「知らなかったようだから教えてやるよ、キラ」 本当は告げたくなかったのだが……とアスランはため息と共に付け加える。そんなことをすれば、硝子よりももろくなってしまったキラが壊れてしまうかもしれない、と彼なりにためらっていたのだ。 「素直に俺の話に納得してくれれば、最後の情けでこれだけは黙っていてやろうか、と思ったんだがな」 そのくらいの慈悲は、あいつらにかけてやっても良かったんだ、とアスランは心の中で呟く。それでキラが傷つくのはわかっていたから、と。 だが、キラが自分の言葉に耳を貸してくれないのであれば仕方がない。 腕の中の存在が傷ついて壊れてしまっても、自分が元通りになおしてやればいいだろう。母のように永遠に失われてしまったわけではないのだから、とアスランは考えを変えた。 「……アスラン……」 アスランの腕の中でキラが体を震わせる。それは彼自身を怖がっているのだろうか。それとも、これから彼が口にしようとする事実を否定しようとしているのか。そのどちらとも判断が出来ない。 これが、月にいた頃のキラが相手であれば、本の些細な表情の違いから、その考えを読みとることも簡単だったのに、とアスランは唇を咬む。 だが、それもこれまでのこと。 これから再び二人の関係を修復してやればいい。アスランは口元に微笑みを浮かべながらこう心の中で呟いた。 「地球軍はね。キラを洗脳して利用しようって考えていたんだよ。足つきの連中がキラに優しくしていたとしても、それは、キラに逃げられずに連れて行こうって考えたからだ」 でなければ、地球軍の連中がコーディネイターに親切にするわけないだろう? アスランはキラにこう問いかける。同時に、いくらキラが優しくても、この事実を知らされれば考えを改めるだろうとも思っていた。 「アスラン!」 それ以上聞きたくない、と言うようにキラが彼の名を口にする。 「何も知らないくせに!」 「キラ!」 ここまで言っても、キラは考えを変えようとしないのか。 それほどまでにどうしてキラは連中を信じようとするのだろう……と考えた瞬間、アスランは不快な存在を思い出してしまった。 「……あれのせいか……」 あれがキラの側にいるから、キラはまだあいつらのことを切り離すことが出来ないのだろう。 あるいは、自分に対する不信をキラに植え付けようとしているのかもしれない。 その可能性は大いにある、とアスランは思う。あの女は、自分のことを《人殺し》と呼んだのだ。自分の父を殺したのはアスランだと。そんな奴がキラの側にいれば、自分に対する怨嗟をキラにぶつけるのはあり得そうだ。 だが、あれはキラのヘリオポリスからの友人だ、と言うから、優しいキラは遠ざけることが出来ないのだろう。 キラが出来ないなら、自分がやるしかない。 アスランがこう決意をしたときだ。 「アスラン……フレイに、何をする気なの?」 キラがこう問いかけてくる。 「……どうしてこう言うときにだけ気づいてしまうんだろうね、キラは」 気がつかなければ、知らずにすんだのに……とアスランはため息をつく。 「何もしないよ。ただ、彼女には彼女の世界に帰って貰おうか、と思っただけ」 傷つけたりすれば、キラが悲しむからね。こう言えば、キラは安心してくれるだろう。そう思っていたのに。 「アスラン! やめて!」 彼女には手を出すな、とキラは叫ぶ。 「キラ!」 本当に何と言えば理解してくれるのか……とアスランは思う。同時に、ここまでキラの心を掴んでいるあの女が本気で憎いとも。 あれさえいなければ…… しかし、キラのことを考えれば殺すわけにはいかないし……とアスランが脳裏で打開策を考え始めたときだ。 背後のドアが、音を立てて破られた。 「キラ!」 同時に、イザークの声が室内に響き渡る。 「ったく……邪魔な……」 その存在を確認した瞬間、アスランはこう呟いてしまう。