まさか、正攻法で来るとは思ってもいなかった……と言うのがアスランの本音だ。しかも、これほどまで早く《キラ》の存在を認めさせるとは、イザーク達だけでは不可能だろう。
 では、誰が……
「キラが好きだ、と言っていたな……ラクスは……」
 彼女が手を回したのであれば、許可の早さも納得が出来る。おそらく、イザークからの連絡がありしだし、すぐに動いたのだろうとも思う。
 つまり、いくらアスランでも迂闊に手を出すことが出来なくなってしまった……というわけだ。
「だが、手段がないわけではないな」
 ようは、キラが自分からアスランの手を取ってくれればいいのだ。
 そして、アスランにはキラを説得する自信がアスランにはある。問題があるとすれば、それはただ一つ。
「そのためには、何としてもキラと二人きりにならなければならないんだが……」
 今のままでは難しい……と言うよりも不可能に近いのではないだろうか。
「あいつらを、何とかキラから引き離すか……それとも、キラを連れ出すか、だが……」
 どちらも難しいのは事実だ。そして、どちらがよりこんなんかと言えば後者だろう。
 しかし、ともアスランは思う。
「奴らもそう考えているはずだ」
 だから、逆に言えば盲点を付けるとも言える。
「問題はあくまでもキラの体調だな」
 キラを手に入れても、その結果キラの命が失われては意味がない。
 アスランが欲しいのは、あくまでも『生きている』キラなのだ。
「……状況をしっかりと確認をして、そして、好機を逃さないことが重要か」
 それは、ある意味戦略に通じるな、とアスランは思う。同時に、そのための訓練も自分たちは重ねてきていた、とも。だから、イザーク達は出し抜けるだろう。気づかれる可能性があるとすれば……間違いなくバルトフェルドだけだろとアスランは考えていた。
「もっとも、それができなければキラを手に入れることが出来ないのなら、やるしかないんだがな」
 だから、待っていて、キラ……とアスランは嗤う。
 キラが自分以外の者に心を許しているのは間違っているのだ。
 それを正すことから始めなければならない。そのための機会を、必ず作ってみせるから……とアスランは口の中だけで呟く。
「キラは俺の……俺だけのものであればいいんだ」
 自分にとって残されたものはキラだけなのだから、同じようにキラの中に自分だけが残ればいい。
 それだけで、間違いなく自分たちは幸せになれるだろう。
 そして、幸せを追求することは誰も邪魔をすることは出来ない権利だ。それを行使していけないわけがない。
 アスランはきっぱりとこう言い切る。
「ともかく、キラの様子を教えてくれる相手を捜さないとな」
 それも出来ればバルトフェルド達に知られることなく……といいながら、アスランはゆっくりと体を起こす。そして、そのまま端末へと歩み寄っていった。
「隊内の名簿……は」
 どこか……といいながら、アスランは検索を開始しようとして、動きを止める。正攻法で行えば、バルトフェルド達に気づかれるという可能性に思い当たったのだ。
「こう言うとき、キラなら迷わずにハッキングをするんだろうが……」
 自分に可能だろうか。
 一瞬そんな想いがアスランの心をかすめる。だが、すぐにそれを打ち消した。
「俺だって、負けてはいられないしな」
 そして、すぐに脳裏を切り替える。そのまま、端末ではなく持ち込んだ私物のパソコンを起動した。

「キラちゃん。気分転換に着替えしましょう?」
 アイシャの言葉に、キラは小首をかしげる。
 どうして、着替えが気分転換になるのかわからなかったのだ。
「あの……」
 だから、素直に問いかけようと口を開きかける。フレイではためらわれるような行為も彼女相手なら、不思議とすんなりと出来るのだ。それは、やはりフレイが自分よりも年下だ、と言う事も関係しているのだろうか。
「新しい服を着れば嬉しいでしょう? そう言う事よ」
 いつまでもパジャマじゃね……とアイシャは教えてくれる。
「その前に、体拭かないとね」
 どうやら、その支度をしていたらしい。今まで黙っていたフレイの声がキラの耳に届く。視線を向ければ、彼女の手にはタオルが握られていた。
「……フレイ、あのね……」
 自分でやるから……とキラは口を開きかける。今は同性とは言え、まだ、女性に自分の体を見られるのには抵抗があるのだ。
「まだ、だるいんでしょう? それに、あんたの裸なんて、もう何回も見ているわよ。男の頃だって、地球に落ちたときに熱を出したあんたの体を拭いて上げたのは私達なんだから」
 そんなキラを安心させるつもりだったのだろうか。フレイがこんなセリフを口にしてくる。
「……フレイはそうかもしれないけど……」
 アイシャは違うだろう、とキラは思う。
「大丈夫。私も気にしないわよ」
 それよりも、いい加減に慣れてね……といいながら、アイシャが窓のカーテンを引いた。外から覗かれないように……と言うことらしい。
「それよりも、汗をかいたままにしておくほうが体に悪いでしょ?」
 ぱっぱとやってしまいましょう……と振り向きながら微笑むアイシャに、タオルを手にしているフレイ。はっきり言って、キラに逃げ道があるとは思えない。
「……だから、自分で……」
「いいから、さっさと脱ぎなさい!」
 ぐずぐずと言葉を口にしようとするキラを、フレイが一括する。
「……うぅっ……」
 こうなってしまえば、逃げ道などあるわけがない。キラは諦めたようにパジャマに手をかけると脱ぎ始めた。
「しっかし……肉がないわりにはしっかりと胸があるのよね、あんたって」
 キラの背中を優しくタオルでぬぐってくれながら、フレイがため息をつく。
「ほんとうに、ずるいって言いたくなるわよ、たまに」
 生まれたときから女をやっている自分よりもスタイルがいいなんて……とフレイはさらに言葉を重ねる。
「大丈夫よ。大人になればきちんとしたスタイルになるから。それよりも、今体のために栄養を取ることを考えるの。無理なダイエットは禁物よ」
 それこそ、大人になってから苦労をすることになるのだ、とアイシャは笑う。
「私だって、今のスタイルを保つようになったのは軍に入ってからだわ。それまでは自然でいいの。運動をして、きちんと食べて寝て、ね」
 和気藹々とかわされる会話の間にも、二人の手は止まることがない。しっかりとキラの体を拭いてしまうと、今度はあれこれその体に着せ始める。
「……前髪だけは切った方がいいかしらね。そろそろ鬱陶しいでしょう?」
「でも、きちんとわけてピンで留めるって言うのも可愛いと思いません?」
「そうね。ちょっと後でやってみましょう」
 はっきり言って、キラを着替えさせている行為は、彼女のためではなく自分たちの気分転換なのではないか。キラはそう思い始めている。だが、それを口に出すことはなかった。
 それで彼女たちが楽しんでいるのならいいか。
 こう考えたこともまた事実。
「しかし、本当にイザーク君の趣味はいいわね」
 ふっとアイシャがこんなセリフを口にした。
「あの仏頂面で、どうやってこれを買ってきたのかは気になりますけど……確かにキラには似合っていますね」
 それにフレイも同意を見せる。
「イザークさん?」
「そう。あんたにって持ってきたうちの一着よ。後でお礼でも言っておきなさいな」
 この言葉に、キラは小さく頷いていた。



と言うことで、そろそろ事態は動くでしょうか……