「息子の気持ちを考えれば、賛成するしかないのでしょうが……」
 だが、その相手の行動が問題なのだ……とエザリアは告げる。
「結局、キラ・ヤマトがしてきたことは同胞に対する裏切りではないでしょうか」
 彼女がさらにこう付け加えたときだ。ラクスはしっかりと眉をひそめる。
「エザリア様……同胞ともうしますが、それは同じ人種だけなのでしょうか。同じ国に生まれた人々は含まれませんの?」
 その表情のまま、ラクスは彼女に言葉を投げかけた。
「ラクス嬢……」
 初めて見るラクスの厳しい表情に驚いたのだろうか。エザリアは目を丸くしている。それにかまわず、ラクスはさらに言葉をつづった。
「キラ様にとって、オーブは自分が生まれ育った国。そして、そこにいらっしゃる方はコーディネイターもナチュラルも等しく《同胞》だと認識していらっしゃいましたわ。そして、それはナチュラルの方々も同じ事。なら、どうしてその方々を守りたいと思っていけないのでしょうか?」
 全ては、ザフトがヘリオポリスへ攻撃をしかけたことが発端だろう。そして、オーブの上層部――間違いなく、その一部――が地球軍と手を結んでいたからとは言え、一般の市民がそれを知ることは不可能に近いだろう。
「人が人として、友人や知人を救いたい。それは人として当然の感情ではありませんか?」
 言葉と共に、ラクスは息子によく似た――いや、この場合似ているのは息子の方だろう――秀麗な美貌へとまっすぐに視線を向ける。
「それは……理解できる。だが、彼――いや、彼女は地球軍の少尉だと言うではないか」
 自分自身でザフトに反旗を翻すことを選択したのではないか、とエザリアは口にした。
「それこそ、地球軍が書類上そうした、といえるのではないかな?」
 つじつまを合わせるために……と口にしたのはダットだった。
「他の民間人の子供達も、いつの間にか志願したことにされていたらしい。さすがに他国の民間人に自分たちの機密事項に触れられるわけにはいかない、と判断した、と言う方が普通ではないかな?」
 違うか、と問いかけられて、エザリアは微かに首をかしげる。おそらく、彼女の中で様々な考えが渦を巻いているのだろうとラクスは判断した。それならば、ここでもう一押しすれば好ましい方向に転がってくれるのではないか、とも思う。
「それに……キラ様のお考えは、戦後のことを考えれば必要なのではありませんか? ナチュラルを全て、滅ぼすことなどなさるおつもりはないのでしょう?」
 そうすれば、これから生まれてくるかもしれない第一世代の存在を全て殺すことにもなりかねないのだから、とラクスは言外に告げる。
「戦後……戦後か」
 ふっとエザリアが口調を変えた。
「この戦争もいつかは終わるのだろうが……それが地球軍の勝利でなければよいのだが」
 そして、こう呟く。
「そうさせないために、オーブが動いている。そして、そのオーブから彼女の身柄を保護して欲しいと依頼が来ているのだよ」
 コーディネイターであろうと、彼女は不本意な状況で戦争に巻き込まれた存在だから……と言うのがオーブの主張だ……とシーゲルが口にした。しかし、それだけではないのだろう。あるいは、キラの存在に何かあるのかもしれないが、ウズミの言動からはそこまで読みとれなかった。もっとも、それがなくても彼女の存在がこれからの交渉で重要な鍵になるのは間違いのないことだろう。
「……イザークがそこまで執着を見せた相手……というのも初めてですね」
 しかも、女性というのであれば親としては認めないわけにはいかないのではないか……とエザリアは小さくため息をつく。
「ただ、さすがに無条件で保護……と言うことは認められないか、と思いますが」
 ザフトに入らないまでも、多少の協力をしては貰わなければいけないだろう……と彼女は付け加える。それが精一杯の譲歩であろうと言うことはラクスにもわかった。
「出来れば、その内容が直接戦争に関わらないことであればよろしいのですけど」
 そうだと知れば、キラはまた悲しむだろう。あるいは、体調にすら支障が出るかもしれない……とも考えられるのだ。
