それを見終わったとき、さすがのアスランもすぐに言葉を口にすることが出来なかった。
 自分が信じていたのと正反対……とまではいかないが、それでも、あの日々の中でキラを理解しようとしていた者たちがいたことだけは疑いようがない事実として突きつけられたのだ。
 だが、とも彼は思う。
 逆の見方をすれば、あれは自分たちの行為を正当化するためのものではないのか、とも思える。
 もう利用できなくなった《キラ》を捨てていくための……
 使えなくなった道具でも、それなりに気に入っていたのであれば無惨に壊されて放り出されるのは気に入らない。そういう感覚はアスランにだってある。だから、連中も同じだ、と思っていたのだ。
「あぁ、まだ続きがある」
 モニターから視線をそらそうとしたアスランに、バルトフェルドの、どこかのほほんとした――だが、逆らうことを許さない――声が飛んでくる。
 仕方がなく、アスランは再び視線をモニターへと戻す。
 次の瞬間現れたのは……
「これは……先ほどまでのものと画質が違いますが……」
 カメラはカメラでも、監視カメラや艦内カメラで撮影したものではない。もっと小さな、解像度の低いもので取られたものだ……と一見してわかる。
 そして、アスランにはそれがどうやって撮影されたものか、わかってしまった。
「……トリィの……」
 トリィを作ったとき、何気なく組み込んだカメラ。そのデーターだと。
 しかも、トリィはどんなときでもキラの側にいたらしい。だから、その中に残されているデーター――と言っても、せいぜい一月分ぐらいなものしか残っていない。古いデーターから削除されていくように作ったのだ――は、まったく飾り気のない本来の彼らの姿だろう。
 しかもだ。
 先ほどまでのそれと違って、まったく編集を加えられていないはずだ。
 と言うことは……連中にとっても都合が悪いことも包み隠さず撮影されている、と言うことでもあろう。
「そう。キラ君の側にいる、あのペットロボットの中にあったデーターだよ。砂が入ったらしくてね。動きがおかしくなったから……とフレイちゃんが持ってきたので、ダコスタ君に直させたのだが……その時見つけたよ。これをしかけたのは、君だね、アスラン・ザラ」
 キラの話からすれば……と問いかけてくるバルトフェルドにアスランは素直に頷いて見せる。
 その間も、アスランは目の前の画像から目が離せなかった。
 ベッドで寝込んでいるキラをかいがいしく看護しているのは、間違いなくあの女だ。特徴的な髪の色からもはっきりとわかってしまう。そして、そんな彼女に向けて、キラが何かを口にする。そのたびに、あの女は苦笑混じりに言葉を返しながらそうっとその額や頬を撫でてやっていた。
 二人の間でどのような会話が交わされていたのか、画像からはわからない。どうして音声も一緒に撮影できるようにしておかなかったのか、とアスランは十三歳の頃の自分を恨みたくなってしまう。
「……ずいぶんと、仲がいいんですね、あの二人」
 ニコルが小さな声で感想を漏らす。
「まぁな……フレイの話だと、キラのおかげで自分の偏見が壊されたからんだそうだ。偏見さえ捨てれば、キラほど大切に思える人間はいないんだと。それがわかったから、あいつは精神的に成長したってエンデュミオンの鷹が言っていたな」
 まぁ、そこにいる誰かも同じだと思うけど……とディアッカは口にする。そのまま流された彼の視線で、誰のことを言っているのかアスラン達にもわかってしまった。
 確かに、イザークが変わったことは認めざるを得ない。
 実際、この男が自分のことよりも他人を優先する姿や、ナチュラルに気遣うようなさまを見せるなんて想像したこともなかったのだ。
 それが、あの女のせいだというのであれば、我慢が出来る。キラが関わっているという事実が気に入らないのだ。
 ここまで考えが及んだ瞬間、自分が何故、現状を認められないかが理解できてしまった。
 キラが自分以外の誰かを見ていることだけが気に入らなかったのではない。
