ストライクのパイロットがこの場にいる。先ほど軍医が医務室から出て行った……と言うことは検査の方も終わったのではないか。 そして、アイシャとストライクのパイロットと一緒にやってきた少女もここから出ていったと言うことは、今相手は一人なのだろう。 「……危害さえ加えなければいいんだろう、危害さえ……」 顔を合わせ、罵倒するぐらいはかまわないだろう。いや、そのくらいしてやらなければ、今抱いている怒りは解消されそうにない。そう思いながら、イザークは医務室へと足を踏み込んだ。 「フレイ?」 「ストライクのパイロット!」 二人の言葉が重なる。 だが、次の瞬間、どちらも凍り付いたように動けなくなってしまった。 相手の方は、間違いなく自分が呼びかけたせいだろう……とイザークは思う。まさか、ここに一般の兵士――と言っても、正確に言えば自分は《一般》の兵士ではないのだが――がやってくるとは思っていなかったに決まっている。 だが、イザークの方は事情が違った。 まさか、相手が下着にタオルを羽織っただけの姿だなんて予想もしていなかったのだ。 二人の間に奇妙な沈黙が流れる。 柔らかな曲線を描く体は、間違いなく女性のものだ。と言うことは、目の前の相手は――過去はどうだったのかはわからないが――女性だと言うことだろう。そして、肉親でも恋人でもない女性のこのような姿を見つめるのは、失礼なことだ……という認識はイザークにもある。 それでも、イザークは相手から視線をそらすことができなかった。 「……あ、あの……」 先に行動を起こしたのは相手の方だった。 「先生でしたら、今、出ていらっしゃいますが……」 具合が悪いのでしたら、休んでいらしてください……と言う声も柔らかく耳障りがいい。 しかし、その内容はイザークの精神を逆撫でするのに十分だった。 「お前は!」 言葉と共に、自分が身にまとっていた軍服を脱ぐ。 「そんな格好で、男の前にいるんじゃない!」 このセリフとともに、それを相手めがけて投げつけた。 「……あの……」 その意図がわからなかったのだろう。相手はイザークの制服を手にしたまま呆然とした表情を向けてくる。 「まずはそれを着ろ!」 話はそれからだ……とイザークが付け加えたときだ。 「あら……何の話かしら?」 どこか冷たいとも言える声がイザークの耳に突き刺さる。それに振り向けば、アイシャともう一人、足つきからやってきた少女の姿が見えた。 「あんた! キラに何をしたのよ、この野蛮人!」 少女の叫びが広くはない室内に響き渡る。それがイザークのプライドを傷つけてくれたのは言うまでもないだろう。 「誰が《野蛮人》だ!」 遠慮なく怒鳴り返す。 ザフトのものであればびびるであろうそれも、相手には全く通用しない。 「あんたに決まっているじゃない!」 それどころか、しっかりと反撃をされてしまう。 「女性が一人でいるところに、のこのこと現れて、キラに何をする気だったのよ!」 キラが可愛いからって、早速ナンパしに来たんでしょう……という言葉に、イザークはようやくそう言われても仕方がない状況だったのではないかと思い当たる。だからといって、相手に誤解をされたままというのは思いっきり不本意だ。 「だったら、そんな格好の女を一人きりにしておくな!」 「仕方がないでしょう! みんな、着の身着のままで逃げ出してきたんだもの! あんた達の仲間のせいで、ヘリオポリスから!」 だが、そんなイザークにさらに追い打ちをかける言葉を少女は口にする。 「キラだって……そんなキラが守ってくれなきゃ、みんな……」 「……フレイ……」 さらに続けようとした少女――フレイの言葉をキラがやんわりと押しとどめた。 「その人は何もしてないから……僕に、これを貸してくれようとしたんだよ」 そして、柔らかな微笑みと共に手にしていたイザークの制服をフレイに示す。 「キラ……」 だが、フレイはそんなキラにも怒りの矛先を向ける。 「あんた、今、自分が《女》だってわかってる? ここはアークエンジェルじゃないの! 周りにいるのはみんなコーディネイターでしょう? いくらあんたでも、逃げ切れるとは限らないのよ?」 少佐にも掴まれば逃げられないんだから……といいながら、フレイはキラへと歩み寄っていく。そして、その手からイザークの制服を取り上げた。 「これは返すわ。キラに、あんた達の制服なんて着せられないわよ」 ザフトなんて……と言う彼女の言葉には間違いなく憎しみが感じられる。それだけではない。フレイの言葉からすれば、彼女たちは皆あの時ヘリオポリスにいた、と言うことになるだろう。 「……おい……」 もっと早く話を聞かせろ……とイザークは声をかけようとした。しかし、 「キラ。キラに似合いそうな服を借りてきたわ……向こうで着替えましょう?」 そんな奴放っておいて……といいながら、フレイはキラをイザークの視界から隠すように移動してしまう。 「おい、お前ら!」 人の話を……と言いかけたときだ。 「そこまでよ、ボウヤ。アンディの許可は貰っていないのでしょう?」 何でここにいるのかしら? と微笑みながらアイシャが問いかけてくる。しかし、その瞳は全く微笑んでいない。むしろ怒っていると言った方がいいのではないだろうか。 「……自分は……」 「あの子に話をしたいのは貴方だけではないのよ? でも、今はだめ」 まずは、彼女たちの精神状態を安定させる方が優先だわ……というアイシャは、決して逆らってはいけないと思わせる雰囲気を身にまとっていた。しかし、とイザークは思う。 「ですが……」 「まずは、状況を聞きなさい。アンディが《エンデュミオンの鷹》とにらみ合っているわ。彼が知っていることを聞いて、なおも彼女たちに聞きたいことがあるのなら聞けばいいわ」 だから、さっさと出て行け……とアイシャはイザークに言外に告げる。 「それとも、あの子の着替えを見たいの?」 さらにからかうようにこう言われては、返す言葉も見つけられない。同時に、その方が冷静に話を聞けるのではないか、とイザークも判断したのだ。 「……わかりました……」 それでも、どうしたことかこの場を立ち去りがたいとまで思ってしまう。 思わず、視線をアイシャからキラ達が消えた方向へと移動してしまった。 「……それとも、あの子に一目惚れしたのかしら?」 イザークの耳に、こんなセリフが届く。 「そんなはずはありません!」 反射的に彼女に向かってこう怒鳴り返す。そして、そのままイザークはきびすを返した。 「そんなはずはないと思っても、どうしても否定できない思いというものもあるのよ」 医務室を出て行くイザークの背にアイシャのこんなセリフが届く。それに対し、イザークは言葉を返すことはなかった。 イザークの行動……ですが、なんか論点がずれていますね。自分の感情にも気づいていないようだし(^_^; |