを続けていくことは難しい。しかも、パイロットはもう一人いた――しかもトップランクの実力の持ち主だ――とはいえ、彼が操る機体はMSの足元にも及ばない。まして、地球上で使う目的の機体は、ザフトから見れば玩具にも等しいだろう。
 つまり、それだけ目の前にいる相手の方には多大な重荷が乗せられていた、と言うことだ。
「普通に……」
「食べていたら、誰もあれこれ言わなかったわよね」
 ミリィがよくこぼしていたでしょう……とフレイは口にする。
「もっとも、地上に降りるまでは、それを無視していたんだけどね、私も……」
 続けられた言葉は、後悔が色濃く滲んでいた。と言うことは、そう思うようなことをフレイがしていたと言うことだろう。それも、明らかに故意にだ。
「……フレイが……気にすることじゃないよ……」
 そして、キラはそれに気づいていても彼女を責めないでいたのだろう。あるいは、そんなフレイの言動も全て受け入れていたのかもしれない。
「……本当に、あんたはバカなんだから」
 キラに向かってフレイが苦笑を向ける。彼女の瞳には愛情があふれている……と言うことは、間違いなく、今はそんなことはしていないのだろう。あるいは、それ以上にキラを心配しているのかもしれない。
「でも……本当に細くなったわよね。元々細かったからかしら」
 男の子だった頃でも、自分たちの服が着れたのよね……とフレイはため息をつく。
「と言うことは、元が細かった上に、女の子になってしまったからなのかしらね、このウェストは」
 もう少し太った方が絶対いいわよね……と言いながら、アイシャはキラのウェストを測るように触れる。
「本当は、この細さはうらやましいんだけど」
 女としては……とアイシャは正直な気持ちを口にした。
「そうなんですけどね……でも、このままじゃいつ倒れるかわからないから」
 だから、しっかりと食べさせたいのだが……と言ったところでフレイは言葉を詰まらせる。だが、アイシャはその後の言葉を聞かなくてもわかるような気がしてならない。
「僕はコーディネイターだから、大丈夫だよ」
 ねっ、とキラは微笑みと共にフレイに告げる。
「……本当にあんたは……」
 バカなんだから……と呟きながら、フレイはそんなキラの体を抱きしめていた。

「……俺が、何だって……」
 同じ頃、イザークは足音も荒く突き進んでいた。
 目的地はもちろん、バルトフェルドの元だ。そこに、あの《エンデュミオンの鷹》がいるはずなのだ。
 アイシャの言葉に従うのは癪だが、確かにあの二人から話を聞くよりも彼の方が楽なのではないか、と判断したのだ。もちろん、相手も百戦錬磨の軍人だ。早々目的の情報を聞き出せるとは思っていない。それでも、あの瞳を見つめてあれこれ問いかけるよりもマシだろう。そう考えてしまう。
 あの瞳からは、何故か目が離せなくなってしまうのだ。
『それとも、あの子に一目惚れしたのかしら?』
 ふっとイザークの脳裏に先ほどのアイシャの言葉が蘇る。
「そんな馬鹿なことがあるか!」
 いくら何でも、自分が《敵》である《キラ》を好きになることなどあるはずがない、とイザークは口にした。そもそも、あいつは自分の顔にこの傷を残した相手だろうと。
 しかし、今はそのセリフも白々しいものと思えてしまう。
「……そう言えば、あいつ、妙なことを言っていたな……」
 自分たちはヘリオポリスから着の身着のままで逃げてきたのだ、と。
 それがどういう意味か……最初からあの艦に乗っていればそう言うわけがない。そして、モルゲンレーテの連中であれば、私服ではなく作業着を身にまとっていたのではないか。と言うことは……
「あいつらは……」
 ひょっとしたら、ヘリオポリスの民間人だったのだろうか。
 そして、何かの原因で足つきに収容された。
「だからといって、地球軍の軍人になる必要はないはずだ」
 と言うことは、間違いなく最初から関係していた、と言うことなのだろう。コーディネイターとは言え、全員がザフト――プラントに好意的だというわけではないのだ。中には、自分がコーディネイターであることに絶望してブルーコスモスに協力をしているバカもいる、と言う話だし……とイザークは自分に言い聞かせようとする。
 それなのに、心のどこかでそうではないのではないか……という声もするのだ。
 キラの瞳には、自分たちに対する《憎しみ》は全く映し出されていない。そこにあるのは、静寂に近いほどの悲しみ。
 もし、キラが自分たちに対する憎しみを露わにしてくれれば、もっと話は簡単だっただろう。だが、あの悲しみは戦いを厭うもののそれではないか、とイザークは思う。
 そんな相手が自分から望んで地球軍に入ったりするだろうか。
「あぁ、わからん!」
 そう言うことを考えたことなどなかったのだ、自分は。
 命令をされたから戦う。
 それは同胞を守ると言うことと同意語だったはず。そして、そうだと信じていた。
 それなのに、自分がこだわり追いかけていた相手もやはり《同胞》だった。それはある意味喜ばしいことでもある。自分が後れを取ったのがナチュラルではないからだ。同時に、どうして《同胞》が……とも思う。
「聞くのが一番か」
 エンデュミオンの鷹にでも……とイザークは結論を出す。
 自分があれこれ推測をするよりもその方が早いだろう。そして、正確なはずだ。
「もっとも、はぐらかされなければ……の話だがな」
 バルトフェルドもその場にいるはずだから、その可能性は少ないだろうが。ただ、相手が素直に質問に答えてくれるとも思わない。
「結局、堂々巡りだな」
 それでも、可能性があるのであればそれにかけてみようか……とイザークは結論を出す。
 他の者が聞けば、イザークはどうしたのかと思うであろう。だが、当人はいたってまじめだった。
 それよりも、真実を知らないままではいられない。彼はそう思っていた。



フレイとイザークの心情ですね(^_^;
この場合、さっさと素直になったフレイの勝ち、でしょうか……