 自分と同じだけの思いを返してくれなかったことが問題だったのだ。
 だが、キラの性格からすれば側にいるものに心を許すのは当然のことで、幼い頃はだから自分がそういう連中をキラから遠ざけていたのだ。
 しかし、自分が知らない間に、キラにはあんな安心しきった笑顔を向けるような相手が出来ていた。
 あの笑顔も、キラの心も、自分にだけ向けられていれば良かったものなのに……それを奪った相手が許せない。
 きっと、それがナチュラルではなくコーディネイターでも同じであっただろう。
 特に、自分をライバル視していた相手であればなおさらだ。だが、そんな相手でも《同胞》である以上、殺すことも出来ない。
 では、どうすればいいのか。
 現実を認めることが出来てもなお、アスランは自分の思いを止める術を持たない。いや、止めようとも思わない……と言うべきなのか。
 あるいは、この頑なさは遺伝かもしれない、とアスランは心の中で自嘲の笑みを浮かべる。父であるパトリックも、母のレノア以外はどうでもいいと考えていたらしい。実の息子である自分ですら、彼にはただの便利な《存在》でしかないのだから。
 そんな男の血を持っているからこそ、自分は《キラ》一人をこんなにも求めてしまうのだろう。
 同時に、少しでもキラの頑なさを打ち砕くためには自分がどうすればいいのかも、アスランは知っていた。
 月にいた頃のように、好意は向けなくてもキラの周囲にいる者たちを認めてやればいいのだ。それだけで、キラは自分に対しまた心を開いてくれる。
「……それができれば、こんな苦労はしない……」
 同胞にだってキラの側にいるだけでも気に入らない……と思ってしまうのに、ナチュラルであればなおさらだ。
 ナチュラルが母を殺した。
 そんなナチュラル――と言っても、ご両親であれば別だ――をキラの側に置いておきたくない。
 しかし、それではキラがいつまで経っても自分に笑いかけてくれることはないだろう。
 では、どうすればいいのか。
 結局、問題はここに戻ってしまう。
 いつまで経っても道が見えない堂々巡りの思考を抱えながら、アスランは再び意識をモニターへと戻した。
 そこでは、誰よりも大切な存在が、認めがたい相手に素直に甘えている様子が映し出されている。
 バルトフェルドの話や、これ以前の映像からすれば、こうなるまでにもかなりの葛藤があったらしい。それでもキラは全てを受け止めてきたのだ。
 だからこそ乗り越えられてきた壁がある、と言うことも理解は出来る。
 それでも、認めたくないのだ。
 あるいは、これは幼い子供が見せる独占欲と同じものなのかもしれない。
 自分が知らないところで、誰かと仲良くなっているという事実が気に入らないのかもしれない。
 それでも、自分はキラを失いたくないのだ。
 誰に何と言われようとも、キラを独占したいのだ。
 昔のように、お互いの存在だけで世界が完結できればいいのに。
 そうすれば、幸せだったのだから……と。
 だが、それではいけないのではないか……と囁く声もアスランの中に生まれていた。だが、彼は必死にそれを押し殺そうとする。
 認めてしまえば、自分が今まで抱いてきた全てを否定することになる、とわかっているのだ。それでは、何のためにキラを傷つけてまで自分の考えを押しつけようとしたのか、その行動までもが覆されてしまう。
 いや、自分の足下すら危うくなってしまうのではないだろうか。
 それなのに、どうしてもあの囁きを消すことが出来ない。その事実に、アスランは唇を咬んだ。
 そんな彼の様子を、バルトフェルドが冷静に観察をしている。
 だが、そんな彼のまなざしすら、今のアスランは気づくだけの余裕を持っていない。
 ただひたすら、自分の中の囁きを打ち消すことにだけ集中をしていたのだった――もっとも、それは無駄な努力なのかもしれなかったが……――




ようやく、アスランの心情に揺らぎが出てきましたね。さて、これがどちらに転ぶか……しかし、ここまでも長かった……