自分は、ひょっとして応援されているのだろうか。 バルトフェルドに頼まれたアイシャへの書類を手にしながら、イザークはこんな事を考えてしまう。 書類を渡すだけであれば、他の誰かでもいいのではないか。しかし、彼は敢えてイザークにそれを命じた。キラにとって、自分が一番安心できる相手だろうから……と言われても、即答できるほどの自信はイザークにはなかったのだ。 「……俺としたことが……」 宇宙にいた頃のイザークしか知らないものであれば、間違いなく今の彼は別人だ、と言うであろう。いや、実際にニコルはことあるごとに彼の言動に驚くような表情を向けてくるのだ。 「全ては、キラの存在があってのことだがな」 そのおかげで、自分は周囲に目を向けることが出来たのではないか。そして、その結果、成長できただろうと言ってきたのはディアッカだったはず。 だが、その事実がいやだ、といわけではない。 むしろ、自分でも好ましいとすら思える。そんな自分と同じように、ディアッカも今のイザークの方がいいかもな、と言っていた。 「だから、ディアッカが応援してくれるのはわかるんだが……」 どうして、バルトフェルド達が……とは疑問に思える。 「まぁ、バルトフェルド隊長達も実際のキラに会ってからの俺の様子はご存じなわけだし……」 彼らがその間の自分を好ましいと思っていてくれたのであれば、納得できるだろう。あるいは、それ以上にアスランが危険だ、と考えているからかもしれないが……とイザークは苦笑を浮かべる。それでも、消去法だろうとなんだろうとかまわないとも心の中で付け加えた。ようは、キラさえそう考えなければいいのだから、と。 こんな事を考えているうちに、キラ達がいる部屋の前まで辿り着いていた。 「失礼します。バルトフェルド隊長からの書類をお持ちしました」 ノックと共に、イザークは室内に向かってこう呼びかける。 「ちょっと待ってね」 そうすれば、即座に中から答えが返ってきた。同時に、何やらばたばたした気配が伝わってくる。と言うことは、キラは今目覚めている、と言うことだろう。そして、自分は彼女たちの行為を邪魔してしまったのではないだろうか。もっとも、一緒にいるはずのフレイの罵声が飛んでこなかった、と言うことは目的はほぼ達成されていたのかもしれない。 それならそれでいいのだが……とイザークが心の中で呟いた瞬間、ドアが開かれる。 「入れば」 しかし、顔を出したのはアイシャではなくフレイの方だった。そして、相変わらずどこか偉そうな口調でこう言ってくる。 「いいのか?」 だが、キラの事を考えてイザークはためらってしまう。 「大丈夫よ。キラにも気分転換は必要でしょ」 あいつならともかく、あんたなら許可して上げる……と付け加えられて、イザークは思わず微苦笑を浮かべてしまった。 「それは、礼を言うべきなのかな?」 どうやら、アスランには敵意しか向けない彼女も、自分のことは多少なりとも認めてくれているらしい。まるで子猫を守る母猫のようにキラを守っている彼女が、こうして自分には彼女に会うことを許してくれるのだから、と。 「……さぁ。好きなように考えれば」 言葉と共にフレイは体を移動させ、イザークへと道を空ける。 そこを通って室内に踏み込んだ瞬間、イザークは動きを止めてしまった。 彼の瞳は、まっすぐにキラを捕らえたまま動く気配を見せない。 「あの……」 そんなイザークに向かって、柔らかな声を投げかけてきたのはキラ、だ。その口調に困惑が滲んでいることにイザークはもちろん気がついている。しかし、それでも彼は動くことが出来ない。 「……やっぱり、似合わないんだ……」 キラがぽつん、と呟く。 そして、そのままこれを脱ぐ……とまで言い出す。 「誰もそんなこと言っていないでしょ!」 下手をしたらイザークの目の前で脱ぎかねない彼女をフレイが慌てて押しとどめた。 「ほらほら。ここで一言言って上げるのが男の子の役目よ」 アイシャはアイシャで、イザークをからかうようにこう囁いてくる。 それに促された、と言うわけではない。 「似合っているから、声が出せなかったんだ……」 自分が想像していた以上に……というセリフが無意識のうちにイザークの唇からこぼれ落ちていた。 確かに、あの服をキラに贈ったのは自分だ。 それなりに似合うだろうと思って選んだのも自分。 だが、ここまで似合うとは予想していなかった……というのがイザークの本音だったりする。 最近、日に当たることが少なかったせいだろうか。それとも別の理由からか。さらに透明感をました白い肌を、淡い色のワンピースがさらに引き立てているのだ。 「だから言ったでしょう? 絶対、この格好を見ればみんな惚れ直すって」 アイシャが微笑みを浮かべながらキラに言葉をかけている。 「でも……」 しかし、キラにしてみればそのセリフにどのような反応を返せばいいのわからない、と言うのが本音なのだろう。助けを求めるような視線をイザークに向けてきた。 「……確かに、惚れ直したな……そんな格好もよく似合う」 他の服も贈ってやりたくなるな……と付け加えれば、キラは泣きそうな表情を作る。だが、イザークは彼女の頬がうっすらと赤く染まっていることを見逃さなかった。 「その前に……そうだな。今度はもう少し動きやすそうな服を探してきてやる。だから、それまでにもう少し元気になるよう、ちゃんと治療を受けるんだな」 今なら、彼女の頬に触れても許されるのだろうか。 そんなことを思いながら、イザークはそうっと手を伸ばす。そして、ようやく丸みを取り戻し始めたキラの頬に触れた。 「そうしたら、一緒に買い物にも行けるだろう?」 気に入った服を買ってやれる……と付け加えれば、キラは淡い笑みを口元に浮かべてみせる。 「……そうできたら、楽しいでしょうね」 その表情のまま、キラはうっとりとした口調で言葉を返してきた。 「だろう? だから、早くよくなれ」 イザークはそのままそうっとキラに顔を寄せていく。そして、母にしているようにその頬へキスを贈ろうとした瞬間だった。 「そこまでよ!」 言葉と共にフレイがイザークをキラから引きはがす。 「今以上のことがしたいなら、私を納得させるだけじゃなく、あの男を何とかしなさい!」 じゃなきゃ、ずっと邪魔してやる……とフレイは叫ぶ。 「フレイ」 キラが困惑を隠せない口調で彼女の名を口にした。 「当たり前でしょう! 私はみんなからキラのことを任されているんだもの! そんなみんなとの仲を邪魔するようなあいつに、あんたを渡せるわけないじゃない!」 もし、キラがアスランを選んだら、自分たちは絶対に会えなくなる。そんなことはいやだ、と言うフレイの言葉は間違いなく真実だろう。 「……そんなこと、しないよ……だって……僕は、アスランのことを親友以上には……」 ここまで口にして、キラは言葉を飲み込む。 だが、イザークにはキラの気持ちがわかるような気がした。しかし、問題なのはアスランの方がそう思っていないことである。 「大丈夫だ。お前の意思を無視して事を進めさせない。俺達がな」 自分が、と言いたいところだが、それは難しいと言うことをイザークは知っていた。だから、ディアッカ達の協力を必要としているのだ、自分は。 「……ありがとうございます……」 だが、同時に今はキラのこの言葉だけで十分だと思う。 「気にするな。俺がそうしてやりたいだけだ」 言葉と共に、イザークはキラに向けて柔らかな笑みを作った。 今回は幕間。久々のほのぼのシーンかも(^_^; |