「ドクター!」
 イザークが叫びながら医務室へと飛び込む。
「こちらに」
 イザークの声が耳に届いていたのだろう。ドクターは即座にベッドを指さした。その周囲には既に必要だと思われる機材が設置されている。
 その事実に微かに安堵しながら、イザークは指定されたベッドへとキラを下ろした。
「微熱があります」
 それに精神的な衝撃が大きかったのではないか……とイザークは彼に告げる。
「……というと?」
 出来るだけ情報を集めておきたい、と言うことか。彼はこう問いかけてきた。
「詳しい話はわからないが……かなりショックなセリフを投げつけられたらしい」
 キラがあんなに大きな声で相手を否定するのを始めて聞いた……とイザークは付け加える。
「そうですか。その点は、隊長の立ち会いの下でじっくりと相手に確認させて頂きましょう。しかし……普通であれば、大声を出せるようになったことは喜ばしいことことなのでしょうが……」
 今はそういえない……とドクターはいいながら、てきぱきと診断を始める。だが、その手が不意に止まった。
「イザーク・ジュール」
 そして視線を向けることなく、彼はイザークの名を呼ぶ。
「何でしょうか」
 手伝えることがあるのかとイザークは心の中で付け加えた。
「君が彼女を心配しているのはわかる。側にいたいという気持ちも理解できないわけではないが……」
 何やら一瞬ためらうようにドクターは言葉を切る。だが、次の瞬間、きっぱりとした口調で言葉を口にした。
「今は出て行きたまえ」
 それは、彼のセリフはイザークが予想していたものではなかった。
「何故、でしょうか」
 思わず、イザークはこう問いかけてしまう。
「君は……彼女が自分の肌を見られて喜ぶと思うかね?」
 心音等を確認するのに、胸をはだけさせなければならない。だが、恋人でも肉親でもないイザークに、そんな彼女の胸を見せたくないのだ……とドクターは告げる。さすがに、ここまで言われてしまえばイザークだってわからないわけがない。
「申し訳ありません。ドアのところで控えています」
 微かに頬を赤らめるとこう口にする。そして、そのままイザークはドアの外へと足を向けた。その足取りは、入ってきたときに比べると弱々しいとしか言いようがないものである。
「診察が終わったら声をかける」
 そんなイザークに同情をしたのだろうか。ドクターはこう言ってくれた。
「お願いします……あぁ、あの二人が来た場合は入れてよろしいのですか?」
 彼女たちであれば、すぐに追いかけてくるだろう。そう判断して、確認を求めれば、
「もちろんだ。入れなければ、それこそ一悶着あるだろうからね」
 とドクターが苦笑混じりに言葉を返してくる。どうやら、彼もその状況が簡単に想像できたらしい。それも無理はないだろう。実際、フレイがキラを守ろうとする態度を一番よく知っているのは彼なのだから。
「では」
 失礼します……と言う言葉と共にイザークは廊下へと出る。そして、自分の背後でドアを閉めた。
「……悪影響が……ないわけはないか」
 キラがアスランを信頼していた、というのは薄々察していた。あんな、ある意味彼に見捨てられたような状況にあったにもかかわらずに、だ。
 それとも、自分たちが知らないところで何かあったのだろうか……とイザークは眉を寄せる。だとしたら、ますますアスランが許せない、と思いながら、彼はそのまま背中をドアに預けた。
 その時だ。
 盛大に足音を響かせながら、誰かがこちらに向かってくる。医務室の前でのその不作法さに眉間にしわを寄せながら視線を向ければ、相手がフレイだとわかる。
 彼女の方もイザークに気がついたのだろう。
「キラは!」
 そのまま彼の側に駆け寄るとこう問いかけてくる。そんな彼女の息がかなり荒くなっていることにイザークは気づいた。だが、すぐに当然かもしれない、と思い直す。キラに付き添っていた彼女は、ここしばらくそんな激しい運動をしたことがないはずなのだ。だから、足音が荒くなったとしても仕方がないことだ、と。
「診察中だ。女性の肌を見るのはさすがにはばかられる、と言う理由で俺はここの護衛をしている。お前に関しては入ってかまわないそうだ」
 ただし、静かにな……と付け加えると、フレイは小さく頷いてみせる。どうやら、自分の息がかなり荒くなっている事実を彼女なりに気にしているらしい。
「早く行け。キラの意識が戻っていたら、絶対にお前に側にて欲しいと思うぞ」
 微かに笑いを滲ませながら、イザークは彼女に言葉をかける。
「わかっているわよ。今、あの色黒金髪からの伝言を思い出しただけ」
 あんたに伝えないうちにキラの所に行くわけにはいかない、と、彼女は主張をした。
 色黒金髪、というのは間違いなくディアッカのことだろう。彼女らしい表現に、イザークは口元に微かに笑みを刻む。
「あんたの分も、あいつをぶん殴っておく。そう言ってたわ」
 キラの側に行けば、話をする機会がなくなるかもしれないから……とフレイは付け加えた。
「そうか」
 ディアッカなら、間違いなくそうしてくれるだろう。
 同時に、自分がアスランに対する過剰なまでの復讐心を牽制する意味合いもあるのだろう……とイザークは判断をする。
「なら、それに関してはあいつに任せておけばいいか。どうせ、バルトフェルド隊長も同じ事をされるだろうしな」
「そうね」
 フレイもその言葉に納得したのだろう。小さく頷くとそのまま医務室の中に入っていった。
「……こう言うときは、あいつが、少しうらやましいな」
 自分が女であれば、こう言うときも側にいられたかもしれない。
 だが、それでは彼女と出会うことがなかったのではないか。
「そう考えれば、本当に世の中、というのは上手く行かないものだな」
 好きになった相手は、かつて何よりも憎んでいた相手で……しかも、その原因を作ったのは自分たちだった。
 まさしく、卵が先か、それとも鶏が先か……という状況だ、としか言いようがない。
 だが、それも打開策があったはずだったのだ。
 アスランさえ、自分たちに真実を打ち明けてくれれば……
 確かに、一方的に彼を敵対視していた記憶はある。だが、任務となれば、私情を抑えることも出来た、とイザークは思っていた。それが民間人の命に関わることであれば、なおさらだ、と。
「今はもう……あんなセリフも言えないか」
 ヘリオポリス攻撃の際、自分が口にしたあのセリフ。
 今では、あれがどれだけ愚かなものかもわかってしまった。数少ないとは言え、同じ時間を過ごしたナチュラル達がそれを教えてくれたのだ。そして、彼らも自分たち――その主たる者は、間違いなく《キラ》だろう――からそれを学んだはず。
 では、何故戦争が起きたのか。
 一人一人は分かり合えても、国と国では難しい、と言うことか。
 それとも……
 イザークの中に、答えをすぐには見つけられない疑問が生まれた。



イザーク考え込んでいますね。さて、これがどちらに転ぶか……でも、イザークは王子様ですからね、この話(^_^;