「すみません、お二方……ちょっと」
 こう言いながら、フレイとアイシャを呼びにきた者がいる。
「一体、どうしたって言うのよ」
 二人一緒に……というのが気に入らない、とフレイはあからさまに眉を潜めて見せた。もっとも、それはアイシャも同じ気持ちである。
「誰からの呼び出し?」
 ここで自分を呼び出せるとすれば、バルトフェルドを含めて数名だけだ。しかし、キラの存在がある以上、二人同時に呼び出すことを彼がするわけはない。だから、こう問いかけた。
「……ドクターからです……」
 次の瞬間、彼は声を潜めるとこう口にした。同時に、窓から外を眺めているキラへと視線を向ける。そんな仕草から、キラには聞かせたくない話なのだ、とアイシャは判断をした。
 しかし、とも思う。
「で、イザーク君かディアッカ君は? 私達が側を離れるときは彼らが来る約束でしょう?」
 キラを一人にしておいた場合、万が一の事態に対処できない……という理由でバルトフェルドとの間でそう取り決めていたのだ。
「ドクターはそのようなことをおっしゃっていませんでしたが……」
 あるいは話が行っていないのではないか、と彼は付け加える。同時に、急いでいたようだ、とも。
「……仕方がないわね……」
 ほんの数分であれば大丈夫だろうか。
 アイシャはそんなことを考えながら、視線をキラへと移す。
「キラちゃん」
 そして柔らかな声で呼びかければ、彼女もすぐに視線を合わせてきた。
「ちょっとフレイちゃんと席を外すわ。すぐ戻ってくるけど、大丈夫かしら」
 こう問いかければ、キラはすぐに頷き返してくる。
「大丈夫です。心配しないでください」
 この言葉に、フレイは一瞬悩むような表情を作った。どうやら、キラが本当に大丈夫なのかと不安らしい。しかし、今日の様子からすれば数分なら大丈夫だろうと思ったのだろう。
「ちょっとでも体調がおかしいと感じたら、遠慮なく、連絡をするのよ?」
 こう注意をするだけにとどめることにしたらしい。
「そうよ。無理はしないでね。すぐに戻るわ」
 言葉をかけると、アイシャはフレイを促して部屋を出る。それでも、万が一のことを考えて、ドアには鍵をかけた。万が一のことがあっても、バルトフェルドとドクターもここの合い鍵を持っているから大丈夫だろうと判断したのだ。それ以上に、不埒ものが出る方がまずいだろう。その方がキラにストレスがかかるに決まっていると判断しての行動だ。
「……で、ドクターはどちらに?」
 少しでも時間を短縮したくて、アイシャは彼にこう問いかける。
「隊長の執務室に行くとおっしゃっておられましたが……」
 今は辿り着いているのではないか、と彼は告げた。
「そう。ありがとう」
 ならば、途中でいイザーク達とすれ違うかもしれない。それを待ってもいいのかもしれないが、時間が惜しいとも思う。
「急ぎましょう」
 走っていけばすぐだし……というアイシャに、フレイも頷いてみせる。そして、率先して駆け出した。もちろん、アイシャもすぐに追いかける。
 そのまま、まっすぐにバルトフェルドの執務室まで彼女たちは競争を続けた。
「アンディ、入るわよ」
 軽く息を整えると、アイシャはこう告げる。そして、中からの返事を待つことなくドアを開けた。
「おやおや、どうしたんだい、二人そろって。彼女は?」
 バルトフェルドがこう言って目を丸くする。いや、彼だけではない。その前に経っていたドクターも同じような表情を作ったのだ。
「ドクターに呼ばれているって聞いたんだけど」
 違うの、といいながら、アイシャは柳眉を寄せる。
「いえ、およびだてしておりませんよ。必要があれば、こちらから伺います」
 その方が、キラにはいいだろうと彼は言葉を返してくる。
「と言うことは……誰か、私達をキラちゃんから引き離したかった……って事かしら」
 もちろん、そんなことを考えるとすれば一人しかいないだろうが。
「……あいつ……」
 フレイもまた同じ考えに行き着いたらしい。忌々しそうに言葉を口にすると、そのままきびすを返した。
「待って!」
 もし、自分たちの予想が当たっているのであれば、彼女一人では対処が難しいだろう。そう判断をして、アイシャも後を追いかける。
 いや、フレイの後を追いかけたのはアイシャだけではなかった。
「……アスラン・ザラか」
 こう言いながらバルトフェルドもまた執務室を飛び出してくる。そして、ドクターもまた追いかけてきた。彼の場合、キラの体調を心配してのことだ、といのは言うまでもないであろう。
「彼がこういう手段を使うとはね」
 自分の認識が甘かったか……とバルトフェルドが呟くのがアイシャの耳にも届く。
「手を出すな、と明確に命令をしておかなかったのがいけなかったのか」
 それをしなくても大丈夫だと判断したのだが……と後悔を滲ませた声で告げる彼に、
「彼の、キラちゃんに対する執着が、こんなに強いものだ、とは誰もわからなかったと言う事よ」
 少なくとも、キラの話を聞いているだけでは……とアイシャは言い返した。もっとも、キラは今でもそう思っているのかもしれないが。
「それが、キラちゃんにとっていい方向へ向かうのだったら邪魔をしないんだけど」
 そうではないだろう、とアイシャは理解していた。
「だから、会わせたくなかったんだがね」
 こういう行動を取るのであれば、監視付きで会わせた方がよかったのだろうか、とバルトフェルドはため息をつく。
「どちらにしても、同じだったと思うわ」
 間違いなく、アスラン・ザラはキラと一対一で会おうとしただろう。そして、自分の思い通りになるように《説得》をしようとしたのではないか。アイシャはそう確信していた。
 そうこうしているうちに、フレイが一足先にドアのまえまで辿り着く。そして、震える指先でドアの鍵を開けているのが見えた。
「キラ!」
 ドアを蹴破るかのような勢いで彼女は室内に飛び込む。
「キラ、何処なの!」
 ほんの少し遅れてアイシャ達もまた室内に足を踏み入れた。
「一体、何処に……」
 彼女を連れて行ったのか、とアイシャは思う。同時に、厄介だと言う思いも彼女の中に膨れあがっていた。
「……アンディ……」
 もし、このせいでキラに何かあったら……その不安のまま、彼女は恋人に声をかける。
「わかっている。すぐにでも探させよう」
 そして、キラの健康が保証されるまでは、二度と彼には会わせない。怒りを含んだ口調で、彼はこう言い切った。



と言うわけで、奴が動き出しました