「キラ!」
 建物の中からイザークが飛び出してきた。その腕の中にぐったりとした姿を見つけて、フレイは叫ぶ。
「ドクターの所だ。お前も追いかけろ」
 そんな彼女の肩を二人の後を追いかけるように建物から出てきたディアッカが叩く。
「その方が、キラも安心できるんじゃないか?」
 この言葉に、フレイは一瞬考え込んでしまう。
 キラを連れ出したあの男を今すぐひっぱたいて罵詈雑言を浴びせかけたいのは本音だ。だが、それ以上にキラが心配だと言うこともフレイにとっては真実。その二つを天秤にかけて、結局キラの方が重かった。
「わかったわ……でも、私の代わりにぶん殴っておいてってアイシャさんに伝えてくれる?」
 彼女なら、自分の気持ちをくみ取ってくれるだろう。そう思って彼に伝言を頼む。
「了解。ついでに、イザークにあいつの分もぶん殴っておく……といっといてくれ」
 あいつもキラの方に付いていたいだろうからな……とディアッカは付け加える。だが、その言葉の裏に『殺傷沙汰になってはまずい』と言う言葉が隠されているような気がするのは、フレイの錯覚だろうか。
「わかったわ」
 だが、それを追及している時間も惜しい。そう判断してフレイは引き受ける。かれに伝言を頼んだのだから、自分も引き受けるのは当然だろうと思ったのだ。
 そしてそれ以上の興味を失った……というようにきびすを返すと、フレイは駆け出した。
「キラ……」
 ともかく、生きていて……とフレイは祈るように呟く。
 彼女が生きてくれていることが、自分が犯した罪を償う機会を与えてくれるのだから、と。
 だが、いつまで経ってもイザークに追いつけない。彼はキラを抱きかかえているというのに、どうしてなのだろう、と思う。
 コーディネイターとナチュラルだからか……と思いかけて、フレイはそれを打ち消した。そう言ってしまえば、何も知らないでキラを憎んでいた頃の自分と同じになってしまう、と気づいてしまったからだ。
「恋する男は強い、って事かしら」
 その代わりというようにこう呟く。
 キラを殺したくないのはイザークも同じなのだ。そして、そのために彼は細心の注意を払ってキラに接してくれていた。
 いや、キラだけにではない。
 アイシャはもちろん、自分にも不器用ながら誠実に接してくれた。あれだけイヤミや嫌がらせをしていたにもかかわらずに、だ。
 だから、気に入らないとは思いながらも、彼がキラに近づくのを許していたのだ。
 しかし、アスランは違う。
 あの男は自分に対する侮蔑をまったく隠そうとしないのだ。しかも、出来ることであれば、自分だけではなくキラの側にいる者全てを排除したいと思っていることがしっかりと伝わってきていた。
「あいつはだめ……あいつは、キラの心を殺しちゃうもの」
 地球に来る前の自分たちがそうだったように、とフレイは呟く。自分たちに都合がいい枠にキラを押し込めようとしてしまって……と。
 だから、あの頃のキラは次第に笑みを忘れていった。
 あの頃のキラは、全てを諦めたようなまなざしをしていた。
 ようやく、平和だった頃のように――だが、どこか寂しそうなのは相変わらずだが――笑ってくれるようになったのに……と。
「だから、あいつにだけは絶対渡さない」
 その前に、キラの容態を好転させるのが先決だ。フレイが心の中でこう呟いたときだ。目の端で深紅の裾が揺らめいていることに気づく。ここでその色をまとっているのは片手の指にも足りない。そして、自分の前を移動しているとなれば一人しかいないだろう。
「キラ!」
 ようやく追いついた、と言う事実にフレイは少しだけ安堵をする。これで、キラを一人にするような事態にはならないだろうと思ったのだ。
 そのまま、フレイはさらに足を速める。そして、イザークに続いて建物の中に駆け込んだ。

「……アスラン・ザラ」
 髪の毛一筋ほども銃口を揺らすことなく彼に向けたまま、アイシャは冷たい声でその名を呼んだ。
「貴方、アンディの言葉を軽んじているのかしら?」
 それとも、自分が万能だと思っているのか、と問いかける。
「おっしゃっている意味がわかりませんが?」
