「あら……どうしたの?」
 声をかけられて、イザークは視線をあげる。そうすれば、アイシャがいつもの柔らかな笑みを浮かべているのが見えた。
「何が、でしょうか」
 と言うことはアスランの件は片が付いたのだろうか。それとも、バルトフェルドがキラの容態を知りたがったのか。
 おそらく後者だろうと思いながら、イザークは聞き返す。
「てっきり、中にいるものだと思ったけど?」
 予想通りのセリフを彼女は口にしてきた。
「診察中ですので、ドクターに追い出されました」
 フレイ相手ならば適当に誤魔化すようなことも、彼女相手では素直に口に出すことが出来る。と言うよりも、アイシャ相手では隠し立てしない方がいいのではないか、と判断してのことだ。
「まぁ……当然の判断ね。キラちゃんは今、女の子だし」
 本人もそろそろ羞恥心が目覚め始めているもの……とアイシャは微笑む。
「気がついたら呼んでもらえることにはなっているのですが……」
 声がかからないと言うことは、まだ意識が戻っていないのか、とイザークは眉をひそめる。
「それとも、気がついてもまだ診察が終わっていない、と言う可能性もあるわね」
 だから、遠慮して貰っているのかもしれないわよ……と笑いながら言われて、イザークは困ったような表情を作った。からかわれていると思ったのだ。
「別段、からかっているわけじゃないわよ。キラちゃんのために一番いい方法は何かを考えているだけ」
 そんなイザークの内心を読みとったかのように、アイシャはさらに笑みを深めるとこう言ってくる。その瞬間、イザークはやはり彼女にはかなわないのだ、と理解をした。
 これは積み重ねてきた経験の差なのか、それとも、見つめてきた視野の差なのだろうか。そのどちらなのかはわからないが、だが、どちらにしても自分も見習わなければならないだろうとは思う。何よりも、これから《キラ》を守っていこうというのであれば、なおさらだ、と。
「では、よろしければ中に入って、キラの様子を見てきてくださいませんか? フレイに頼んだのですが、あいつは出てきそうもないので」
 そういう彼女だからこそ、あるいはこうやって水を向けなれば、自分に付き合っていつまでも中に入らないのではないか。そう判断して、イザークはこう口にした。
「わかったわ。でないと、ドアを蹴破ってしまいそうだものね」
 それは貴方だろう……とイザークは思う。しかし、それが自分の気持ちを察してのセリフであるのであれば、迂闊に口答えも出来ないのではないか、と彼は判断をした。
「バルトフェルド隊長に怒られることだけはしたくありませんから」
 だから、苦笑を浮かべるとこれだけを口にする。
「その程度では怒らないと思うけど……キラちゃんを泣かせれば、間違いなく怒り狂うわね、あの人」
 本当の娘のように思っているから、と付け加えながら、彼女は軽やかな動きでドアを開け中へと滑り込んでいく。
「と言うことは、あいつは今、大変な目に遭っているというわけだ」
 自分の代わりにディアッカがぶん殴らなかった、としても、バルトフェルドの怒りを真っ正面から向けられることは間違いないだろう。はっきり言って、それと同等の恐怖を感じさせられたのは、ストライクとの戦闘の時だけだ。
 しかし、キラもまた同じような恐怖を感じていた、と言う。
 いや、彼女の言葉を信じないわけではないが、イザークは決して同じだったとは思っていない。訓練を受けていない民間人だった《キラ》の方が、より強い恐怖を感じていたのではないか、と考えてしまうのだ。
 それと同じ思いをアスランは味わうことになるのではないか。
「もっとも、それで懲りるような相手ではないだろうが」
 あるいは、それすらも不当だと言い出しかねない、とイザークは思う。
「それを耳にして……キラが悲しまなければいいんだが……」
 かといって、あの男が自分の言葉に耳を貸すはずがない。
 こうなれば本気でバルトフェルドに期待するしかないのだろうか……と考えながら、イザークは再びドアに背を預けた。

「……さて……と」
 執務室のドアを閉めた瞬間、バルトフェルドはアスランを睨み付ける。
