ニコルがダコスタと戻ってきたのはそれからしばらく経ってからのことだ。先ほどまで大立ち回りをしていた二人に冷却剤を渡した後で、ダコスタはバルトフェルドの側まで歩み寄ってくる。
「用意はしてまいりましたが……」
 こう言いながら、彼はバルトフェルドに向かって一枚のディスクを差し出す。
「あぁ、ありがとう。だが、これの存在はあくまでも彼女たちには内密にな」
「わかっています。アイシャ様はもちろん、彼女にも殺されかねません」
 受け取りながら口にしたセリフに、彼はバルトフェルドが求めている言葉を的確に口にする。こう言うところも、バルトフェルドが彼を気に入っている理由だ。
「……バルトフェルド隊長、それは、キラ達に関係しているものですか?」
 イザークがこう問いかけてくる。その察しの良さに、バルトフェルドは説明の手間が省けた、と思う。同時に、この察しの良さは彼が周囲に目を配り始めている証拠だとも。
 それも、キラが来てからだろうか。
「大当たり。ただし、本人達にはこれの存在を教えていない」
 だから、君たちも決して口にしないように……とバルトフェルドは言外に付け加える。
「盗撮、って事ですか?」
 ディアッカの率直な言葉に、バルトフェルドは苦笑を口元に刻んだ。
「もう少し言葉を選んでくれると嬉しいんだがね。まぁ、言い逃れは出来ないが……一部だけだよ」
 後は、あちらから渡されていたものだ……と口にすれば、即座に四人の視線が彼が玩んでいるそれに集中をする。
 もっとも、彼らの視線はそれぞれが違った意味を含ませていた。
 驚愕と嫌悪、感嘆と反発。
 大別するとそうなるのだろうか、とバルトフェルドは思う。
「あちらと言いますと……足つき、でしょうか」
 ニコルがおそるおそると言った様子で問いかけてくる。
「そうだ。エンデュミオンの鷹殿がね、万が一の時に少しでもフォローになれば……と言って預けていってくれたものも含まれている」
 彼女たちが戦争に巻き込まれる状況も、だ……とバルトフェルドは口にしながら、四人をゆっくりと見回した。彼らがどのような反応を返すのか、確認したかったという理由の他に、この事実を突きつけられた時にどのような判断を下すのかを見たいのだ。それによって、今後の行動を制限させて貰おうとも。
「もちろん、彼らはその行動が軍規違反だとわかっていた。表沙汰になれば、いくら英雄殿でも、ただではすまないと。だがそれ以上に彼らは《キラ・ヤマト》を護りたかった。そして、彼女に生きていて欲しいと願ったのだよ」
 だから、自分たちを信頼して預けてくれたのだ……とバルトフェルドは口にした。
「それは、我々がコーディネイターだからではなく、人間として信頼してもらえた証拠ではないかな?」
 バルトフェルドの言葉に、イザークやディアッカはさもありなんと言う表情を作る。彼ら二人もムウ・ラ・フラガとは会話を交わすなどの交友があったのだ。そこで見知った彼の人となりから判断して、当然だろうと思ったのだろう。
 ニコルは非常に複雑な表情を作っている。どう判断すべきかの材料が足りないと言うことなのだろう。その慎重さは好意がもてる。
 だが、アスランは……
 あからさまな嫌悪と共に、バルトフェルドの手の中にあるそれを睨み付けていた。出来ることならば、今すぐにでもそれを壊したいと思っているらしい。もっとも、バルトフェルド相手にそれができないことはわかっているのだろう。行動に移す様子はない。
「これを見れば、あるいは君たちは自分が知らずに犯した《罪》を突きつけられることになるかもしれない。だが、それが彼女の現状と表裏一体である以上、仕方がないことだな」
 さて、これがどちらに転ぶか。そう思いながら、バルトフェルドは立ち上がる。そして、手の中のディスクを再生するためにモニターへと向かった。

 点滴が終わったのを確認して、フレイはキラの腕からそうっと針を抜いた。
 ここに来てから、もう数え切れないくらいドクターの手伝いをしているせいで、眠っているキラを起こすようなことはない。
 だが、その事実が逆にフレイには悲しかった。
「……どうして、キラばっかり……」
