目が覚めれば、フレイではなくアイシャの姿が目に飛び込んでくる。その事実に、キラは驚いてしまった。 「アイシャさん?」 思わずそう問いかければ、彼女は優しく微笑み返してくる。 「良かったわね。熱が下がったようだわ」 そして、言葉と共に彼女の手がそうっとキラの額から離れていった。遠ざかるぬくもりに、キラはいつから彼女がそうしていてくれたのだろうかと思う。 「……あの……」 「フレイちゃんなら、今、食堂よ。朝食を取りに行って貰っているの。イザーク君が顔を出してくれたから、ついでにね」 それなら安心でしょう? と言う言葉の裏に何が隠されているのか、キラにも想像が出来てしまった。 「アスランが……」 そして、やはり彼の姿を見たのは夢ではなかったのだ……とキラは改めて思う。 「えぇ。彼はここにいるわ。そして、貴方の存在をして、ちょっと興奮しているから……フレイちゃんに暴言を吐きそうなので、イザーク君にエスコートを頼んだわけ。キラちゃんには申し訳なかったけど」 この言葉に、キラはますます眉を寄せる。 あんなに優しかった彼が、そんなことをするなんて……そして、その原因は自分にあるのだろう。そう考えれば悲しくなってしまった。 「キラちゃん」 そんなキラの耳に、少し怒ったようなアイシャの声が届く。 「全部が全部、自分のせいだと思うのはやめなさい」 この言葉に、キラはびくっと体を強張らせた。 「……そんなつもりは……」 「ないことはわかっているわ。でも、実際にそう考えてしまうでしょう? そうなっても仕方がない環境にあった……とは聞いているけどね」 でも、やめなさい……とアイシャは付け加える。本当にキラが悪い事なんて、彼女が聞いている限りなかったのだから、とも言ってくれた。その瞬間、どうしたわけか、キラの両目から涙がこぼれ落ちてしまう。 「……キラちゃん……」 ふっとアイシャが語調を弱める。そして、そうっとキラの頭を自分の胸へと抱き寄せた。 「誰も、そう言って上げられなかったのね」 状況が状況だったから……とそのまま彼女は囁く。 「……でも……」 自分があの時、カガリを追いかけなかったら…… ストライクのOSを書き換えなければ。 アークエンジェルを守るためにザフトと戦うことを了承しなければ…… 避難ポットを拾ってこなかったら。 キラの脳裏にいくつもの《IF》が浮かび上がる。そして、それらは間違いなくキラの選択が引き起こしたのだ。 「貴方は、自分がしなければならないことをしただけでしょう? それをフォローして上げるのがオトナの役目。違う?」 もっとも、フラガ達にその余裕がなかったのだろうけど……とアイシャは小さくため息をつく。 「そして、彼のこともよ。貴方達の年齢で3年間のブランクは大きいわ。その間に何があってもおかしくないでしょう?」 違う? と言う問いかけの言葉に否定を返すことはキラには出来なかった。 「でも、昔はとても優しくて……頼りになる存在だったんです……」 そんな彼を変えたのが、レノアの死と自分が彼と敵対したことだと言うのなら、自分はどうすればいいのだろうか、とキラは思う。 しかし、と言う呟きもキラの中にあった。 あの頃のように、自分は彼だけを信じることが出来ないこともわかっているのだから……と。 自分の中には、アスランではない一つの面影がしっかりと根付き始めていることもキラは知っていた。 それがアスランの怒りをさらにかきたててしまうのだろうか。 本人に確かめても問いかけることすら出来ない。 ただキラは、静かに涙を流しつづるだけだ。そんなキラの髪をアイシャが優しく撫で続けてくれた。 重苦しい雰囲気の中での食事は、はっきり言ってまずい……とディアッカは思う。だが、その原因が原因であるだけに、迂闊に注意をすることも出来ない……というのが本音だ。 だが、いっこうに気にする様子がないバルトフェルドはさすがだ、と言うべきなのだろうか……と小さくため息をつく。 せめて、隣にいる存在だけでももう少し柔らかな雰囲気をかもしだしていてくれれば、もう少しマシなのだろうに……と思いながら、彼は視線をイザークへと向ける。 さすが、と言うべきなのだろうか。 彼もまたいつもの表情を崩すことなく淡々と食事を進めている。だが、ディアッカは彼の表情からここしばらく感じられていた柔らかさと余裕が失われていることにしっかりと気づいていた。 「そう言えば……お姫様の様子はどうだったんだ?」 不意にバルトフェルドがこう問いかけてくる。彼の瞳が、イザークへ向けられていた。 「……キラ、ですか?」 イザークが不審そうに彼に聞き返す。 その気持ちはディアッカにもわかっている。 さりげなく視線を向ければ、アスランもまた興味を隠せないという表情でイザークを睨み付けているのだ。 「そう。彼女だよ。様子を見てきてくれるよう、頼んだだろう?」 にこやかにこう告げる彼は、一体何を考えているのだろうか……とディアッカは思う。何の理由もなく、イザークとアスランの間をかき回すような事を彼がするはずがない、といえる程度の信頼感をディアッカはバルトフェルドに抱いていた。 「……熱は下がったようですが、食欲の方は相変わらずのようです。フレイが無理矢理にでも食べさせると言っていましたが……」 あの調子ではどれだけ食べられるかわからない……とイザークは堅い口調で告げる。 「そうか……ここしばらく食欲の方も出てきた、とは聞いていたのだが……」 困ったものだな……と彼はため息をつく。 「まぁいい。近日中に本国から専門の医師が来るはずだし……正式に彼女の身柄は私の保護下に入ったしね」 さらに続けられた言葉に、ディアッカはバルトフェルドがどうしていきなり《キラ》の話題を切り出したのかようやく理解できた。 間違いなく、アスランへの牽制のためだろう。 「その許可は、どなたから出たものでしょうか」 アスランがさりげない口調で問いかけてくる。あるいは、自分の父の権力を使ってでも……と考えているのかもしれない、とディアッカは微かに顔をしかめた。彼らしくない行動だが、キラへの態度を考えればあり得ない話ではないのだ。 「誰、と言われても……クライン閣下とエルスマン議員だが?」 さらりと告げられた言葉に、アスランだけではなくディアッカとイザークも驚きを隠せない。 クライン最高評議会議長だけなら十分予想できた。だから、アスランもいくつか打開策を持っていたのではないか、とは思う。 しかし、何故自分の父までも……とディアッカですら思わずにはいられない。 確かに、父は穏健派だが……と考えたときだ。ディアッカはある可能性に気づく。 「……オーブのお姫様か……」 カガリが手を回したのかもしれない。 ディアッカはそう判断をする。 だから、オーブとの関係を荒立てたくない父がクライン議長に味方をしたのではないか、と。 ザラ委員長であれば『甘い』と言いかねないが、そう言う父にディアッカは拍手を送ってやりたいと思う。 「と言うことでね。あの子の身柄はこれで安心だ、と言うことだね」 君さえ手を出さなければ……とバルトフェルドがアスランに告げたような気がした。だが、それを本人が受け入れるかどうか、と言うと別問題だろう。 今まで以上に気を引き締める必要があるだろうな……とディアッカは心の中で呟いていた。 キラとアスランの回でしょうか。しかし、とうとう50回目。この調子だと何回になるんでしょうねぇ(^_^; |