アイシャとフレイの姿がドアの向こうに消えた瞬間、キラは室内の温度がいきなり下がってしまったような気がしてならなかった。 「僕は……」 彼女たちが側にいてくれるのが当然になっていたのか……とキラは苦笑を浮かべる。 それとも、自分が身近に誰かいてくれる環境を求めていたのだろうか、と心の中で呟いた。月にいた頃、どんなときでもアスランが側にいてくれたように…… 「でも僕は……あの頃の僕じゃないんだ……」 そして、アスランもそうだろう。 自分が知らない間に出逢った多くの人々。彼らから受け取ったものも多いのではないか。そして、それが自分たちの成長を促してくれたに決まっている。 そう、あの戦いの中でも、だ。 離れることを余儀なくされてしまった彼ら――アスランが彼らの存在を絶対に認めてくれないと言うことは、あの夢うつつでの再会でもわかってしまった――も、キラにとっては大切な存在となっている。アスランの口から彼らの悪口が出るのは耐えられないと思う。 何よりも、今の自分は性別が変わってしまった。 「だから、かな……僕が、アスランに会うのが怖いと思っちゃうのは……」 大好きだった彼の口から、大好きな人のことを悪く言われたくない。 キラが呟きと共にため息を漏らしたときだ。 「でも、俺はキラと会いたかったんだけどね」 キラの耳にアスランの声が届く。 慌てて声がした方向に視線を向ければ、にこやかに微笑んでいるアスランの姿が飛び込んでくる。 「……アスラン……」 どうして……とキラは思わず問いかけてしまう。 「だから、キラに会いたかったんだって。二人きりで」 言葉と共に、アスランは身軽な仕草で窓を乗り越えてくる。そして、そのまままっすぐにキラへを歩み寄ってきた。 彼の表情はあくまでもにこやかなものだ、と表現していいだろう。 だが、何かがキラにアスランに対する恐怖を抱かせる。 「本当は、もっと正々堂々と会いに来たかったんだけどね。あいつらが邪魔をするから」 こうアスランが口にした瞬間、キラには恐怖の原因がわかってしまった。 自分の記憶の中にはない暗い光。それがアスランの中に見え隠れしているのだ。 「アスラン……それは……」 自分のためだから……とキラは口にしようとする。しかし、彼はそれを遮るかのようにキラの頬に触れてきた。 「何も言わなくていいよ。キラは優しいから、あいつらを援護してやりたいんだよね?」 そして、きっぱりとこう言い切る。 「違う! 本当にみんなは……」 「キーラ。俺にまで無理して見せなくていいんだよ?」 この瞬間、キラは彼が自分の意見に耳を貸してくれるつもりがないのだ、と理解をした。それとも、自分が望むをキラから引き出そうとしているのか。どちらにしても、彼には自分の言葉が届かないのだ、とキラは理解をした。 「……アスラン……」 キラは悲しくなってしまう。 どうして、こんな自分たちの考えに隔たりが出来てしまったのだろうか、と。 三年前は、お互いの表情だけで何を考えているかわかったのに、今はそうではない。これも、あの日、自分がした選択の結果なのかと考えた瞬間、キラの瞳から涙がこぼれ落ちる。 「泣くんじゃないって、キラ」 そんなキラの頬を、アスランが優しくぬぐってくれた。その仕草は昔と変わらない。変わらないからこそ、悲しいと思うこともあるのだ、とキラは初めて知った。 「僕たちは……どうして、こんなに、変わってしまったのかな?」 思わずこう口にすれば、 「でも、そのおかげでキラとずっと一緒にいられるようになるよ」 アスランはにこやかにこう言い返してくる。 「アスラン、何を……」 キラは彼の言葉に、思わずその瞳を覗き込んでしまった。 「合法的に、俺がずっとキラを守って上げられるって事だよ」 そんなキラの行動がアスランを満足させたのだろうか。彼は鮮やかな笑みを浮かべるとこう言い返してくる。 「だって、アスランにはラクスがいるじゃないか」 婚約しているんだろう、とキラは思わず言い返してしまう。 「まぁね……でも、親同士が決めた関係だよ」 だから、とアスランは言葉を続けようとしてやめる。同時に、彼の表情が厳しいものへと変化してしまった。 一体どうして……と思いながら、キラも耳を澄ます。 そうすれば、誰かがこちらに向かって走ってくる足音が聞こえた。 「……もうばれたか……まぁ、最初からそんなに時間が確保できるとは思っていなかったが……」 アスランが忌々しそうにこう呟く。そして、そのまま、キラの体を抱き上げた。 「アスラン!」 そんな彼の行動に、キラは驚いたような声で彼の名を呼ぶ。 「ここじゃゆっくりと話が出来ないだろう? だからね。場所を変えよう?」 アスランはこう言ってくる。 「それにしても、キラ、軽すぎだよ。もう少し太らないとね」 俺が面倒を見るようになったら、キラの好きな物をたくさん食べさせて上げるから……と言う言葉に、キラはどう言い返せばいいのだろうかと悩む。 フレイやアイシャだっていつでもキラの好きな食べ物を用意してくれる。それを食べられないのはキラなのだ。 しかし、今のアスランにそれを告げても、彼はキラが彼女たちをかばっているから……としか受け止めてくれないに決まっている。 だからといって、このまま彼に連れ出されるわけにはいかないだろう。 アスランの言動から判断をして、しばらくの間自分を彼女達の目から隠したい、と思っていることは間違いないだろう。そんなことになれば、みんなに心配をかけるに決まっているのだ。 言っても仕方がないことだが、もし、自分の体が自由に動けば、何とか出来たかもしれないのに……とキラは思う。 しかし、今のキラに出来ることはこれ以上体調を崩さないように、大人しくしていることだけかもしれない。そうすれば、きっと、誰かが迎えに来てくれるはずだ、とも。 あるいは、アスランが考えを変えてくれるかもしれない。 甘い考えだとわかっていても、そう思わずにはいられない、と言うこともまた事実だ。 「大丈夫だよ。キラに負担をかけるようなことはしない」 黙ってしまったキラの反応をどう受け止めたのか。アスランはこんなセリフを口にする。 「それに、すぐにちゃんと治療が受けられるところに連れて行って上げるから」 だから、いい子にしておいで……といいながら、アスランはまた窓の方へと歩み寄っていく。そして、キラを抱きかかえたまま身軽にそこから外に抜け出した。 キラ達の会話ですが……アスラン、お前……と言うところでしょうか。気を遣う場所が違いますって。 |