「まぁ、それも医師の判断次第だがな。同じ症状の多くが既に死亡していることを考えれば、これからのためにも彼女には無事に普通の生活が送れるようになるまで回復して貰いたいし、それに関するデーターを集める事の方に優先的に協力をして貰うべきだろう」
 また同じ状況に陥る同胞がいない、とは限らないのだから、とダットは口にする。
「……同胞の命と未来は……戦争よりも優先される、か」
 しかも、貴重な女性になったものであれば余計に……とエザリアは自分に言い聞かせるように呟く。
「母親、としてはかなり複雑なものがあるのは事実ですがね」
 息子を虜にした相手というのは……と彼女は何かを吹っ切ったように微笑む。
「それでも、親であれば息子の初恋を応援しなければならないでしょう」
 相手と面識がないことだけは残念だが……と言うエザリアの言葉に、
「キラ様は優しくて強くて可愛らしいお方ですわ。きっと、エザリア様も気に入られると思います」
 ラクスはこう言い返す。
「時間を見つけて、バルトフェルド隊長の所へ連絡を入れられればいいですわ。キラ様の体調がよろしければ、きっと、お話しすることが出来ると思います」
 そうすれば、彼女の性格であればキラを好きになるに決まっている、とラクスは心の中で付け加えた。
「そうですね。イザークに連絡を取るのであれば公私混同、と言われそうですが、その少女相手であれば、かまわないでしょう。少しでもいいので、地球軍の内情を教えてもらえれば、それだけで面目は立つでしょうし」
 ザフトに協力をしたのだ……という、と口にしながらエザリアは頷いてみせる。
「そうすれば私も、彼女がザフトに敵対したかったわけではなく、友人達を守りたかっただけだ、と言えますからね」
 それはあくまでも名目で、彼女の気持ちは『キラを見てみたい』と言うものなのではないか、とラクスは思う。だが、それはそれでいい方向に向かうための第一歩になるのではないかとも。
「その時は、ぜひ、私も同席させてくださいませ。その方がキラ様も安心なさるでしょうから」
 ラクスがこう言えば、彼女はしっかりと頷いてみせる。
「そうしていただこう」
 私も、本来の《キラ・ヤマト》を見てみたいから、と。
 これで一安心だ、とラクスは思う。そして、そのまま意識を地球にいるキラへと向けた。

「ようやく、ここまで来ましたわね」
 ラミアスが小さくため息をつきながらこう口にした。
「そうだな」
 その方にそうっと手を置きながらフラガも頷く。
「ようやっとここまで来た。あいつらの尽力とそれを切り捨ててきたおかげでね」
 言葉に皮肉が含まれてしまったのは、彼の中に後悔が存在しているからだろうか。もっとも、それは彼だけではない。
「そうですね……私が巻き込んでしまったのに……あの子を辛い状況に追い込んでしまいました……」
 言葉と共にラミアスは苦しげに視線を伏せた。
 女性にそんな表情をさせるのは、フラガの本意ではない。まして、それが占有に対するものではない好意を抱き始めている相手であればなおさらだ。
「だからこそ、俺達は無事にアラスカに辿り着かなければならないんだがな」
 そして、終戦まで生き残ることが出来るのであれば、その時にこそ、改めて彼らに謝罪をしに行かなければならないだろう。そして、出来うる限りの事をしてやろう……と彼はラミアスに語りかける。
「そうですね。あの子達は、みな、それぞれ安全な場所にいるのですもの……私達さえ生きていれば、必ず会いに行けますよね」
「あぁ」
 生きてさえいれば、間違いなく彼らに会いに行く機会もあるだろう。
 だが、果たしてその機会を与えられるだろうか。
 自分たちはキラ――コーディネイターにかなり親密になりすぎている。それを上層部がどう受け止めるかという問題があるのだ。
「……最悪の場合、カガリ嬢ちゃんの提案を飲むことになるかもしれねぇな……」
 口の中だけで呟いた言葉はラミアスの耳に届いただろうか。それを確認する余裕はフラガにはなかった。



ラクス暗躍中。いや、単にエザリアママンを出したかっただけなんですが……ついでに、久々の二人も(^_^;