 だが、相手も一筋縄ではいかないようだ。しっかりとこう聞き返してくる。その表情からして、彼は自分の行動が悪いと思っていないらしい。
「あら……ザフトの紅服にしてはずいぶんと察しがお悪いこと」
 もっとも、アイシャもしっかりとイヤミ混じりで言い返させて頂いたが。
「キラちゃんの負担になるようなことをすれば、彼女の命に関わるってアンディは言ったはずよね? それなのに、わざわざ私達をおびき出してまで彼女を拉致したのはどうしてかしら?」
 万が一のことがあっても、自分が何とか出来るとでも思っていたの? アイシャはさらに冷たい口調でさらに付け加える。
「あの女をキラの側に置いておく事による悪影響に比べたら、マシだ……と判断しましたが?」
 キラからナチュラルを、足つきの関係者を引き離さなければならないのだ、とアスランは言い切った。
「……あの女というと、フレイちゃんの事かしら?」
 何故、ここまでアスランは彼女を憎むのだろうか。それがわからなくては対処のと利用がないかもしてない、と思ってアイシャは聞き返す。
「そう、あいつ。あいつらがいたから、キラは戦うはめになったんだ。でなければ、俺の隣に帰ってくる機会はあったのに……」
 あいつらがキラを利用したくて、その心を縛ったのだ……とアスランは言い切る。
「キラだって、コーディネイターだ。多少の事実はもみ消せるし……ラクスを助けてくれたのだから、それで相殺できるはずだった、とアスランは口にした。
 そのあたりの事情を、アイシャ達はキラから聞いている。だが、アスランと一緒にいたニコルはその事実を知らなかったのだろう。彼が小さく大気を飲んだのがアイシャにもわかった。
「……まさか、あの方は……」
「詳しいことは後で、だ。ちゃんと説明してやるから」
 真実を問いかける言葉に、ディアッカがこう言い返している。と言うことは、それに関しては彼に任せておいていいだろう、とアイシャは判断をした。どちらの事情も知っている彼ならば、きちんと説明してくれるだろうと。
 では、自分は目の前の相手に集中をすればいい。
「それは、貴方だけの一方的な理由でしょ。キラちゃんの意思はどうなるわけ?」
 キラの様子を見ていれば、彼女が本気で仲間達を守りたいと思っていたことは明白だ。そして、彼女の仲間達も、出来る限り、そんな彼女を守ろうとしていた。
 だからこそ、バルトフェルドも自分も、そんな彼女たちに協力をしようとしたのだ。そして、この隊にいる者たちも今ここに残っている二人のために精一杯の態度で接していたのだ。
「あいつは、今、正常な判断が出来ない状況です。あの女があることないこと、キラに吹き込んでいます」
 だから、彼女はザフトに対し嫌悪感を示すのだろう、とアスランは主張をする。
「それはおかしいわね。なら、あの二人はどうして私達やイザーク君達に信頼を寄せてくれるのかしら?」
 そして、アークエンジェルの者たちは自分たちを信頼して彼女たちを任せてくれたのは何故なのか、とアイシャはさらに言葉を重ねた。
「あいつらにとって、キラに利用価値がなくなったからでしょう?」
 だから、捨てていったのだ……とアスランは言い切る。
「その時の状況を知らないくせに、よく言うわね。ならば、イザーク君だろうとディアッカ君だろうと家の隊のものだろうと好きな相手に聞けばいいわ」
 もっとも、貴方が聞く耳を持たなければ意味がないだろう……とアイシャは付け加えた。
「アイシャ、君はそこまでにしておきなさい」
 その場に、バルトフェルドの声が響く。
「アンディ?」
 一体何故、彼が口を挟んできたのか。アイシャにはすぐに理解が出来ない。しかし、
「そのオコサマについては、後を引き受けよう。君もキラ君の所へ行って様子を見てきなさい」
 そして、後で容態を報告して欲しい……と付け加えられれば、アイシャとしても従わなければいけないだろう。
「わかったわ。後で状況を教えてね」
 この言葉と共に、アイシャは銃口を下げた。



女性陣の行動です。しかし、結局は彼女たちもキラが一番と言うことでしょうか(^_^;