「本来であれば、君の釈明を聞くのが先なのだろうが……」
 だが、それよりも先にしておきたいことがある……と言う言葉と共にバルトフェルドは予備動作もなく彼を殴りつけた。当然のように、彼はそのまま部屋の隅まで飛んでいく。
「とりあえず、これでアイシャとの約束は果たせた、と言うことだな」
 本来であればこの程度で納得できるわけではないが……とバルトフェルドは心の中で呟いた。
「バルトフェルド隊長!」
 まさか、彼がこんな行動に出るとは思わなかったのだろう。ニコルが驚いたように――あるいはとがめるように――彼の名を口にする。
「ニコル! あれは当然の行為だ」
 しかし、そんなニコルをディアッカが押しとどめた。
「それだけのことを、アスランはやったんだよ。ここに来てからだけじゃなく、ヘリオポリスでの作戦が終了したときからな」
 そいつは、全部知っていやがったんだよ、とディアッカは彼に向かって説明の言葉を口にし始める。
「キラがストライクに乗せられていたことも、足つきに、多数の民間人が保護されていたこともな」
 そして、俺達が民間人までも殺しかけたという事実を……と吐き出すように口にした瞬間、ニコルは信じられないと言う表情をアスランへと向けた。
「そう、なんですか?」
 この言葉の裏には、彼に限ってそんなことをするはずがない、と言うニコルの思いが如実に表れている。
「なら、キラはどうする? あいつは……間違いなくあの時点まで、ただのカレッジの学生だったそうだぞ」
 そして、キラはあの戦いの中でアスランと何度も会話を交わしたのだとディアッカはニコルに告げた。
「そう考えれば腑に落ちることもあるんじゃないのか?」
 アスランの命令違反の理由とかな……と付け加えられればニコルにも思い当たる節があるようだ。そのまなざしが微妙に変化をする。
「アスラン」
「あぁ……知っていたさ……だけど、何と言えばいい? それに、最高評議会の決定は足つきの撃破、だった」
 自棄になったかのように、アスランがこう口にした。
「キラだけなら、何とでも出来たかもしれないがな。あいつはラクスを助けてくれたし……それに、あいつらにいいように思考を誘導されていたようだしな」
 その結果、キラがナチュラルを守るようになったのだ……とアスランは吐き出すように口に言葉を吐き出す。
「……そんな……」
 この言葉に、ニコルが衝撃を隠せない、と言うように呟く。
「結局、こいつは俺達の中の誰も信用していないって事だよ」
 例え最高評議会が何と言おうと、一言打ち明けてくれればよかったのだ。ディアッカが気に入らないという表情を隠さずにこう告げる。
「それに……何処で握りつぶされたかは知らないが……最高評議会の方々の中にも、足つきに民間人が乗り込んでいた、と言う事実を知らない方もいらっしゃるという話だ」
 少なくとも、自分の父親は知らなかった……とディアッカはさらに付け加えた。
「それとこれとは関係ないだろう!」
 アスランは怒鳴るようにこう口にする。
「あいつが、同胞を裏切るような真似を強要されていたのは事実だ」
 それも、ナチュラルのせいで……と。
「同胞ね」
 今まで黙っていたバルトフェルドが口を挟む。
「確かに《コーディネイター》も彼にとっては同胞だ。だが、ナチュラル達だってキラ君にとっては《同胞》だったという事実を忘れるんじゃない」
 そんな彼らを裏切れなかった彼女の気持ちもわかるだろう、とバルトフェルドはアスランを冷たいまなざしで見つめた。
「あいつらがキラの同胞であるわけがないでしょうが!」
 しかし、アスランはそんな彼の言葉に納得をする様子を見せない。
「では君は、彼女のご両親も含めた方々に、同じ国の人々からつまはじきにされろ、と言うのかな? そして、そうなった場合、どう責任を取るつもりだったのか」
 きっちりと説明して貰おう。バルトフェルドはアスランにこう詰め寄った。




イザーク側の話とバルトフェルド達の会話ですね。今回も言わせたいセリフが入っています。虎さん、やっぱり好きだわ(^_^;
と言うわけで、ここからが書きたかったシーンです。えぇ、シリアスにすると決めた瞬間から(^_^;