「……アスラン……」
 キラが苦しげな口調で彼の名を口にした。
「どうしたの、キラ?」
 穏やかな口調でこう言葉を返しながら視線を向ければ、その顔色が悪いのがわかる。白皙の額にうっすらと汗が浮かんでいるのが見えた。
 どうやら、これだけの移動でも今のキラには負担に感じられるらしい。
 一体、何処までキラの体は弱くなってしまったのか……とアスランは柳眉を寄せる。話を聞けば、ここに来る前には一度、ストライクで戦闘に参加できるほどだったというのに……と。
 もっとも、その時にはまだ本人が不調を不調として感じていなかったのかもしれないし、また、張りつめた精神がそれだけの行為を可能にさせていたのだろう。
 しかし、この場ではキラは戦闘に関わることはない。
 いや、誰もがキラをそれから遠ざけようとしていた。
 それが、キラの心を戦いから解放し、そして、その結果が今の状況なのだろう。それが悪いとは言わないが……とアスランは小さく舌打ちをする。
「アスラン、お願いだから……」
 そんなアスランの耳に、キラの懇願する声が届く。
「あぁ、ゴメンね、キラ。今、休ませて上げるから」
 今はキラのことを優先に考えよう。アスランはそう思い直す。
 せっかくこの腕の中に取り戻したぬくもりを、自分のせいで失うわけにはいかないのだから……と。
 しかし、迂闊な場所ではキラに納得させる前に見つかってしまうだろう。
「……イージスを持ってくるんだったか……」
 そうすれば、コクピットの中でゆっくりと話をすることも出来ただろうに……とアスランは付け加える。だが、その言葉が耳に届いた瞬間、キラが彼の腕の中でみをこらばらせた。
 どうやら、イージスは――アスランにとってストライクがそうであるように――キラにとって鬼門らしい。
 それも無理はないのだろうが……と思いながらアスランは口を開く。
「大丈夫だよ、キラ。ここには持ってきていないから」
 あそこの中なら快適だと思っただけだ……と付け加えながら、アスランはある建物へと歩み寄っていった。そこは、どうやら今は使われていないらしい。ならば、しばらくは大丈夫だろうと判断したのだ。
 実際、屋内に入ると心地よい空気が彼らの体を包み込む。キラもまた、どこかほっとしたように息をついている。
 だが、このままではキラの体の負担は軽減できないだろう。
 そう考えながら室内を見回せば、小さないすが一つ転がっているのはわかった。アスランはためらうことなくそれに歩み寄っていく。
「ほら、キラ」
 ここに座って……と慎重にアスランはそれにキラを座らせる。
「水を飲むか?」
 そしてこう問いかければ、そのあごが小さく上下をした。それを確認してから、アスランは腰に付けたポシェットから水のパックを取り出す。そして、ふたを開けてからキラへと視線を戻した。
 苦しいのだろうか、キラは服の襟元に手を当てている。
「キラ」
 言葉と共にアスランはそんなキラの口元にパックを近づけてやった。
「……んっ……」
 素直にキラはそれを口に含む。だが、二口ほど飲み込んだだけでキラはもういいという表情を作った。
「……キラ、本当にいいのか?」
 それだけで体に水分が行き渡るとは思えない。それとも、水の清涼感が欲しかっただけなのか。どちらにしてもいい傾向だとはアスランには思えなかった。
「うん。ありがとう」
 だが、キラはもう十分だとアスランに水のパックを返してくる。
「……やっぱり、ナチュラルのせいか……」
 足つきでたった一人のコーディネイター。
 その事実が、キラをこんなにしたのではないか、とアスランは思う。
「アスラン、どうして……」
 アスランの呟きを耳にした瞬間、キラが悲しげに彼の顔を見上げてきた。
「そんなに、みんなを悪者にしたいの?」
 そして、こう問いかけてくる。
「ナチュラルがみんなではないってことはわかっているよ。俺だって、おば様達は今でも大切だって思っているからね」
 だから、必要があればすぐにでも保護しに行く……とアスランはキラに向かって微笑んだ。そうすれば、キラはどこかほっとしたような表情を作る。
「だけど、足つきの連中は許せないな」
 だが、こう付け加えた瞬間、キラの表情が強張った。そう思うと同時に、その綺麗な菫色の瞳から涙がこぼれ落ちる。
「どうして泣くの、キラ?」
 本当のことだろう……とアスランは囁きながら、その涙を月にいた頃のように唇で吸い取ってやった。本来塩辛いはずのそれが、どうしてか妙に甘く感じられる。
「あいつらが、キラを戦いに巻き込んだんだ。だから、俺達は敵対するはめになってしまったんだろう?」
 違うのか? と問いかければ、キラは首を横に振って見せた。
「キラ」
 何故、キラは認めようとしないのか……とアスランは思う。
「ザフトが、先に攻撃してきたんじゃないか……あれがなかったら、僕たちはあのまま、あそこで普通に暮らしていられたんだ」
 ヘリオポリスも、そこで培ってきた思い出も……そして、アスランに対する優しい記憶も失うことがなかった……とキラは吐き出すように口にした。
「それだって、地球軍と結託をした者たちが、あそこでMSを製造していたからだろう? それもまたナチュラルじゃないか」
 そうだろう、とアスランはキラに問いかける。
「……それとこれとは話が違うじゃないか! アスランは、僕の友達までそう言う大人達と同一視するの?」
 ラクスを逃がす手伝いをしてくれたのも彼らなのに……とキラは言い返してきた。
「それだって、キラに自分たちを守らせるようにするためじゃないか!」
 ラクスを逃がしたことで、キラの立場を追い込んでいったんじゃないのかとアスランはキラに話しかける。その口調がきつくならないように注意しているのは、キラは被害者とわかっているからだ。
「だからだろう? あの時、あんなセリフを口にしたのは」
 本心から、俺に銃口を向けたかったわけじゃないよね? とアスランは問いかける。
「だって、仕方がなかったじゃないか! アスランは、みんなを助けてくれようとしなかったんだから」
 だから、自分が彼らを守るしかなかったのだ、とキラは言い返した。
 そのための能力も、道具も、自分は手にしていたのだから、と。
「それがおかしいって、キラは思わなかったの?」
 そんな義務はキラになかったのに……とアスランは口にする。
 しかしどうしてだろう。
 こうして言葉を重ねれば重ねるほど、キラの態度が頑なさを増しているのは……
「キラは優しいから……どんな相手でも見捨てられなかったんだよね……」
 だから、そのせいだろう……とアスランは思う。そんなキラだから、自分は愛しいと思えるのだ。
「でも、もう何も心配はいらない。俺がキラを守って上げるから」
 アスランはその思いのままこう囁く。
 その瞬間、キラの頬をまた涙が伝い落ちていった。



だから、話を聞けよ、お前……と思うのは私だけでしょうか。もちろん、自分で書いていることも自覚していますが……本当に、こいつ、キラしか見ていないです(^_^;