 辛い目に遭うのだろう、と言う言葉をフレイは辛うじて飲み込む。今は眠っているとは言え、この言葉がキラに悪影響を与えないとは言い切れないのだ。
「でも、だからこそアナタも彼女も知ることが出来た事実があるし、出逢えた人たちもいるでしょ? 今はマイナスに見えても、これからの生活でそれをプラスに変えていけるわ」
 柔らかな声でアイシャが言葉をかけてくれる。
 幼い頃に死に別れてしまったせいではっきりとした記憶として残っていないのだが、母親はこういう人だったような気がする、とフレイは心の中で呟く。もっとも、そんなことを当人に言えば、申し訳ないだろうが……と。自分のような大きな子供を持っているような年齢に見えないのだ、彼女は。
「そう、ですね……いっそ、看護士の資格でも取ってしまえばいいのかもしれないですし……」
 そうすれば、キラの側でずっと面倒を見て上げられるから……とフレイは口にする。
「それはいい考えかもしれないわね」
 少なくとも、そういう前向きの考えはキラにもいい影響を与えるに決まっている、とアイシャに言われて、フレイは嬉しくなった。
「それについては、私も手助けして上げられるだろうしね」
 さらに、キラの様子を見に来たらしいドクターもこう声をかけてくれる。
「コーディネイターだろうとナチュラルだろうと、基本的には何も変わらない。まぁ、コーディネイターの方がかなり頑丈だからね。多少の無理は利くが……今のキラ君はナチュラルよりも弱っているからね」
 彼女の面倒を見ているだけで、十分に、実習になるだろう……と彼は太鼓判を押してくれた。
「いずれ、二つの種族がここにいる者たちのように共に暮らせるようになるかもしれないしね」
 その時のために……と彼はいいながら、フレイの肩を軽く叩いてくれる。
「お願いします」
 コーディネイターになんて、絶対頭を下げない。
 そう思っていた自分は、今はもう百年以上も昔だったように感じられる。
 しかし、思い起こしてみれば、まだ半年も過ぎていないのではないだろうか。
 そんな短時間で、それ以前の思考を自分にスレさせたのは、間違いなく《キラ》だろう。彼女の真っ直ぐな瞳と性格が、自分の中にあった頑な壁を打ち壊してくれたのだ。
 だからこそ、余計に頭に来るのはアスランの存在である。
「……キラのために何でもしてやりたいって、みんな思うのに……どうしてあの男は……」
 キラの言葉にすら耳を貸さないのだろう、とフレイは思う。
「彼か……」
 フレイの言葉が誰のことを指しているのかドクターにもわかったのだろうか。彼は盛大に顔をしかめた。
「……もし、明日以降も彼がこの基地に残るようであれば、面会謝絶を医師として言い渡すしかないだろうな」
 もっとも、今日の様子ではそれを彼が大人しく護ってくれるかどうか、わからない……と彼はこぼす。
「それこそ、今、彼らを説得しているはずのアンディに期待するしかないわね」
 それができないようなら、しばらく触れさせないから……とアイシャはさりげなく付け加える。それが脅しになるのは、やはり彼らが大人の関係だからなのだろうか、とフレイは思ってしまった。同時に、自分の頬が熱くなるのを感じてしまう。
「あらあら……フレイちゃんにはまだ早い話題だったわね」
 くすくすとアイシャが笑いながら声をかけてくる。
「でも、そのうちアナタにもキラちゃんにもわかるわ」
 そのくらいしたたかでないと、男には逃げられるもの……と付け加えるアイシャに、
「アイシャ様……お願いですから、そういうことは私のいないところでやってください」
 とドクターが苦笑混じりに言葉を返す。
「だって。また後でね」
 キラちゃんも交えて、女だけでね……というアイシャに、フレイはしっかりと頷き返した。そういう会話が、キラの心を少しでも軽くしてくれるのではないか、と期待しているからだ。
「楽しみにしています」
 だから、いろいろと教えてくださいね。
 フレイの言葉に、彼女は笑みを深めることで答えてくれた。




フラガさん達の心遣いでしょうね、これは……しかし女性陣が出てくると、余計なシーンに行ってしまうのは何故でしょうねぇ(苦笑)