同時に、キラの体を守るかのように抱きしめた。 「キラ!」 大切な存在の名を呼びながらイザークは屋内へと踏み込む。その瞬間、アスランがキラの体を抱きしめるのが見えた。 「アスラン! 貴様、キラを殺す気か!」 その仕草は、キラを守ろうとしているようにも思える。だが、キラの体調を考えればそもそも連れ出すべきではないのだ。光の加減かもしれないが、キラの顔色は悪いように感じられる。それが、無理矢理連れ回された影響ではないと誰が言えるだろう。 「俺がキラを殺す? 冗談でもあり得ないな」 イザークに、アスランが思いきり冷たい口調で言葉を返してくる。 「ようやく、俺の側に帰ってきてくれたのに」 その翡翠の瞳が、殺意にも似た冷たい光を帯びているのはイザークの錯覚ではないだろう。 間違いなく、それは恋敵に向けるまなざしだ。 「だが、今のままではキラは死ぬぞ」 しかし、イザークだって負けるわけにはいかない。キラを愛しく思っている気持ちは、アスランに負けるつもりはないからだ。 いや、自分たちが乗り越えてきたものを考えれば、それ以上だと言い切れる。 「……キラが死ぬ? それもあり得ないな。俺が、キラを最高の治療が受けられる場所に連れて行くから」 こんな場末の隊ではなく、本国の……とアスランは言外に付け加える。 「それができるなら……とっくの昔に俺達が手配している!」 出来ないからこそ、ラクスに手を回してまで医師を派遣して貰ったのだ。 「キラは今、ヘリコプターが発進する際のGにも耐えられないんだぞ!」 どうやって移動させるのか、とイザークはアスランに詰め寄る。 「……移動、させられない?」 まさかそこまでキラの体が弱っていた、とは思っていなかったのだろうか。アスランは信じられないと言うように腕の中のキラへと視線を移す。 「女性化したせいで、体調が優れないだけではなかったのか?」 そして、本当に優しげな手つきでその額に張り付いた髪を払ってやっている。 「まぁ、どちらにしても、俺の側にいて貰うけど」 キラさえ手に入れば、他の何もいらないのだ……とアスランは言い切った。 「でも、それはキラちゃんの意思なのかしら?」 アイシャの声が一同の耳に届く。だが、その声がした方向は考えられない場所である。慌てて視線を向ければ、アスランの後頭部に銃口を押し当てている女傑の姿が飛び込んできた。 「ともかく、キラちゃんを離しなさい。早くドクターの所へ運ばないと、また、ベッドに縛り付けられちゃうわ」 せっかく、車いすでお散歩できるところまで回復したのに……といいながら、アイシャは強引にキラからアスランを引きはがす。もっとも、アスランも素直に従ったわけではない。だが、ナチュラルであるはずの彼女に、さすがのアスランも抵抗する隙すら見つけられないのだ。 「イザーク君」 そして、キラを軽々と抱き込むとイザークの名を呼ぶ。 「はい?」 「キラちゃんを連れて行って。アスラン君にはじっくりとお話をさせて貰わないと行けないでしょう? ね?」 アンディ……とアイシャの唇がこの基地の最高責任者の名をつづった。 「もちろんだよ。こちらの指示を無視してくれたことも含めてね」 笑いを滲んでいるはずの声なのに、怒りを感じるのは何故なのか。そう思いながらイザークはアイシャからキラを受け取る。その瞬間、その体が熱を孕んでいることにイザークは気がつく。 「今、ドクターの所へ連れて行ってやる」 気がゆるんだからだろうか。 それともアスランの言動がショックだったのか。 いや、どんな理由にしろ、このまま放って置くわけには行かない。その瞬間、イザークの脳裏からアスランのことなど完全に吹き飛んでいた。 アスランVSイザークになる予定でしたが……アイシャに水を差されました。でも、キラの方が優先だから仕方がないだろう……というイザークはいいかもしれないですね(おい) |