「アスラン、貴様!」
 ドアの外からでもアスランのセリフはしっかりとイザークの耳に届いた。
 つまり、キラの訴えも彼の耳には入っていなかったと言うことなのか。
 キラの方は、あんなに自分を責めているというのに……
 そして、責められるべきなのは彼女ではないはずなのだ。
 だが、キラは全てを自分の責任だ、とあの弱った体の中にため込んでいる。そして、その事実がさらに彼女の体を弱らせているのではないだろうか。
 その事実を、幼なじみであれば気づいていて当然だろうと思う。と言うより、そんなキラの性格を知っていて、さらに……という態度がアスランから感じられるのはイザークだけではないだろう。
 だから、だ。
 室内に入ると同時に、アスランに殴りかかったのは。
 その行動を予想していなかったのだろう。アスランはイザークの拳を避けることが出来なかった。
「貴様が一番、キラを悲しませているんじゃないのか!」
 床に倒れ込んだアスランを睨み付けながら、イザークはこう怒鳴る。
 殴られた拍子に唇が切れてしまったのだろう。アスランは手の甲で血をぬぐう。そして、そのまま立ち上がった。
「お前に、何がわかる!」
 何の予備動作もなく、アスランはイザークに蹴りを入れてくる。
 ある程度予想していた反撃ではあったが、だがその蹴りの鋭さにイザークは完全に避けることが出来なかった。そのまま、入口近くまで飛ばされてしまう。
「キラは、あいつらに騙されているだけだ! だから、あいつらと引き離そうとして、何が悪い!」
 この言葉の裏に、アスランの《キラは自分のもの》と言う感情が見え隠れしていた。
 しかし、それを認められるわけがないだろう。
「それは、貴様が真実を見ようとしないからだろうが! キラの言葉さえ、貴様の耳には届いていないのだろうが!」
 キラにとっては、ナチュラルだって大切な《友人》なのだ。そして、コーディネイターも同様だと言える。だからこそ、どんなに反発していた者たちも最終的には彼女に引き付けられるのだ。
「何故、自分だけが正しいと言い切れる!」
 自分のしてきたことを振り返ってみろ、と付け加えながら、イザークは遠慮なくアスランの下半身へと蹴りを入れる。もっちも、これはあらかじめ避けられることは予想していた。アスランが予想通り蹴りを避け、そして体勢を整えようとした瞬間を狙って、そのままイザークは彼の脳天へとかかとを落とす。
「ぐっ……」
 予想はしていたのだろうが、まさかこのタイミングで……とは思っていなかったのだろう。アスランは大きくバランスを崩した。それを見逃すことなく、イザークはさらに攻撃を繰り出す。
「……お前こそ、奴らに懐柔されたのか!」
 だが、さすがはアカデミーのトップ……と言うべきだろうか。
 今度はそれを避けると、アスランもまた反撃をしてくる。
「ナチュラルを一番侮蔑していたのは、お前だろうが!」
 その存在すら無視していただろうとアスランは叫ぶ。
「キラの存在すらも否定しようとしている貴様よりもマシだ!」
 無視していたのは、何も知らなかったからだ。実際に目の前でその存在を見ていたからこそ、自分はこうして考えを改めたんだろうが……とイザークは言い返す。
 だが、アスランは違う。
 ナチュラルを身近に感じ、そして、キラの気持ちを知っていながらも、自分が共有できなかった時間を全て彼女から奪い取ろうとしている。それが認められるか、とイザークは相手を睨み付ける。
「自分の罪から、単に逃れたいだけだろうが、貴様は!」
 民間人がいると知りながら、足つきに攻撃を加えていた。
 キラが乗っていることを誰にも伝えようとしなかった――あるいは、誰かが握りつぶしたのかもしれないが、それでも一言ぐらい示唆してさえくれれば、こちらもそれなりの対処が取れただろう。そして、キラもあれほどまで追いつめられることはなかったはずだ。
「俺の罪?」
「しらばっくれるのもいい加減にしろ!」
 それとも、本気で自覚をしていないのか、この男は……とイザークは心の中で吐き出す。
「貴様が一言、俺達に『足つきに民間人が乗っている』と言えば、他に対処方法もあったんだ!」
 結局、貴様は誰も信じていなかった……と言うことだろう! とイザークはさらに付け加える。
「それがどうした!」
 だが、アスランは少しもひるむ様子を見せない。
「大切なのは、今も昔も《キラ》だけだ!」
 他の奴らなんて知らない……とアスランは叫び返す。
「それなのに、脇から出てきて、俺からキラを取り上げようなんて、認められるか!」
 そのまま二人が振り上げた拳は、お互いのみぞおちへと食い込んだ。
「ディアッカ!」
 いい加減、止めてください……と言うニコルの声をイザークはその時初めて認識することが出来た。自分一人では無理だ、と付け加える彼に
「とことんまでやらせた方がいいんだろうがな」
 ディアッカがこう言い返している。
「ですが……バルトフェルド隊長?」
 ニコルが不意に驚愕の声を上げた。その理由を確かめようとした瞬間、大きな体が二人の間に割って入ってきた。
「そこまでだ」
 そして、低い声が彼らの耳に届く。
「……バルトフェルド隊長……お言葉ですが……」
 どう考えても、アスランが納得したとは思えない。いや、まったく主張を変えているようには感じられないのだ。
 それなのに、どうして彼は止めるのだろうか……とイザークは思う。
「でなければ、今後の執務に支障が出そうだからね」
 周囲を見たまえ……と言う指摘に、イザークは改めて視線を流す。そうすれば、無事なのは壁に取り付けられた書棚と、窓の前にある彼のディスクだけだ……と言うことがわかった。それ以外のものは破壊されていないまでも、元あった場所とはかけ離れた場所に転がっている。
「それに、多少は本音を吐き出せただろう? これ以上、その綺麗な顔に傷が付けば、明日までに痣が消えなくなる。そうすれば、キラ君がまたいらぬことを考えてしまうのではないかな?」
 違うかね……とバルトフェルドが口にした瞬間、イザークだけではなくアスランも頷いてしまう。次の瞬間、彼らがそろって嫌そうな表情を作ったのは言うまでもないであろう。
「もっとも、今の君たちの姿を見れば、大概の女性は呆れるだろうが……キラ君がそういう人種でなかったことを感謝するんだね。と言っても、その姿で行く気にはならないだろうが」
 栄光の紅服が台無しだろう……と言う言葉も甘んじて受けなければならない様相だ、と言うことは確認しなくてもわかってしまった。
「と言うわけで、大至急、冷やした方がいいな」
 ついでに、頭に上った血も下げろ、と彼は口にする。
「僕が……」
 ニコルが即座に行動を開始しようとした。
「ダコスタ君に声をかけてくれたまえ。そうすれば、大至急準備してくれるだろう」
 それまでは後かたづけをしてもらおうか……とバルトフェルドは残りの者たちを睨み付ける。これに逆らえる者がどれだけいるだろうか。キラのことが関わっていないからだろう。アスランですら素直に後かたづけをし始める。
 それを横目に見ながら、イザークもまた痛み始めた体を誤魔化しつついすを起こした。
 しかし、と思う。
 一体あの石頭にどうすればひびを入れられるのか。
「……キラの友人だけでも認めればいいものを……」
 そうすれば、キラが悲しむことだけはないはずなのに……と呟く。
 この呟きがアスランに届いたかどうか……それはわからなかった。




ようやく、直接対決まで……後はアスランが大人しくしてくれればいいのですが……無理だろうなぁ。まだ一波乱あるのだろうか、と不安になっています(^_^;